2024年3月16日、いよいよ北陸新幹線延伸で金沢/敦賀間が開業する。整備が進められている松本市と福井市を結ぶ「中部縦貫自動車道」と合わせて、福井県では「100年に1度の好機」として、観光振興に本腰を入れている。その好機を捉えて、どのように観光客を呼び込み、県内消費額を上げていくのか。また、そのための課題とは。福井県が進める観光政策について聞いてきた。
※この記事の取材は、昨年12月初旬に実施したもの。その後、今年1月1日には能登半島地震が発生したが、福井県によると観光への影響は一部施設の損壊などを除いて限定的。今後の観光施策やキャンペーンなどは計画通り実施する予定だという。敦賀開業直前の出控えが懸念される時期に計画していた宿泊キャンペーンも、1月5日に対象地域を全国47都道府県に拡大した。
2024年の消費額目標は1700億円
永平寺、東尋坊、一乗谷、三方五湖、県立恐竜博物館などの景勝地や観光施設のほか、越前ガニ、へしこ、若狭グジなどのブランド食材も豊富な福井県。しかし、福井県文化交流部観光誘客課課長補佐の鈴木香織氏は「県の施策としてこれまで観光にはあまり力を入れてこなかった」と話す。しかし、北陸新幹線の延伸が決まり、2012年から金沢/敦賀間の整備が始まると、県は観光政策の方向性を明確化した。最大の目的は「人口減少が進むなかで、外から旅行者に来てもらい、県内で消費しもらうこと」(鈴木氏)だ。
2020年3月に策定した2024年度までの「ふくい観光ビジョン」では、「稼ぐ観光」「ふくいブランドの確立」「インバウンド誘致」「観光客の満足度の向上」を4本柱に据えた。そのうえで、2024年の定量目標として、観光消費額2018年比30%増の1700億円、観光客入込数同約20%増の2000万人、延べ宿泊者数同約25%増の510万人、外国人延べ宿泊者数同約430%増の40万人を掲げた。
鈴木氏は、コロナ後の需要回復傾向から入込数については、「これまでの増加率を維持できれば、達成できるのではないか」と自信を示す。また、消費額については、達成は微妙との見方を示しす一方、「県として旅行商品の単価を上げていくことに力を入れている」と話す。
外国人延べ宿泊者数については模索が続く。県はインバウンド誘致を観光政策の柱の一つとして掲げているが、それは課題を解決していく政策という側面もある。小松空港に東アジアから定期便が飛んではいるものの、福井県へのインバウンド旅行者の数は極端に少ない。2018年の統計では、隣県の石川県での外国人宿泊数が約68万人だったのに対して、福井県は約7万6000人に過ぎない。金沢市の兼六園の外国人入園者だけで約43万人にのぼることからも、小松空港から金沢方面に向かう訪日客が多いことが推測される。
鈴木氏は、その課題として、「認知度の低さ、インバウンド向けの商品の少なさ、その商品を扱う事業者の少なさ」を挙げる。県としても、予算を投下し、観光情報ポータルサイトの機能を強化するとともに、国・地域の特徴に応じて「それぞれに刺さる」情報を発信していく考えだ。また、2025年の大阪・関西万博を契機に、関西方面からのインバウンド誘客も進める。2023年11月には、福井県および福井観光連盟は、大阪観光局と広域ルートの造成促進などを含む包括連携協定を結んだ。
「北陸新幹線の開業で、ジャパン・レール・パスを使った東京からの訪県にも期待している」と鈴木氏。インバウンドのボリュームゾーンは東アジアだが、日本文化に関心の高い欧米市場に向けては特に「永平寺」を訴求していく考えも示した。県や永平寺町が推進する「永平寺門前の再構築プロジェクト」の一環で、2019年に開業した宿泊施設「柏樹關(はくじゅかん)」では、「禅」に関心をもつ外国人観光客の宿泊もすでに増えている。
来年度には、新幹線開業の効果を含めた新たな「観光ビジョン」を策定する。
新幹線開業に向けて、宿泊施設や二次交通の課題を解決へ
県は、新幹線開業に向けて、観光の高度化で様々な支援を実施してきている。その一つが宿泊施設の改修支援。特に福井県は民宿が多いことから、民宿のアップグレードに力を入れている。鈴木氏は「新幹線で訪れる旅行者が泊まりたくなるような民宿への改修を進めている」と明かす。
2022年に実施した「民宿リニューアル支援事業」では、県は改修費に対して1/2をを補助。富裕層に選ばれる上質な宿泊施設となる事業計画であること、事業後は平均客室単価2万円以上の宿泊施設となること、特別室やコンセプトルームなど特別感が出る客室を設置する事業であること、を条件とした。
また、民宿の集客力と稼働率向上を目的に、「ふくいの民宿集客力向上事業」も実施。ネット販売を支えるサイトコントローラーなど初期登録費用や宿泊予約サイト掲載用写真撮影費を補助している。
新幹線が県内の主要駅を結んだとしても、観光客にとっては二次交通の課題も残る。県では、開業に向けて、一乗谷朝倉氏遺跡博物館の整備、県立恐竜博物館のリニューアル、三方五湖レインボーラインの整備を支援したほか、東尋坊の施設再整備を実施しているが、鈴木氏は「観光地が点在しているため、どのように回遊し、滞在時間を伸ばしてもらうかが課題」と話す。
その解決の一つとして、新幹線開業に合わせて運行が開始される観光定期バス「はぴバス」を支援する。これは、京福バスなど地元の交通事業者がコンソーシアムを組んで実施。福井駅と芦原温泉駅から3本のコースを運行するほか、越前たけふ駅、敦賀駅、越前大野も加えて募集型企画ツアーも催行する。運行にあたっては、「はとバス」からノウハウを学んだという。
さらに、車移動の利便性と快適性を向上させるために、「タクシープラン等観光二次交通整備事業」も展開している。ハイヤーなど上質車両の購入補助、レンタカーやカーシェアの駐車場確保の支援などを行なっている。
ソフト面でも新機軸を打ち出す。2024年4月からは、航空会社に現役で勤務する客室乗務員がタクシーに同乗し、県内の観光地を案内する「観光タクシー」を運行する予定だ。「特別感のあるタクシープラン」(鈴木氏)として県も支援する。
加えて、タクシードライバー向けに、おもてなしの意識やマネジメントスキルを向上させるセミナーを開催。鈴木氏は「タクシードライバーは観光客との接点。その人の印象が県のイメージになる」と話し、この施策の意義を強調した。
このほか、新幹線開業とは直接関係ないものの、福井空港の利活用としてビジネスジェットの誘致で財政支援を行なっている。県としては、現在、定期便が飛んでいない福井空港にプライベートジェットによる富裕層旅行者を呼び込みたい考えだ。
地域のコンテンツ造成やマネジメントでも積極支援
JRグループは、北陸新幹線延伸を受けて、2024年10月から12月にかけて福井県、石川県、富山県で「北陸デスティネーションキャンペーン」を展開する。1年前となる2023年10月から12月にかけては「プレキャンペーン」も展開した。
福井県および福井観光連盟は、このキャンペーンに向けて、着地型体験コンテンツを拡充する目的で事業者を支援している。2023年度はすでに7件を補助。例えば、敦賀の昆布問屋ではとろろ昆布の製造・試食体験、三国港では地元の旅館とタイアップした「カニの夕ぜり」体験などのコンテンツ造成を支援したという。
観光DXを推進している福井県観光連盟観光地域づくりマネージャーの佐竹正範氏は、「新幹線の試運転が始まってから、民間事業者からデータに関する問い合わせが増えてきた」と明かす。連盟では、「どこから、誰と来ているのかの実態を把握することが大切」との視点から、県内90エリア340ヶ所の施設でQRコードを置き、アンケート調査を実施。その結果をオープンデータ化している。(この取り組みについては、後日詳報する。)
また、そのアンケートではエリアごとの満足度も調査。「観光施設には、自分のエリアの満足度を確認するようにお願いしている。なかには辛辣な意見もあるが、本質的な指摘もある」と佐竹氏。新幹線開業に向けては、各エリアで満足度を高めていく取り組みが必要になるとの考えを示した。
福井県では今後、東京や関東でプロモーションを展開するほか、北関東の新幹線沿線の駅で物産展などを開催するなど、福井県の露出を高めていく。「(開業に向けて)地元をもっと盛り上げていかないと」と鈴木氏。佐竹氏は「新幹線が走り出せば、県内でもホテルなど民間の投資も動くのではないか」と期待をかける。
「100年に1度の好機」を掴んで、福井県の観光は変わるのか。今後の動きに注目だ。
聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫
記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹
取材協力:福井県