コロナ禍を経て、サイクルツーリズムの人気が高まっている。海外では、すでに定着している分野だが、近年、日本でも人気がうなぎのぼりだ。地域での足として、またはアクティビティとしての自転車利用から、マイバイクを持参してのサイクルルート攻略や地域の景観・歴史文化を楽しむ観光などに拡大。国がサイクルツーリズムを推進するという追い風も吹いている。
2023年7月12日に開催されたトラベルボイスLIVEでは、国土交通省の前自動車活用推進本部事務局長次長(前道路局参事官)の金籠史彦(かねこふみひこ)氏(7月11日付で内閣官房に異動)と、ナビタイムジャパンの地域連携事業部事業部長の藤澤政志氏が出演。国の施策や最新事例などを話した。
サイクルツーリズムの推進は国策の1つ
まず、金籠氏は、日本が国策として取り組むサイクルツーリズムの位置づけを説明した。始まりは、6年前の「自転車活用推進法」施行。そのマスタープランである「自転車活用推進計画」の4つの目標の1つに「サイクルツーリズムの推進による観光立国の実現」が位置付けられた。
これに加え、自転車活用推進計画におけるその他3つの目標も、サイクルツーリズムの推進に関連するという。例えば、まちづくりにおける自転車活用を念頭に置いた目標「自転車交通の役割拡大における良好な都市環境の形成」では、自転車専用通行帯などハード面の整備やシェアサイクルのさらなる普及を推進。目標「サイクルスポーツの振興等による活力ある健康長寿社会の実現」では、サイクルスポーツイベントの推進がある。
さらに金籠氏は「サイクリスト国勢調査2021」(出典:ツール・ド・ニッポン)を引用し、サイクルツーリズム市場概況を説明。国内の市場規模は2021年時点で年間1315億円、消費金額は1人1回あたり平均約3万7000円の推計で、それぞれコロナ前の2018年を上回った。また同調査では、地域でサイクリングをした人の7割超がその地域への再訪や友人への訪問推奨を考え、4割超が「老後をここで暮らしたい」「セカンドハウスが欲しい」と回答するなど、地域への間接的な波及効果が期待できることもうかがえたという。
これを踏まえ、自身も自転車愛好家で、学生時代から国内外でサイクルツーリズムに親しんできた金籠氏は、サイクルツーリズムの特徴的な効果として「自分の体を使って旅をした場所での経験は、より胸に刻み込まれる」と説明。
「自転車は地域の観光資源を特別な体験として五感で感じられる、非常に優れたツールだと思う。その土地固有のストーリーを味わえる環境を整備することで、サイクルツーリズムが地域活性化や産業の振興にも生きてくる」と話し、そのためにも「日本が備える気候や自然、食、文化を、いかにコンテンツとしてPRできるかが重要」と強調した。
広がりを見せるサイクルツーリズム
では現在、日本のサイクルツーリズムはどのように進んでいるか。
まず、金籠氏が説明したのは、4年前に自転車活用推進計画の一環でスタートした「ナショナルサイクルルート制度」。観光資源を連携して日本の新たな観光価値を創造し、地域創生を図ることが目的で、現在、「しまなみ海道サイクリングロード」など6ルートを指定。日本政府観光局(JNTO)と連携した国内外でのプロモーションや、交付金の支給などの支援をしている。
指定要件として、ルートの長さ(100キロ以上)や安全性などの走行環境、ゲートウェイや休憩場所などの受け入れ環境、情報発信などが定められているが、金籠氏が「最も重要」とするのは、地域での取り組み体制だ。「サイクルツーリズムには、ハードとソフトの両面の整備体制が必要。推進には行政はもちろん、交通や観光、商工、宿泊等の関係団体や事業者、大学、流通、銀行金融機関、保険など、幅広い関係者が入っていることが非常に重要になる。これらを確認した上で指定をしている」。
また、ナショナルサイクルルート以外にも、地域主体となる「モデルルート」の整備も推進。現在、83ルートを設定しており、これを100ルートにまで増やすことを目指している。これらのルートのPRについても、ホームページやチラシの作成やナビタイムなどのナビアプリのルート検索に掲載するなど、力を入れているという。
このほか、金籠氏はいくつか事例も紹介。北陸新幹線の飯山駅と上越妙高駅をゲートウェイに、2つの国立公園のエリアで推進している「信越自然郷」や、北海道の北見バスが運行するツアー形式のサイクルバス「ハッカエクスプレス」、アプリの活用による分散型のサイクルイベント「南会津サイクルスタンプラリー」、セルフガイド型ツアー「那須高原アート&グルメライド」なども始まっている。
また、地域の日常の魅力を伝えるサイクルツーリズムの例として、自転車のパーツメーカーが各地で始めた散歩感覚で自転車を楽しむ「散走」や、ごく普通の農村風景をルートにした岐阜県飛騨市の「SATOYAMA EXPERIENCE」が実施する取り組みも紹介。金籠氏は「地域の日常は、それ自体が来訪者にとっての非日常になる。ゆっくりと地域を回ることができる自転車は、地域の奥深い魅力に触れられる最適なツール。日常をいかにうまく見せるかも、サイクルツーリズムの推進ではポイントになる」と話した。
使い勝手の良い自転車輸送へ、進む公共交通の整備
さらに金籠氏は、サイクルツーリズムの推進には、地域と地域、業種・業態を超えた連携や、インフラ面の中長期的な整備も重要である点を強調。これらも同時に進めていくべきと話した。
金籠氏はそのうえで、サイクルツーリズムを含む自転車活用で先進する欧米の交通機関の対応を、自身が現地で撮影した写真を示しながら説明。欧米では旅客が自転車を持ち込めるサイクルトレインやサイクルバスが普及し、地方はもちろん、都市交通などで利用することが一般的になっている。アジアでも、島一周などサイクリングが盛んな台湾では、すでに同様の環境が整っているという。
金籠氏は「自国で(公共交通機関で自転車を運ぶことが)当たり前なら、日本でもできると思う。インバウンド誘致の面でも、公共交通機関との連携は待ったなし」と話した。
そして日本でも、自転車輸送に取り組む交通機関が増えてきた。例えば、西日本鉄道の天神大牟田線や、青森県の弘南鉄道、ナショナルサイクルルートの沿線にある和歌山県のJR西日本きのくに線などではサイクルトレインを運行。島根県の一畑電車ではサイクルトレインの運行と同時に荷物託送サービスを提供するなど、地域での自転車走行をサポートするサービスも始めている。
金籠氏は、環境面や健康面を含め「自転車はこれからのモビリティとして非常に優れたツール。自転車を通じていろんな人がつながり、QOLを高める。それをもって、持続可能な地域活性化を進めるツールになる」と自転車を活用するメリットをアピール。そのうえで、サイクルツーリズムの推進には「地元の方々も日常で自転車を使い、その良さを知っていただくこと。サイクリストにとっても、自転車に対する理解がある地域は居心地がよく、リピートやクチコミが広がることにつながる」と、地域全体で取り組む重要性を強調した。
データで見る、サイクルツーリズムの旅行先と傾向
ナビタイムジャパンの藤澤氏は、同社の自転車用のナビゲーションアプリ「自転車NAVITIME」のユーザーの許諾を得て取得したデータをもとに、サイクリストの目的地の傾向を説明した。
これによると、自転車を利用したルートの検索数はコロナ禍で大幅に増加したが、現在はコロナ前の水準近くに落ち着いた。その代わり、1回当たりの走行ログの距離は伸びている。「つまり、日常や観光などで長距離ライドをする人が増えてきている」と、藤澤氏は説明する。
サイクリストが好むルートはどういうものか。藤澤氏は、2023年5~6月に同アプリで検索された目的地のランキングを示しながら「目的地に設定する場所は、大きく3つにわけることができる」と解説。
その3つとは、そこを目的地とする(1)メジャーな文化施設(金閣寺や姫路城など)、スカイツリーやディズニーランドなどのランドマークで折り返す(2)中継・中間地点型、湖や自然公園などを目的地とし、その周辺を巡る(3)エリア周遊型(自然)。藤澤氏は「サイクルツーリズムの推進には、走りやすい道を紹介するだけではなく、わかりやすいランドマークとなる拠点をピックアップすることも大切」と話した。
また、同サービスのウェブ版では、サイクリングルートの検索や、ユーザーがルートを作成できる機能がある。藤澤氏は、その人気ランキングとして、閲覧数トップ10にナショナルサイクルルートである「つくば霞ヶ浦りんりんロード」を含む4つのルートが登録されていることを紹介。このうち、10位の「ライドクエストロングコース」は、地元自治体が出資する民間企業が、サイクリングにフルーツ狩りや地産地消のランチなどを組みあわせて作成したものだ。
藤澤氏はこれ以外にも、福井県小浜市が日本遺産の「鯖街道」を活かしたサイクルマップを作成したことや、ナビタイムが同アプリ上で、地域の店や農家での食材調達&バーベキューを組み込んだ長崎県五島市での体験・交流型サイクリングツアー「GOTO-CHIハンティング」の提供を開始したことも紹介。「サイクルツーリズムには地域の資源を生かすことが大切。地域の交流をいかに作っていくことも始まっている。こうした事例を参考になる」と話した。
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記事:トラベルボイス企画部