観光庁が学校教育で推進する「観光教育」とは? 教師でなくDMOらが主体となる理由を聞いてきた

2023年、政府は新たな観光立国推進基本計画を閣議決定した。その中で、観光立国の実現に向けた持続可能な観光地域づくり戦略の一つに挙げられているのが「観光人材の育成と確保」だ。観光庁では2017年から学校における観光教育を開始しているが、ここでも「地域」がキーワードになっている。地域をキーワードにした観光教育とは、どういったものか? 観光教育は地域をどう変えるのか取材した。

国が明言、観光人材の育成の必要性

新たな観光立国推進基本計画では、持続可能な観光地域づくりが基本方針の大きな柱のひとつにもなっている。そして、それを支える施策として観光人材の育成・確保が明記された。持続的な発展のためには、現場を支える人材だけではなくミドルマネジメント層やマネジメント層も含む幅広い教育が求められている。

2023年3月に発表された「ポストコロナ時代における観光人材育成ガイドライン -持続可能な観光地づくりに向けて-」では、観光産業の経営を担う観光産業人材とともに、観光地全体の経営や観光地域づくり人材の必要性が述べられている。

出典:観光庁 ポストコロナ時代における観光人材育成ガイドライン(概要)

観光庁では2017年度から学校教育における観光教育の普及に向けたモデル事業を毎年おこなってきた。全国の小・中学校、高校の先進事例をもとに「総合的な学習の時間」を想定したモデル授業の構築をおこなっているほか、学習指導要領の改訂に合わせて観光教育の要素を取り入れた社会科の学習指導案などを作成している。

こうした取り組みを可能にしているのが、観光産業が持つ、ある特徴だという。観光庁 観光産業課 専門官の大野一氏が語る。

「観光はあらゆる資源、産業に協力してもらって成り立つもの。そういう意味では、観光は借り物産業とも言えるでしょう。観光客はコンビニにも行きますし、何かトラブルがあれば警察も関わります。観光事業者以外は意識しにくいかもしれませんが、観光は多くの方に関わりがあるものなのです。」

地産地消を可能にする農産物や海産物、アクティビティの舞台になる自然環境、宿泊施設から見える借景、地域を特徴づける伝統文化や文化財、インフラ、それらを支える地域人材。地域社会は観光を支える基盤だ。その一方で、地域社会にとっても観光はさまざまな影響力を持ち、可能性に満ちた産業と言える。

相互に影響し合う地域社会と観光。その関係について大野氏はこう述べる。

「日本は、今後さらに人口減少が進み、ますます少子高齢化が進んでいくでしょう。そのため、これまでと変わらず地域住民のみを顧客としてモノを売るだけでは継続的に成長することはできません。そのため、交流人口を生んで商品やサービスを売る必要があります。その際、観光客のみ、地域住民のみと対象を限定するのではなく、両者が交わる必要があります。こうした取り組みこそが自分たちの町村を存続するカギと言えるでしょう。このように、観光を切り口にその地域を見ていくと、ビジネスや人の移動などに着目することになり、さまざまなことが学べるのです」

近年の学校教育の変化も、観光教育普及の取り組みの追い風となっている。これまで学校の授業といえば教員が児童生徒に知識を授ける講義型が主流だった。しかし、近年は児童生徒が能動的に学ぶアクティブ・ラーニングが重視されており、新しい学習指導要領でも自ら課題を見つけて考える「主体的・対話的で深い学び」が掲げられている。

「修学旅行でも探究学習の要素を盛り込まれたり、『総合的な学習(探究)の時間』に地域の人が教壇に立ったり、地元の工場や農園を訪問するといったこともおこなわれています。必ずしも観光を全面に出す必要はないと思いますが、観光を絡めることで自分の住む地域についてより深く、そして広く学ぶことができるのです」(大野氏)

文部科学省の動きを見据えた取り組みも

前述の通り、観光庁では2017年度から毎年、観光教育推進のための事業を実施しているが、文部科学省の動きに連動した取り組みもある。2022年度からの高校の商業科の選択科目の一つとして「観光ビジネス」科目が導入に合わせ、2021年度には高校生を対象とした観光教育プログラムを開発。2022年度にはその実証実験もおこなった。

そして2023年度におこなっているのは「地域活性化のための観光教育推進事業」だ。

「産学官関係者が連携して観光教育に取り組むモデル地域を公募し、高校生を対象に『総合的な探究の時間』などで観光の要素を取り入れたモデル授業を実施していただきます。対象は商業科だけではなく普通科も含みます。ただし、学校内で完結するものではなく、地域一体となった観光教育であることが特徴です。」

特徴的なのは、申請者(事業の実施主体)として申請できるのが観光協会やDMO、自治体観光担当課など、その地域の観光推進を主体的に担う団体となっている点だ。実際にモデル事業に採択された地域とその申請者を見てみると、岩手県釜石市は「かまいしDMC」、北海道ニセコ町は「ニセコ町国際観光認証会議」、静岡県島田市は「島田市観光協会」となっている。

島田市の出前授業の様子/写真提供:観光庁

ニセコ町での授業の様子/写真提供:観光庁

持続可能な観光教育を地域主体で進める理由

教育に関するモデル事業にもかかわらず、申請者の条件に学校が含まれないのはなぜなのか?その理由を大野氏はこう説明した。

「これまでの観光教育は属人的でした。そのため、熱心な先生が異動するとおこなわれなくなりますし、外部からスピーカーを呼ぶ際もその先生と交流がある人に限られてしまいます。また、熱心な先生ほど自分なりの答えを持っているため、押し付け教育になる恐れもあります。生徒たちの知見を広げ、好奇心をかき立てるには、先生に依存するのではなく地域一体となった観光教育が望ましいでしょう」

とはいえ、学校や先生が関わらないというわけではないという。

「観光協会やDMO、商工会などが中心となって、先生とその授業をバックアップする形です。例えば、生徒の関心に応じてスピーカーが登壇したり、街に出て取材や探求をおこなった際に対応したり。もちろんNGな人や場所もあると思いますが、DMOや商工会議所が中心になっていれば交渉もしやすくなりますし、より広く地域と関わることができるでしょう。」

申請者を教員や学校にしなかった理由は他にもあるという。

「観光教育をおこなっていない学校は、まだまだ多いです。その理由は主に二つあります。一つは先生がとにかく忙しいということ。もう一つは、先生が観光教育のやり方がわからないことです。DMOや観光協会などがスピーカーのアサインなどの下準備やフィールドワークのフォローなどをおこなえば、学校も観光教育を取り入れやすくなりますし、継続することができるはずです。」

失敗OK、大切なのは自分で考えること

では、地域が主体となって観光教育に取り組むことは、その地域にとってどんな意味があるのか。

「今、日本各地で少子高齢化と過疎化が進んでいます。働き手や地域の担い手が都市部におこなってしまい、10年後、50年後には地域が消滅してしまう地域もあるかもしれません。でも、それは地域の方も望まないですよね。観光教育を通じて地域の本質を知り、未来を考えることで地域に愛着を持ってくれたら、都市部に出ていく子どもの数を抑えることができるかもしれませんし、都市部に行った子も何かしらの形で地域のために働いてくれるかもしれません。観光教育には人材育成という側面がありますが、決してそれだけではありません。10年後、50年後も地域の人々が笑顔でいられるための希望を持ってもらうための学びでもあるのです。」

探究学習は文部科学省に任せればいいという声もあるようだが、文科省の管轄は学校であり、地域を指導する立場にはない。そこで、観光という視点を通じてより地域を深く知る観光教育を観光庁が推進しているというわけだ。

「今年度のモデル事業では、授業のやり方は地域と学校にお任せしています。ただ、先生が成功に導こうとして、生徒が考えたつもりになってしまうことは避けたいなと思っています。そこで、学びのゴールは生徒自身に考えてもらうことにしています。」

この学びのゴールとは、地域課題を解決するサービスや、新たな特産品となるようなヒット商品を生み出すことなのだろうか。

「すぐに採用されるような商品や課題解決策が出てくれば最高ですが、それがゴールではありません。自分で考えることこそが学びなのですから、失敗してもいいし、お門違いの意見を出しても構いません。地域の大人にとっても、生徒の率直な意見を聞くことは新鮮な体験になるでしょう。モデル事業の終盤には生徒が地域で感じたこと、考えたことを発表する発表会をおこない、保護者も招く予定です。高校生が進路を考える際は親の影響が大きいので、子どもが何を考えているのか、知ってもらうのです」

このモデル事業で得られた知見は、シンポジウムなどを通じて全国のDMOや観光協会、自治体、そして高校に広めていくという。

産業としての裾野が広く、業種が多様な観光産業は、雇用の受け皿であると同時に、地域社会とさまざまな形でつながっている。少子高齢化が進む中、地域が将来にわたって維持され、発展していく。そんな未来を考える上で、観光教育が新たな一手となる可能性もある。地域と学校が連携して進める観光教育に期待したい。

次回の記事では、地域と学校で取り組む観光教育の今を取り上げる。

取材・記事:REGION 鷲山淳 / フリーライター吉田渓 

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