静岡県中部地域の静岡市、島田市、焼津市、藤枝市、牧之原市、吉田町、川根本町における観光促進を担う地域連携DMO(観光地域づくり法人)「するが企画観光局」は、地域名産の「お茶」とサイクリングを組み合わせた商品を企画・造成し、今春から地元旅行会社による販売を計画している。「お茶」を観光コンテンツとして磨き上げ、アドベンチャーツーリズムで繋げることで、サステナブルな地域観光を目指す。その発想の源には、地域が抱える課題があった。
低迷するお茶産業に観光の切り口を
「静岡=お茶」というイメージは、日本人ならほぼ持っている。静岡県は、長年に渡って茶生産額でトップを維持し、2021年のデータによると荒茶(あらちゃ)生産量の全国シェアは42%にもなる。「お茶王国」として静岡のブランディングを担っていると言ってもいい。
「しかし、それが観光促進には結びついていなかった」。するが企画観光局事業推進本部長(CMO)の岩崎昌登氏はそう話す。お茶の印象は強いものの、中部地域の観光地としてのイメージの低さは調査にも表れていたという。
そこで、観光客の誘致に向けて取り組んだのが、静岡の定番イメージを観光に落とし込み、それを磨き上げること。これまでもさまざまなお茶のコンテンツを開発してきたが、さらに一歩も二歩も踏み込んだ企画を創り上げた。
お茶を観光コンテンツとする背景には、お茶産業が抱える切実な課題もある。嗜好品としてのお茶離れだ。特に若い世代で進んでいると言われており、ペットボトルのお茶の需要は高いものの、家庭で急須でお茶を入れる習慣、あるいは文化は、薄れているという。
農林水産省の統計によると、静岡県の茶生産額は1985年の778億円をピークに年々減少。2020年には203億円にまで落ち込んだ。また、県内の茶栽培農家の数も1985年の約5万4000軒から2020年には約5800軒にまで減少した。この凋落は静岡に限ったことでなく、全国的な傾向だ。
お茶産業が低迷していくなか、本物のお茶体験を提供する茶農家も出てきた。シーズンオフなどに観光客を受け入れることで、副収入を得るとともに、お茶の普及にも繋げていきいという考えからだ。岩崎氏も「DMOとしても、先駆的な取り組みをしている農家などを実例に、ツーリズム視点のお茶体験を地域の農家に働きかけている」と明かす。
e-bikeとロードバイクで点と点を結ぶ
するが企画観光局の磨き上げは、観光客の受け入れをしている茶農家をサイクリングで結ぶところにある。「移動はタクシーに頼らざるをえず、二次交通に課題がある。自家用車での来訪も多いが、狭い農道に車を誘客するのは環境的にも良くない」(岩崎氏)ことから、点と点を結ぶ手段として自転車を考えた。
しかし、茶農家は山の斜面に点在するところが多く、一般的な観光客にとって自転車は厳しい。そこで、地元企業のヤマハの協力を得て、スポーツ電動自転車e-bikeを活用したツアーを考案した。
するが企画観光局は、静岡県サステナブルツーリズムモデル事業の補助を受けて、2022年10月に調査ツアーを実施し、e-bikeを貸し出す4コースと、参加者自身のロードバイクで走る本格的なアドベンチャーライドとして2コースを設定。この調査をもとに、e-bike2泊3日とアドベンチャーライド2泊3日のモニターツアーを行った。
アドベンチャーライドは、訪日客向けにバイクツアーを企画・運営する「ライドジャパン」がコースの設定や監修を行い、茶農家を訪ねるだけでなく、東海道で最も古い橋「蓬莱橋」など文化コンテンツも組み込むインバウンドを意識したガイド型ツアーを企画した。岩崎氏はその狙いを「お茶と、それを生み出している静岡中部地域の風土のストーリー化」と説明する。ワインで言うところの「テロワール」がツアーの肝になる。
ライトなe-bikeもコースを工夫。単純に最短コースで茶農家を結ぶのではなく、旧東海道や風情のある集落を巡りながら茶農家を訪れるルートを設定することで、地域を面で楽しむツーリズムを提案する。
モニターツアー参加者からは、自転車ならではの視点の位置とスピード感が好評だったという。自転車のスピードであれば、走っている途中で気になったところですぐに止まることができるし、その場にすぐに戻ることもできる。また、坂道でも負担なく登れるe-bikeの性能にも驚きがあったようだ。
日帰り中心の観光から脱却を、宿泊機会の増加へ
また、3大都市圏に近い静岡県の宿命的な課題である宿泊機会の少なさもこの「お茶バイクツアー」では解決しようとしている。
静岡県の調査によると、コロナ前2019年度の5市2町への観光入込客数は約3500万人。そのうち宿泊客数は約300万人、日帰りとなる観光レクレーション客数は約3200万人で、宿泊客は全体の約10分の1にとどまっている。
一方、インバウンド市場では、静岡はゴールデンルートの途中にあるため、素通りあるいは立ち寄りにとどまっていた。コロナ前は富士山静岡空港に乗り入れる中国便は多かったが、到着後は御殿場プレミアムアウトレットを訪れるか、そのまま東京あるいは関西方面に向かう旅行客が多かったという。また、県東部には富士山というキラーコンテンツがあるものの、山梨県との競合が激しい。
この課題に対して、するが企画観光局では、宿泊を増やし、現地消費額を上げていく手段として、ツアーのディナーで「ティーペアリング」を考案。茶匠の解説とともに食事を楽しむ体験を組み込むことを考えている。夜のコンテンツを提供することで、宿泊機会を増やそうという狙いだ。また、そのディナーで出された海の食材を翌朝、漁港で実際に見学する機会も設ければ、さらにその機会の可能性は広がると目論む。
岩崎氏は「まずは軸として『お茶』を据えて、そこにいろいろな素材を掛け合わせていく」と話し、今後のお茶ツーリズムの方向性を示す。2018年からは静岡県全域で夏季限定で「茶氷フェス」も始めた。各店舗がそれぞれ独自のお茶のかき氷を発案し提供するもので、するが企画観光局も運営に参画している。静岡のお茶への入口になるだけでなく、お茶ツーリズムに発展していく契機になると期待は大きい。
DMOは地域が稼げる手助けを
するが企画観光局は、「静岡観光コンベンション協会」から地域連携DMOに発展した。5市2町の規模に応じて行政からの負担金と賛助会員からの会費で運営されている。DMOは、自主財源による自走が理想とされるが、岩崎氏は「私たちはDMOが稼ぐのは違うと考えている。DMOは、地域を稼がせるための活動が役割」と話す。
「お茶バイクツアー」も、するが企画観光局がコンテンツ作りを進めているが、販売・催行は地元のオペレーターが行い、観光局は商品化のサポートやプロモーションにまわる。「地域の事業者にしっかりと稼いでいただき、それが税収として還元されれば、行政側がDMOへ投資する価値が高まっていくと思う」との考えだ。
課題解決から生まれた「お茶バイクツアー」だが、すべての課題が解決されているわけではない。今後復活が見込まれるインバウンド向けにはガイドの確保と育成の課題も残る。また、観光客を受け入れる茶農家の開拓や、受け入れる茶農家とそれ以外の茶農家や地域住民との合意形成もさらに進めていく必要があるかもしれない。
いずれにしろ、静岡の「お茶ツーリズム」は、地場産業が観光コンテンツになりうるいい例だ。「将来的には、サイクリストが茶園を訪れて、農家さんから話を聞いて、ボトルに冷たいお茶を入れてもらうような関係性ができれば」と岩崎氏。四国八十八ケ所巡りの「お接待」のように、旅行者と地域との関係性が成熟すれば、持続可能な地域観光が生まれるのだろう。
トラベルジャーナリスト 山田友樹