訪日インバウンドの「最後のブルーオーシャン」、富裕層だらけの中東から旅行者を呼び込むポイントを日本政府観光局ドバイ事務所長に聞いてきた

日本政府観光局(JNTO)は、新たな富裕層マーケットの開拓を目指して、湾岸諸国(GCC)を中心とした中東地域での訪日プロモーションを強化するために、2021年11月にアラブ首長国連邦(UAE)にドバイ事務所を開設した。中東地域はこれまで手付かずだったが、JNTOでは、政府が掲げる「インバウンド旅行消費額5兆円の早期達成」の目標に向けて、潜在性の高いマーケットと位置付けている。今後、中東地域からの訪日客を増やしていくために必要なこととは何か?「中東は、最後のブルーオーシャン」と話すドバイ事務所所長の小林大祐氏に聞いてみた。

訪日旅行の潜在性が高い中東地域

ドバイ事務所が管轄するのは、UAE、カタール、バーレーン、オマーン、クウェート、サウジアラビアのGCC6カ国。イスラム教とアラビア語圏という共通する背景を持つ国々だ。加えて、訪日客数で実績のあるイスラエルとトルコも見ている。

小林氏は、「GCC諸国の海外旅行意欲は非常に高い」と話す。2019年の6カ国の海外旅行者数は合計で3691万人。ひとつの市場と考えれば、世界7位の市場規模になる。JNTOの資料によると、年4回程度旅行を楽しみ、そのうち2~3回は中東以外の海外旅行。2019年の海外旅行消費額の合計は約692億ドル(約10兆円)で、世界第5位に相当するという。また、一人当たりの消費額でも、GCC諸国が上位を占める。

現状ではその旅行先の多くが欧州で、2019年のGCCからの訪日客は、前年比では成長を見せているものの、約2万9000人にとどまっている。

しかし、JNTOの調査では、リピーターも含めて96%が訪日に関心があるが、99%がまだ訪日経験がない。小林氏は「潜在性は非常に高いが、このギャップを埋めていくのが今後の取り組みになる」と話す。そのうえで、中東でも、アニメや日本車などを通じた日本文化のイメージはあるものの、旅先としての具体的なイメージは漠然としていることから、「まずは日本のどこに行って、何ができるのかを伝えていく必要がある」と続けた。

ドバイ事務所ではアラビア語のフェイスブックを開設し、コンテンツ情報を均等に発信したところ、エンゲージメントが最も高かったのは自然。「やはり、砂漠の中東とは対照的な景色に惹かれるようだ」と小林氏。また、日本食や伝統文化など日本らしさがわかるコンテンツのエンゲージメントが高かったという。

小林氏へのインタビューは「JNTOインバウンド旅行振興フォーラム」で実施した 

中東で狙うターゲット層は

中東市場で狙うの富裕旅行者の取り込みだ。

JNTOでは、同市場で世帯可処分所得上位30%(1600万円/年以上)で旅行消費額300万円以上/人回をハイエンド層、20~40代夫婦・パートナーで旅行消費額100万円以上/人回をラグジュアリー層と位置付け、その層の誘客に取り組んでいる。中東というと王族などのスーパーハイエンドを思い浮かべるが、その下にも大きな消費額が期待できる層が広がっているのが中東市場の大きなポイントとなる。

小林氏は「富裕層の絶対数は米国や中国よりも少ないが、人口に対する富裕層の密度は高い」と中東の市場の特徴を明らかにしたうえで、「GCCからの訪日客は、すべて富裕層という理解でいいと思う」と付け加えた。

また、小林氏は「ポイントは家族旅行」と話す。全体の7割が、いわゆる家族旅行で、一人旅や友人旅行の割合は低いという。

好まれる旅行形態は、典型的なラグジュアリー旅行。小林氏は「いいホテルに泊まり、いい車で移動し、高級料理を楽しむ。ガイドもバトラー的な役割を求める。いわゆるクラシックラグジュアリー」と話す。欧米豪などの富裕層が求める「より深い体験」、「付加価値の高い体験」、「アドベンチャー体験」などのモダンラグジュアリーとは、一線を画しているようだ。

課題は文化的配慮よりも流通

中東には、イスラム教を含めた文化的特徴がある。ハラール食、1日5回の祈祷、ヒジャブなど他市場とは異なる慣習は、受け入れ側にとっても気になるところだ。

しかし、小林氏は「同じイスラム教徒でも、基本的には考え方は人それぞれ。ホテル選びでも、まずは泊まりたいホテルを最初に考え、加えてハラール対応あれば、なお良しという考え方」と話す。異なる文化や習慣の日本に来る旅行者は、そもそも完璧な対応を期待しているわけではないという。そうした厳格な対応を求める人たちは、例えば、同じムスリム国のマレーシアなどを旅行先に選ぶ。小林氏は「過度な心配で、潜在性のあるマーケットを逃すのはもったいいない」と強調した。

今後、中東市場を拡大していくためには課題は流通。家族旅行が多く、オーダーメイド型の旅程を好むことから、特に未知のデスティネーションである日本への旅行では旅行会社の役割が大きいという。

しかし、現状は、現地の旅行会社が顧客の要望を拾い上げても、受け側の日本の事業者とのパイプが細く、顧客のニーズを満たしきれないところがある。このため、小林氏は「中東の旅行会社と日本の事業者がしっかりと繋がることが大切」と指摘する。

JNTOでもその課題は共有しており、現地旅行会社向けのセミナーの開催、中東最大の旅行商談会「アラビアン・トラベル・マート」への出展、現地航空会社や旅行会社との共同プロモーションの展開など、BtoBのアプローチを戦略的に進めている。今年10月に大阪で開催される「Visit Japanトラベル&MICEマート2023」にも現地旅行会社数社がバイヤーとして参加することが決まっている。

小林氏は「日本では中東市場に参入する事業者はまだ少ないが、それだけ競合も少ない。市場の潜在性を見れば大きなチャンス」と話す。

一方、BtoCでは、SNSやウェブサイトでアラビア語での情報発信を続けていくほか、2023年度中には富裕層インフルエンサーを日本に招請し、ゴールデンルートおよび周辺地域の観光魅力を紹介し、旅行先としての認知度向上を図る計画だ。リピーター向けには、大阪、奈良、三重(伊勢志摩)などを巡る関西ルートを訴求コースとして想定する。

中東と日本を結ぶ航空路線は太い。座席供給量はほぼコロナ前の水準に回復。加えて、10月2日にはエティハド航空がアブダビ/関西線に新規就航、ターキッシュエアラインズは12月からイスタンブール/関西線を再開。さらに、JALは2024年度夏期ダイヤから羽田/ドーハ線を開設する。

「中東は最後のブルーオーシャン。これほど手付かずの市場はない」と小林氏。国が目標とするインバウンド旅行消費額5兆円に向けて、中東市場が今後どのような成長を見せるのか注目だ。

※ドル円換算は1ドル147円でトラベルボイス編集部が算出

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹

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