旅先テレワークの導入が、企業志望の物差しになる時代に、制度として導入するためのポイントからトラブル事例までを整理した【コラム】

特定社会保険労務士の岩田佑介です。「ワーケーション社労士」として、企業と個人のワークスタイル変革を推進しています。

働き方の改革が進むなか、トラベルボイスではテレワークを旅先で実施することを「旅先テレワーク」として提唱しています。過去3回のコラムでは、旅先テレワークの考え方、導入するうえでの5つのステップ、制度導入の目的(WHY)の言語化などを取り上げてきました。4回目となる今回は、旅先テレワークを実際に企業が導入する際のポイントや留意点について、実際のトラブル事例も含めて解説します。

働き方は組織のOS、常にアップデートを

大学1、2年生を対象にしたキャリア論の講義で、「旅先テレワーク(ワーケーション)」についてお話しする機会があります。最初の頃は「そんな夢のような働き方があるのですか!」と目をキラキラ輝かせていた学生が少なくありませんでしたが、最近ではほとんどの学生がワーケーションという言葉を知っており、すでに目新しい概念ではなくなっていることを感じます。

さらに、「旅先テレワークが認められている企業で働きたい」という学生の意見もよく耳にします。話を聞くと、入社してすぐに旅先テレワークをしたいわけではなく、「旅先テレワークを導入するような企業であれば、きっと、それ以外のテーマにおいても柔軟な働き方ができる可能性が高いから」という、いわば組織文化の“試金石”として用いられています。

この視点は理にかなっています。本来、テレワークができる組織であれば、旅先テレワークを導入しない理由はありません。それを「なんとなく」という理由で導入に踏み切れない組織は、働き方を常にアップデートしていくという姿勢に欠けています。働き方とは組織におけるOS(Windows、Mac、iOS)のようなもの。常に新しいバージョンへとアップデートしておかないと、優秀なアプリ(人材)がインストールできなくなります。

図1 著者作成

採用時のPRのズレがトラブルになった事例 

「旅先テレワーク」の制度化が優秀な人材の採用につながるという点は前述のとおりですが、制度の実効性についても担保しておく必要があります。採用活動時には「旅先テレワーク」について人事部門がPRしていたにも関わらず、入社後にはほとんど利用されていない、利用できないという状態だと採用後のミスマッチになります。ここで、実際のトラブル事例を一つ紹介しましょう。

【CASE】

転職活動時の面接にて「当社の従業員は地方移住制度やワーケーション制度を活用しながら全国からテレワークで働いている」と聞き、その自由な働き方を魅力の一つに感じて入社したスタッフ。

入社後しばらくしてから地方移住制度やワーケーション制度の利用について上長に相談したところ、「地方移住制度は、当社では特別な事情がある人のみ適用している。ワーケーション制度は職種ごとの不公平感を招く恐れがあるため、この部署ではあまり利用は推奨していいない」とネガティブな返答があった。

転職活動時に人事部門から聞いていた話と実態が大きく異なったため、会社に対して不信感を募らせ、最終的には1年足らずで早期離職となった。

採用活動のタイミングでは優秀な人材を採用したいがために美辞麗句を並べがちです。しかしながら、働き方についてはお互いの期待値や認識がズレやすいテーマであるため、自社の実態をなるべく純度高く伝えなければ、上記のケースのような早期離職につながってしまいます。

会社のスタンスとWHYを明確化する

こうしたミスマッチを防ぐためにはどうすればよいのでしょうか。それは、「旅先テレワーク」に対する会社のスタンスを明確化することです。ワーケーション経験者3500名に対して実施したパーソル総合研究所の調査結果を見ると、ワーケーションに関する企業方針について「未方針」や「方針不明」が約4割以上となっており、多くの方が会社のスタンスや方針が見えない中、手探り状態でワーケーションを実施しているという状況が見てとれます。

図2(出所)パーソル総合研究所「ワーケーションに関する定量調査」

新しい働き方を導入・制度化した際の会社側がとりうるスタンスは主に次の3種類です。

1. 応援・推進

会社として積極的に旅先テレワークの制度利用を推奨している状態。制度の利用浸透に向けて様々な投資等もおこなわれている(たとえば、従業員に対する費用補助や会社の業務として取り扱われるチームワーケーションの実施など)。

2. 中立

旅先テレワークについて特段ネガティブではないものの、利用の有無は完全に従業員個々人に委ねられており、会社としては特段関与していない。

3. 容認

旅先テレワークの利用に対してはネガティブあるいはその効果については疑念を有しているが、特定の条件下でのみ限定的な利用を認めている。

会社としてのスタンスを明確化したら、なぜそのスタンスなのか?というWHYもセットで伝えるようにしましょう。特に理由なき「容認」は従業員側から見てモチベーションを下げる要因になります。

図3 筆者作成

組織の「風土」にも着目しよう

また、スタンスとは会社全体の方針という意味合いですが、現場ごとの「風土」にも着目してみましょう。会社としては旅先テレワークを応援・推進のスタンスで積極的に現場に浸透させようとしているけれども、現場が制度に対してネガティブで”白けている”ということも多々あります。

下記の図4のようなマトリクスを活用して各部署の風土を可視化・プロットしたうえで、特に会社のスタンスとズレが生じている部署に対しては、部門長へのより丁寧な説明の機会を設ける、導入に向けた課題をヒアリングするといった取り組みも重要です。

図4 旅先テレワークのスタンス・風土マトリクス、筆者作成

旅先テレワークの制度に現場が白ける大きな原因は、「会社はどうせ現場のニーズなんて分かっていない」という会社や人事部門に対するあきらめ感・失望感にあります。前回のコラムでは、制度導入の目的(WHY)の言語化において従業員のニーズ、特にペイン(痛み・あったら嫌なこと)をしっかりとくみとることの重要性について触れました。働き方に関する制度はまさに従業員のニーズ起点であるべきであり、会社からの制度の押しつけにならないよう注意しましょう。

ちなみに、インターネット広告事業の大手、サイバーエージェントでは新しい人事施策を組織内に導入する際には「白けのイメトレ」というプロセスを踏むそうです。この施策を導入した時に「1. 誰に白けが生まれるか?」「2. どんなセリフの白けか?」「3. 対処すべき白けは何か?」という3つについてあらかじめ徹底的に考えておきます。この際、あくまで全ての白けに対処しようとするのではなく、制度を導入する際の目的に照らして優先順位づけを行います。

旅先テレワークであれば、テレワークが難しい職種に従事する従業員(1)から、「どうせ私たちは旅先テレワークなんて蚊帳の外だから、企画職の人が羨ましい」(2)という白けが出てくることが想定されます。こうした”白けのセリフ”を一通り洗い出し、対応策を事前に講じることが、制度導入時の会社と従業員との間の温度差を解消することに結びつきます。

次回は、旅先テレワークを導入するうえでの人事規程の確認・整備について解説します。

岩田佑介(いわた ゆうすけ)

岩田佑介(いわた ゆうすけ)

特定社会保険労務士。パソナでの政府・自治体の地方創生に関する政策の企画運営、組織人事コンサルタント(人事制度設計)、ライフネット生命保険の人事部長を経て、現在は「ワーケーション社労士」として企業と個人のワークスタイル変革を推進。観光庁のワーケーション関連事業のアドバイザーを歴任。

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