楽天傘下となったアクティビティ予約「ボヤジン」、高橋CEOに成長までの苦境から躍進するBtoB事業まで聞いてきた

2011年に現地体験を提供するホストと訪日外国人旅行者とのマッチングを行うスタートアップとして創業したボヤジン。2012年12月にプラットフォーム「Voyagin」をリリースしてから5年。2015年5月に楽天の傘下入りを果たし、現在では当初のC2Cに加えて、B2CとB2Bも事業の大きな柱となっている。

インバウンド市場が急拡大してきたなか、仲間数人で立ち上げたスタートアップがどのように生き残り、事業を拡大させてきたのか? CEOの高橋理志氏にその成長の軌跡を聞いてきた。

「会社が潰れそうになって、本当にヤバイと思った」

高橋氏が訪日旅行者向けの現地ツアー予約サイト「FindJPN」を起業したのは2011年8月のこと。その後、2012年12月にアジアからの旅行者に特化した現地ツアー予約サイト「Voyagin」をリリースした。

日本の観光地の「体験」を提供するホストと旅行者をマッチングさせるC2Cプラットフォームは当時としては先進的なビジネスモデル。高橋氏は2014年のトラベルボイスのインタビューで、「当面の目標は、2、3年のうちに、『アジアの旅行では必ずボヤジンを使う』と言われるまでビジネスを伸ばすこと。そして、それを基盤に世界に打って出る」と話している。

しかし、スタートアップの情熱と現実は、そう簡単には実現しなかった。「最初の2年はやりたいことをやったが、全く売れない。会社が潰れそうになって、これはヤバイと思った」と当時を振り返る。

その後、事業を見つめ直し、C2Cマッチングだけでなく、訪日外国人に需要のあるチケットの販売にも着手。B2Cを加えることで事業を徐々に変化させていく。

「実際にチケットの販売が伸びていくと、自分たちが必要とされていること、自分たちが価値を提供できていることに気づいた」。創業当時の理想の事業であるC2Cというモデルにこだわらず、必要とされる事業を伸ばしていくという気持ちの変化につながっていったという。

「“作りたいもの”を作って世の中を変えたいと思っていた時代から、作りたいものと必要とされるものを折り合いつけること。それが、世の中に貢献できるという風に変化していった。」のだという。一方で、「“作りたい”がないと会社は始まらない。」と情熱や理想の重要性も忘れない。こうして、自分の思いと別のベクトルで成長していく様は、「今も面白い」と語った。

楽天の買収が大きな転機、有望事業に資金投下

ボヤジンのCEO 高橋理志氏

チケット販売の売上が伸び始めた頃、事業拡大のチャンスが舞い込んできた。楽天による買収だ。

楽天は楽天トラベルで訪日外国人向けサービスの強化を進めていくなかで、ボヤジンの売上は伸びないながらもおもしろいコンテンツが揃っていたC2Cプラットフォームに目をつけた。

「(この話が来たときは)正直驚いた。どの選択が一番いいか考えた」が、将来の事業展開、資金繰りなどを考えると楽天の提案を断る理由はない。なにより、「ボヤジンとしての独立性を尊重してくれた」ことが大きかったようだ。

楽天傘下に入った後は、業績が順調に伸びてきたチケット販売に資金を投入。テーマパーク、交通、スポーツのチケットも取り扱うようになり、B2Cの幅を広げた。

さらに、問い合わせの多かったレストランの予約代行サービスも始めた。しかも、店舗情報の無料掲載が当たり前のなかで、外国人向けの予約を代行するサービス事業として有料化。「レストラン側にしてみれば、言葉など手間がかかる外国人の予約を代行してもらうメリットがある。外国人にとっては、行ってみたいレストランをストレスなしに予約できる」。双方のニーズがマッチし、通常より高めの予約料金でも事業は着実に育っていったという。

ボヤジンの根幹である「体験」も従来のC2Cに加えて、B2Cを加えることで幅が広がった。

たとえば、「すきやばし次郎の貸切ツアー」。三越伊勢丹との協業で企画したが、8席の予約に対して約1300人が応募してきたという。また、「すきやばし次郎」「てんぷら近藤」「築地ツアー」と宿泊を合わせたパッケージも25万円という高額ながら即完売した。

「おもしろいものがあれば、それだけのために日本に来るマーケットはある」と高橋氏。この企画によって、ハイエンド旅行者によるサイトへの信頼度も向上したため、富裕層向け旅行への事業拡大も可能になった。

地方での送客でもB2Cによる体験コンテンツが大きく役立っているという。

その一例が岐阜県羽島の「鍛冶体験」。7時間コースの本格的な体験で、2名で7万2000円と高額ながら、毎月50人を集めるほどの人気があり、事業者は毎月200万円を売り上げているという。高橋氏は「これは非常にコンテンツ力の高い商品。本物の体験であれば、高いお金を払う旅行者は存在するし、観光都市でなくても成功できるといういい例」と自信を示す。

楽天による買収から約2年半。その間に取扱高は20倍に拡大。予約数も現在1日1000人から2000人となり、ほぼ20倍に成長した。

大きく伸びるB2B事業、地域創生でも大きな力に

現在、もうひとつの大きな事業の柱となっているのがB2B事業だ。

そのひとつが、大手旅行会社との協業。旅行会社からのマーケティング費用でボヤジンのプラットフォーム上に特集ページをつくり、訪日外国人向けに販売する。大手旅行会社は楽天トラベルとは競合になるが、「独立性を持った事業展開が、ここでも生きている」と手応えを話す。

一方で、最近では全国に広がる楽天の営業ネットワークを活用したB2B事業も増えてきたという。地方自治体やDMOとの協業は、「日頃から全国でコミュニケーションをとっている楽天のネットワークのおかげ」。たとえば、瀬戸内DMOとのコラボレーションでは、ボヤジンのプラットフォーム上に特集ページをつくり、その地域でできる「体験」を紹介。外国人にはSetouchiやTokushimaなどの知名度は皆無なため、原爆ドーム、しまなみサイクリング、直島など認知の高いキーワードを軸に、そこから周辺の地域や体験を案内する動線をつくった。

地域との取り組みでは、モニタリングツアーというおもしろい取り組みも始めている。

地域のツアーを旅行者に無料で体験してもらい、そのフィードバックとツアーの様子を動画でまとめたリポートを作成、ツアーの主催者にアウトプットする。地域の着地型ツアーの「ダメ出し」をするというもの。「動画だと説得力が違う。外国人旅行者が実際に困惑しているポイントが一目瞭然」だという。

また、日本在住歴の長いボヤジンの外国人スタッフが、各地域の魅力や体験プログラムをブラッシュアップするワークショップも始めた。これまで、福井市、郡山市、金沢市などで実施。「地方へのインバウンドという歴史文化が中心だと思いがちだが、外国人視点から見ると、日本人には意外なところに価値が埋もれている」。現在も継続的に全国各地で「発掘作業」を行っている。

圧倒的な集客力とビッグデータで「国内競合には負ける気がしない」

訪日外国人の「コト消費」や「タビナカ」の過ごし方が注目されているなか、現地体験を仲介するプラットフォームが増えている。しかし、高橋氏は「国内競合には負ける気がしない」と強気だ。

海外プレイヤーについても、「巨額の資金で日本市場に参入して、全国のコンテンツを獲得できるかというと、そう簡単な話ではない」と話す。日本でのネットワークもないし、実績と信頼もないからだ。

その強気の背景には、圧倒的な集客力がある。たとえば、SEO。この分野でいち早く事業を始めたからこその強みとなっている。「Japan、Tokyo, restaurant」など日本のタビナカで検索されるようなキーワード検索では、Voyaginのサイトが上位に表示されることが多い。また、SEMでも効率的な露出を果たすことができるといい「サイト自体への信頼性は高い」と自信を示す。

加えて、「潰れそうになっても、コツコツやってきた成果」として、これまで蓄積してきたデータも大きな武器になっているという。環境省が推進する「国立公園満喫プロジェクト」にも参画。ボヤジンの自然体験プログラムで蓄積した動態データなどを軸に提案を行っている。

また、顧客のデータの活用では、イベントへの誘導もビジネス化。高橋氏は「ボヤジンで予約した旅行者リストがあるため、彼らの来日の時期に合わせて行われるイベントの告知やプロモーションをピンポイントで行うことができる」のだという。

このメールマーティングは、ネット上で広告を打つよりも、訪日回遊の瞬間を捕まえることができるため、イベント企画者にとってもボヤジンにとってもコンバージョンは高いという。

B2CとC2Cは、ボヤジンのサイトが基盤の同じオンライン事業。そこでの集客があり、膨大なデータが蓄積されているからこそB2Bも可能になる。高橋氏は、創業からこれまでの流れを「スタートアップが一本の事業だけで成長していくのは難しい」と振り返る。

アマゾンも複数の成功の積み重ねで世界最大のマーケットプレイスになった。「それでも、スタートアップとは言い続けたい」と高橋氏。次の成功のためには、「その勢いが大切だと思う」からだ。

聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫


記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹

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