特定社会保険労務士の岩田佑介です。「ワーケーション労務士」として、企業と個人のワークスタイル変革を推進しています。
最前線で感じているのは、「ワーケーション」という“コトバ”そのものは、コロナ禍を経て広く認知されているにもかかわらず、企業における新しい働き方として定着したとは言い難い状況であるということ。原因のひとつが、ワーケーションという言葉が多義的すぎる点にあります。
そのため、トラベルボイスでは「旅先テレワーク」という新しいとらえ方を提唱しています。本コラムでは、この新たな概念を中心に、ワーケーション制度を導入するための論点をシンプルに企業側に伝えていくための方法を紹介していきます。
認知度高くても、導入が足踏みしているワケとは?
観光庁が2022年3月に公表した「『新たな旅のスタイル』に関する実態調査報告書」によると、企業におけるワーケーションの認知度は全体の86.3%と高い水準だったのに対し、実際に導入している企業はわずか5.3%にとどまりました。
導入していない理由については、「業種としてワーケーションが向いていない(60.5%)」「ワークと休暇の区別が難しい(20.5%)」「運用できる部署や従業員が限定的になるため、社内で不公平感が生じる(9%)」などが挙がりましたが、これらの懸念は必ずしもワーケーションだけに限ったものではなく、テレワークを導入する際にも議論のポイントになるテーマです。同調査ではテレワークの導入企業が全体の38%だったことから、テレワークが可能な企業であってもワーケーションの導入には躊躇している何らかの要因が存在していると言わざるをえません。
ワーケーションの認知度と実施率にここまで差が生じる理由のひとつには、「ワーケーション」という言葉に多様な意味を詰め込んでしまったことがあります。
たとえば、観光庁が公表しているワーケーションの類型を見ると「ワーケーション」と「ブレジャー」に大別した上で、「ワーケーション」については「業務型」と「休暇型(福利厚生型)」に整理しています。さらに前者の「業務型」は、「地域課題解決型」「合宿型」「サテライトオフィス型」の3つに細分化されています。
前述の観光庁の調査によると、企業によるワーケーションのイメージは、「有給休暇を利用し、リゾートや観光地等での旅行中に一部の時間を利用してテレワークを行う(37.8%)」がトップでしたが、「地方の会議室や自然の中など通常勤務地とは異なる場所や職場のメンバーと議論を交わす(オフサイトミーティングやチームビルディングなど)。勤務時間外はその土地での観光や生活を楽しむ(18%)」「観光地や地域に出向いて地域関係者との交流を通じて地域課題の解決策を共に考える。勤務時間外はその土地での観光や生活を楽しむ(13.5%)」「出張による地方での会議や研修、打ち合わせの前後に有給休暇を取得して出張先で旅行を楽しむ(13.2%)」「会社が準備したサテライトオフィスやシェアオフィスで勤務する。勤務時間外はその土地での観光や生活を楽しむ(12%)」などが僅差で続きました。この結果には、いかにワーケーションのイメージが多義的であるかが如実に示されています。
話がそれますが、そもそも英語圏ではワーケーションという言葉は、どれほど一般化しているのでしょうか? 米国の観光産業ニュース「Travel Weekly」誌の電子版で調べてみました。
まず、「workation」で調べると、2020年から2023年7月26日までの間で登場するのは13回です。スペル違いの「workcation」では、2018年から同日までで14回でした。そして、記事中の表記には引用符(“”)を付けての表記が多く見受けられます。
つまり英語圏では概念としての「work」と「vacation」の言い回しとして使われることはあっても、一般的に普及している言葉ではないことがわかります。その意味では、ワーケーションという言葉自体が日本で独自に進化したともいえるでしょう。
ワーケーションの多義性を武器にする
ワーケーション制度導入に向けて社内で議論をしていく際は、「それはどのタイプの"ワーケーション"について話しているのか?」と、その定義をその都度確認する必要があります。
実際、私は社会保険労務士として企業のワーケーション制度導入を多数サポートしていますが、経営陣と人事担当者との間でワーケーションの定義についての認識齟齬が起きているケースが散見されます。また、ワーケーションの語源でもある「バケーション」の語感が強く前面に出てしまうこともあるのか、経営陣がワーケーションという言葉を聞くやいなや、「なぜ従業員のバケーションまで会社側が支援しなければならないのか」とネガティブな反応を示したという人事担当者の声も多く耳にします。
もちろん、ワーケーションという言葉が持つ語感や多義性はデメリットばかりではありません。働き手にとっては「旅をしながらいつでもどこでも働ける」というイメージの広がりがあり、従来の働き方の概念を刷新する突破力を有しています。だからこそワーケーションがここまで高い認知度を勝ち得たともいえます。
多義性という観点からは、「出張」「研修」「視察」「合宿」など、企業がこれまでの日常的に実施してきた行為に対して、「実はそれらもワーケーションの一種です」と説明することで、企業から見たワーケーション導入のハードルを下げるという一定の効果もあります。地域課題解決型のワーケーションでは、「地域との連携による越境学習」という企業における新たな人材育成手法を普及させたことも、ワーケーションという言葉の多義性から生まれたひとつの成果といえるでしょう。
テレワークの一種としてシンプルに考える
では、こうしたワーケーションの語感や多義性のメリットを踏まえつつ、企業において新たな働き方として定着していない現状を打破するためには、どのようなアイデアがあるのでしょうか。私は、導入企業の裾野を広げるためには「ワーケーションはテレワークの一形態である」という点を前面に押し出していくべきだと考えています。
多くのワーケーション導入を支援するなか、「ワーケーションの是非」と「テレワークの是非」が混同された議論がなされている場面に多く遭遇してきました。ワーケーション導入反対派は、「労働時間管理が煩雑」「職種ごとの不公平感が存在する」「人事評価等の運用負荷が高い」など、もっともらしい労務管理上の理由を並べます。しかしながら、それらはすべてテレワークの導入時にも同じように論点になるテーマです。テレワークができるのに、ワーケーションができない理由にはなりません。
厚生労働省の「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」では、テレワークの形態を「在宅勤務」「サテライトオフィス勤務」「モバイル勤務」に整理したうえで、「いわゆるワーケーションについても、情報通信技術を利用して行う場合には、モバイル勤務、サテライトオフィス勤務の一形態として分類することができる」と解説しています。
一方で、サテライトオフィス勤務については自宅の近くでなければならない理由は説明されていません。つまり、ワーケーションは、テレワークの実施場所がただ単に「旅先」になったにすぎません。セキュリティなど一部の論点を除けば、テレワークを導入しているすべての企業が本来は導入可能というロジックで、企業側の導入しない理由を消していくアイデアです。こうしたワーケーションのシンプルなとらえ方を、トラベルボイスでは「旅先テレワーク」という言葉で表現しています。
働き手、あるいは先進的な企業に対してはワーケーションの多義性を駆使し働き方の可能性を広げつつ、一方で保守的な働き方の企業に対しては旅先テレワークという言葉で労務管理上の論点をシンプルに整理する。こうした相手に応じたコトバの使い分けこそが今後のワーケーション推進のカギになるのではないでしょうか。
次回以降は、企業が「旅先テレワーク」を始めるうえでのポイントについて解説します。