米国フェニックスで開催されたフォーカスライト・カンファレンス2024では、エクスペディア・グループCEO(最高経営責任者)に就任して半年が経ったアリアン・ゴリン氏が登壇、人工知能(AI)の活用やソーシャルマーケティング戦略について話した。
エクスペディアの生成AI導入は旅行業界でも早く、2023年初めに同社アプリでチャットGPTのプラグインをスタート。2024年5月には、ゴリン氏のCEO就任と同時に、旅行プランニングを支援するAIアシスタント、ローミイ(Romie)をローンチした。
ゴリンCEOは、「我々みんなにとってワクワクする時代だが、まだ始まったばかり」と話し、タビマエからタビナカ、B2CからB2Bまで、エクスペディアのあらゆる事業領域を対象にAI活用の試行錯誤を進めていると話す。
話題にのぼることが多いのはカスタマーサービス関連だが、それだけでなく、コールセンター、プロダクト、レビュー要約、デスティネーションのインサイト、世界各地でのマーケティング、社内業務の効率化、パートナー企業向けの画像やテキスト最適化などを例に挙げた。
導入から半年たったAIアシスタントのローミイについては、「ユーザーの反応や使い方を注視しているところだが、旅行プランニングでの利用が人気。デスティネーション情報や予算関連の質問が多い」。反面、アプリ外からもやり取りできるコミュニケーション機能の使用は、今のところ、あまり活発ではないという。
検索サービスでのAI活用については、「大手検索エンジン各社とのお付き合いがあるので、その進化を見守りつつ、我々に必要なことを考える。技術的ソリューションかもしれないし、パートナーシップかもしれない」(ゴリン氏)と話した。
「テストを繰り返すことが最短の学びになると私は常に話している。現時点では、AI活用を進める領域がどこかといえば、『全部』というのが答え。その中で、うまくいくところ、いかないところが出てくるだろう」。
AIが便利に進化したら、最終的には、AIエージェントがOTAにとって代わるのだろうか?
この問いに対し、ゴリン氏はいずれ自立型のAIエージェントが登場するかもしれないと指摘しつつ、旅行マーケットが非常に大きいこと、さらに旅行ビジネスが複雑な業務の連続である点を挙げ、「すべてを機械化・自動化することは困難」との見方を示した。
事業者の架け橋になるB2Bの重要性
またゴリン氏は、「エクスペディアが目指しているのは、旅行者にとってベストの体験を提供し、一度利用した人が、また使いたくなるブランド。とはいえ、旅行取引の9割は、エスペディア・グループの外で起きている」と話し、パートナーシップ事業を重視している。
同社が提携する約6万社の旅行代理店パートナー向けのプラットフォーム「TAP(トラベルエージェンシー・プラットフォーム)」でもAI導入を進めており、旅行者からの問い合わせにかかる時間の短縮など、業務効率化に役立てている。
ゴリン氏がエクスペディアで最初に担当したのがホテルとのパートナー事業だったこともあり、「ビジネスをつなぐこと、社外で起きていることの把握は非常に重要というのが私の信念。事業の成長と旅行者の満足向上、両方につながる」。
ここ数年は、ウォルマートやマスターカード、マイクロソフトなど、異業種のプラットフォーム向けの提携事業も積極的に拡大している。「決めるのは旅行者だ。それがどんな選択になっても、我々がその一部であるように、自社ブランド用のツール開発から提携パートナー支援まで展開している。様々なイノベーションが登場し、それぞれに強みがあるなか、これがスマートな戦略」との見方を示した。
マイクロソフトとの提携では、Bingトラベルで予約した人に、マイクロソフトのリワード・ポイントとエクスペディアのロイヤルティ・プログラム「ワン・キー(One Key)」キャッシュの両方を付与するという初の試みもスタートした。「新しいことも積極的に試すオープンな方針」(ゴリン氏)の一例だという。
ワン・キーは、エクスペディア・グループの3つのブランド、エクスペディア(Expedia.com)、ホテルズ・ドットコム(Hotels.com)、民泊バーボ(vrbo)で利用できる共通キャッシュが貯まる会員プログラムで、現在は米国と英国が対象になっている。
3ブランド間でのクロス・ショッピング促進が狙いだが、最近の調査から「エクスペディアおよびホテルズ・ドットコムで貯めた同キャッシュをバーボで使った人の30%は、バーボを初めて利用した人との結果が明らかになり、効果につながっている」(ゴリン氏)。
傘下プラットフォームの再編を進めるなかで、エクスペディア掲載の宿泊施設のうち100万ユニットをバーボに移動したことで、ビーチや山岳リゾートが中心だったバーボの取扱い物件に、都市部の宿泊施設が増えたことも、利用者層拡大つながったと見ている。
ただし、バケーション・レンタル(一棟貸し民泊)のB2B展開については、やや慎重姿勢を示した。ゴリン氏は「ホテルとバケーション・レンタルでは管理方法が大きく異なり、例えば、オーナーと旅行者のコミュニケーションなどが発生する。リピーター獲得につながるレベルまで、準備を整えてからになる」と話した。
「トラベルショップ」でインフルエンサーと連携
ゴリン氏のCEO就任と同時期にスタートしたもう一つの挑戦は、インフルエンサーと旅行者をつなぐ「トラベルショップ」だ。インフルエンサーがエクスペディアのプラットフォーム内でおすすめ情報など旅行コンテンツを発信。予約につながった分に対し、ホテルや旅行事業者がコミッションを支払う仕組みだ。インフルエンサー以外に、旅行雑誌や観光局などもショップを開設している。
現在、トラベルショップを展開するインフルエンサーは150人ほどだが、「利用者による情報の保存率は、他サービス比で3倍に達しており、エンゲージメントは高い」とゴリン氏。さらにトラベルショップ経由でアクセスするユーザーは、「当社をまったく利用したことがない層が大半を占めており、新規顧客の獲得に効果が出ている」(同氏)。
ゴリン氏は、旅行業界における様々なサービスや事業者をつなぐ「架け橋でありたいと考えており、あらゆる可能性を排除しない」と強調する。エクスペディアのテックチームが開発した技術は、社内だけでなく外部にも使ってもらい、どこに商機があるのか、パートナーシップの可能性を含めて、探っていく。