旅先テレワーク導入への第一歩で企業が考えるべきことは? 使われる制度にするために目的の明確化を【コラム】

特定社会保険労務士の岩田佑介です。「ワーケーション社労士」 として、企業と個人のワークスタイル変革を推進しています。

働き方の改革が進むなか、トラベルボイスではテレワークを旅先で実施することを「旅先テレワーク」として提唱しています。もっとも、いざ旅先テレワークの導入を検討するにあたっては、規程整備や具体的な手続き、社内コミュニケーションなど考慮すべき事項が複雑に絡み合い、難しいと感じる方も多いのではないでしょうか。

前回は「旅先テレワーク」を導入するうえでの5つのステップについて紹介しました。第3回となるコラムでは、最初のステップである「制度導入の目的(WHY)の言語化」の手法について、詳しく解説します。


旅先テレワーク導入のステップ(著者作成)

導入するための大義名分を掲げる

旅先テレワークを推進するうえで最初のステップは、「制度の導入目的(WHY)を言語化すること」です。「新しい福利厚生制度として旅先テレワークを導入したので、どうぞみなさん使ってください」と伝えるだけでは、実際の制度利用に結びつきません。従業員側に、「この制度は本当に利用してよいのだろうか?」という忖度が働いてしまいがちだからです。

従業員が旅先テレワークの制度を利用することで結果的にそれが会社の人事課題の解消につながり、企業と従業員がWin-Winになるような大義名分を掲げることが重要です。

たとえば、観光庁はワーケーションを導入することによる従業員のメリットについて、「働き方の選択肢の増加」、「ストレス軽減やリフレッシュ効果」、「モチベーションの向上」、「リモートワークの促進」、「長期休暇が取得しやすくなる」、「新たな出会いやアイデアの創出」、「業務効率の向上」を挙げています。

具体的な事例のひとつとして、日本航空(JAL)は有給休暇取得率の向上を目指し、2017年に休暇利用中に仕事をおこなうテレワークを可とする「休暇型」のワーケーションを導入しました。休暇目的の位置づけであるため移動費や宿泊費などの費用は社員自身の負担ですが、労務管理においては、以前から実施していたテレワーク規定を軸に、業務の時間より休暇の時間を多くするなどの工夫を実施したところ、主に間接部門の社員を中心に2020年度は延べ約400人以上、2割以上がワーケーションを利用しました。同社は今後も働き方、休み方を自律的にマネジメントできる人材を育成したいとしています。

出典:観光庁ウェブサイト「新たな旅のスタイルワーケーション&ブレジャー」

従業員ニーズを分解する

一方、人事施策はよりよい組織を作るための手段ですが、いつの間にか手段が目的化してしまうことが多々あります。旅先テレワークの導入についても、利用率を施策の効果測定のKPIに設定すると、いつの間にか制度の利用率だけに目が向くようになり、本来の目的を忘れてしまうことにもなりかねません。

繰り返しになりますが、人事施策を導入しても、ユーザーである従業員に利用してもらえなければまったく意味がありません。そのためには人事施策をある種の「プロダクト」としてとらえ、いかにしてユーザーのニーズにフィットさせていくかというマーケティング的な思考も重要です。

マーケティングの分野では「ゲイン」と「ペイン」という概念がよく用いられます。ゲインとは「利得・あったらうれしいこと」、ペインとは「痛み・あったら嫌なこと」を指すマーケティング用語。プロダクト開発においては、自社のプロダクトを通じてどのようなペインを取り除くのか、ゲインを増やすのかを意識しなければなりません。

ただ、一般的にはゲインは「あったらいいな」レベルのことになりがち。お金や時間を費やしてまで解決したい課題にはなりづらく、ペインにフォーカスした方がビジネスとしては成立しやすいとされています。
「旅先テレワーク」という制度を従業員に対して普及・浸透させていく上でも、このゲインとペインという考え方が応用できます。具体的に、みなさんの企業・団体でも現状把握で抽出した従業員のニーズを、ペインとゲインに分解してみることをおすすめします。

現状把握については、従業員エンゲージメントサーベイの結果やストレスチェックの集団分析データ、また在籍している従業員だけではなく、退職者や採用選考で辞退した候補者などの過去または未来の従業員のニーズを忘れずに把握しましょう。まずは「旅先テレワーク導入の結論ありき」ではなく、人事課題全体を俯瞰して眺めることが重要です。

そのうえで、「新たな出会いやアイデアの創出したい」というニーズはゲイン、「長期休暇が取得できない」、「ストレスが高く、今後の体調が不安」という声はペインに分類されるといった自分たちの課題が浮き彫りにします。従業員のどういったペインを解消するのか、という点に着目すれば自社に最適なワーケーション制度の設計も自ずと見えてくるはずです。

アレックス・オスターワルダー著『バリュー・プロポジション・デザイン 顧客が欲しがる製品やサービスを創る(翔泳社)』の内容を参考に筆者作成

「導入しない理由」に着目するアプローチも

これまでは旅先テレワークを「導入する理由」を作ることにフォーカスしてきましたが、逆に「導入しない理由が存在しない」ことにも同時に着目していくアプローチ方法もあります。第1回目のコラムでもお伝えしたように、旅先テレワークはただ単にテレワークする場所が変わるだけであり、そもそもテレワークが可能な企業であれば何も特別なものではない、というとらえ方です。

実際、新しい人事施策を検討する際には、「追加コストがかかるのでは?」、「労務リスクが増えるのでは?」。「管理負荷が高まるのでは?」という懸念が社内に生じることがあるでしょう。確かに人事施策は一度導入するとやめることができないという不可逆性があるため、そういった懸念が出てきた場合には、まずはトライアル導入から始めてみましょう。

旅先テレワークを進めることで、従業員が抱えている課題(ペイン)が解決するうえ、すでにテレワークが認められている当社では追加コストもかからない。ただ、現段階では見えていないリスクがあるかも知れないため、それをトライアル導入で検証しようというアプローチです。

最初のステップにしてはやるべきことが多くて大変だと感じた方もいらっしゃるかも知れません。ただ、旅先テレワークにかぎらず、あらゆる人事施策は最初のWHYを言語化するプロセスこそが後々の成否を決める要因になることが大半です。逆にここさえ乗り切ってしまえば、あとはさほど難しくありません。また、従業員の抱えているニーズを正しく理解するということは旅先テレワークの導入に関わらず、よい組織を作る上でも必要不可欠なことです。ぜひこれを機会に取り組んでみてください。

岩田佑介(いわた ゆうすけ)

岩田佑介(いわた ゆうすけ)

特定社会保険労務士。パソナでの政府・自治体の地方創生に関する政策の企画運営、組織人事コンサルタント(人事制度設計)、ライフネット生命保険の人事部長を経て、現在は「ワーケーション社労士」として企業と個人のワークスタイル変革を推進。観光庁のワーケーション関連事業のアドバイザーを歴任。

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