日本観光振興協会の新理事長に、withコロナ時代の観光振興を聞いてきた、地域が今すべきこと、GoTo事業者が考えるべきこと

新型コロナウイルスによって、未曽有の危機に瀕している観光産業。その救済策として始まった政府のGoToトラベルキャンペーン(GoTo事業)を巡り、「観光」がこれまでにない熱量で注目されている。

日本の観光振興における総本山ともいえる日本観光振興協会(日観振)の理事長に6月に就任した久保田穣氏は、関心が高まり、GoTo事業がある今こそ、観光の価値や効果を啓蒙し、新たな時代に沿った競争力を事業者や地域が身に着ける機会だと話す。

コロナで打撃を受けた観光産業と地域の観光をどう取り戻し、振興していくのか。舵取りを担う久保田氏に、GoTo事業とあわせた現在の取り組みから中長期の展開まで、コロナ禍での観光振興を聞いてきた。

※日観振は、地方公共団体、観光協会、鉄道、航空、観光関連企業など、全国約700の観光関係者で構成され、地域と民間が一体となって観光振興に取り組む団体。

観光の本質を啓蒙、発信へ

まず、久保田氏が言及したのは、観光の本質だ。

7月22日に開始となったGoTo事業には、世間から「多くの産業が困っているのに、なぜ観光事業者だけを助けるのか」という反発が多く聞かれた。しかし、観光は宿泊施設や交通機関、旅行会社などの直接的な事業者だけではなく、その先には取引先である地場の農家や漁業者、設備管理、清掃、リネン業者など多様な業種が繋がる、すそ野が広い産業だ。

2018年の旅行消費は約27兆円、さらに波及効果を含めると規模は約55兆円。これは、国内産出額の5.3%を占め、国内就業者数の6.4%に相当する441万人の雇用創出効果もある(2018年観光庁)。日本の自動車産業の製品出荷額60兆円、輸出金額16兆円、就業人数546万人と比較しても、その規模感が分かる(2017年日本自動車工業会)。

また、コロナによる外出自粛要請で、観光には「不要不急」の文字がついて回ったが、久保田氏は「観光は、(不要不急のうち)『不要』なものではない」と強調。観光は、旅先で気分転換をして鋭気を養い、好奇心を満たし、感性や教養を高めるという「基本的な人の営みである」とし、その上で「人の営みである観光を通じて、経済が回る。観光の需要を作ることは、観光産業の支援を通じて地域経済を支えることなのだ」と、観光経済の重要性を説明した。

このことは、日観振をはじめとする旅行・観光産業も以前から訴え、国も「観光立国」の背景として説明してきた。それが今回、コロナ禍でのGoTo事業実施に是非の議論が起き、観光が与える地域経済への影響が語られることで「これまでの『観光は遊び』という世間の認識から、大きく前進したと思う」と久保田氏。今後も同様の情報発信をするほか、各種機会を捉えたシンポジウムや政策提言なども行なう考えだ。

安全安心が地域ブランドになる

しかし、GoTo事業に対しては、感染収束が見えない中での実施に、不安や反対の声があがっている。コロナとの共存が不可避となる今後、どのように観光振興を進めていくのか。

久保田氏も「コロナを抜きにした観光推進は現実的でない」とし、直近では感染防止策のガイドラインや、新しい旅行マナーなど、ニューノーマルの旅行が定着するための情報発信を強めていく考え。

その取り組みの1つが、新しい観光スタイルに取り組む地域やDMOの事例を、ウェブ上に公開すること。まだ、各地域へ声掛けを行なっている段階だが、すでに新潟県の佐渡観光交流機構のように、新しい生活様式を取り入れた制度設計や観光の魅力発信などに取り組んでいる地域もある。

久保田氏は、「公開すれば、旅行者の旅行先選びの情報になり、地域や事業者の参考にもなる。地域住民にも、地域や事業者、旅行者がどのような感染防止対策をして観光が行なわれているかが伝わるだろう」と、その意義を説明。今後は、こうした安全安心の取り組みが「地域ブランドの構築に繋がる」ともみている。

これに関連し、地域に対する観光危機管理の普及活動にも取り組む方針だ。特に近年は、今回のような感染症はもちろん、大規模な自然災害が増加しており、どの地域で危機が発生しておかしくない。これを踏まえ、地域が日頃から危機に備える体制づくりを、危機管理の専門家と各地に拠点のある日本商工会議所と連携し、数年かけてしっかり取り組んでいくという。

日本観光振興協会・理事長の久保田穣氏

観光は社会構造を変える力がある

さらに、中長期的には、働き方改革にあわせて観光産業が提案してきた旅先で仕事を行う「ワーケーション」も、「地域と企業をセットにしたモデル地域を推進する」と意欲を示した。コロナは人々の社会生活を大きく変えたが、それによって企業のテレワーク導入が一気に進み、リモートワークに慣れた人が増えたことは、ワーケーションを推進する好機でもあると捉える。

ワーケーションが浸透すれば、将来的には週末移住や他拠点生活など、働き方やライフスタイルの多様化に繋がり、地域の関係人口の増加に寄与する。一方で、都市部の人口密集を分散する一助になる可能性もある。また、観光産業が取り組んできた休暇分散の後押しにもなり、課題である需要の平準化や観光地の集中(オーバーツーリズム)の解消にも繋がると見る。

久保田氏は、「これは志でもあり、厳密にはこれからの部分は多い」としながらも、「観光を通じて、働き方や生活スタイルに一石を投じる。観光には社会構造を変えるパワーがあることも、認識されるようになればいい」と、観光の持つ可能性に期待を示す。

いつの時代も観光はなくならない

日観振は、GoToトラベル事業の運営事務局である「ツーリズム産業共同提案体」に参画している。これについて久保田氏は、日観振のステークホルダーである観光産業や地域に対し、「単なる割引キャンペーンで終わらせず、次に繋げてもらうために参画した」と説明する。

そのため、今後の取り組みも、GoTo事業と絡めて推進する考え。GoTo事業を利用する旅行者に、新しい旅行様式や地域の感染症対策などを周知し、地域はGoTo事業での旅行先に選ばれるよう、安全安心と魅力付けに取り組む。そして、ワーケーションや分散化など、人の動きを変える新しい観光スタイルの提案では、「旅行会社がマーケットのニーズに合わせ、具体的なプランとして見せていく。こういう取り組みが必要だ」と話す。

とはいえ、久保田氏は「それは、旅行会社だけで成し遂げられるものではない」とも言及。「地域やDMOの現場の把握力に基づいた企画や着地のコンテンツが必要で、それを旅行会社のプランに反映させる」と、旅行会社と地域がタッグを組む重要性を強調した。

こうした話はこれまでもされていたことだが、「実際はなかなか実現できていなかった」と久保田氏。地域の発信力の弱さや、旅行会社も目先の販売で手一杯という現実があったかもしれないが、観光産業にとって背水の陣といえるGoTo事業の間に、「両者が連携するムードを醸成したい」と意欲を示す。

久保田氏は、「GoTo事業で半額で来てもらえる時こそ、いろいろなトライアルができる機会。旅行経験が多く、目が肥えている日本人に、自分たちの商品や地域を見てもらい、日本良さを再認識してもらえるチャンスだ」と発破をかける。逆に、この機に観光の本質に耐えうるものを提供できなければ、「事業終了後には需要が萎むことになりかねない」と危ぶむ。

最後に久保田氏は、観光が人の基本的な営みである以上、「観光がなくなることはない」と強調。観光産業と地域に向け、「旅行の目的にかなう資源とコンテンツがあれば、必ず観光客は戻り、増えていく。苦しい時期だが、そのためのGoTo事業でもある。観光の力に信念と希望をもって、魅力の磨き上げに取り組んでほしい」と、力強く語った。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:山田紀子

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