コロナ禍で人々の生活や働き方が変わる中、観光産業で注目が集まるワーケーション。企業への人材派遣事業を中核に成長してきたパソナグループは、2016年からワーケーションに注目し、グループ会社のひとつ「パソナJOB HUB」で2020年から本格的に事業化を始めている。日常的に数多くの企業と接点がある同グループには、ワーケーションについて率直な声や疑問も多く寄せられる。
日本航空(JAL)をはじめ、先進的に制度導入している企業の事例もいくつか見られるが、それ以外の「大多数の企業」は、ワーケーションをどう見ているのか。人事責任者へのアンケート結果から見えてきたワーケーションへの「企業の視線」、同社の取り組みや今後の課題を聞いた。
震災後、「ワーキングツーリズム」の可能性に着目
パソナグループでワーケーションの中心となって取り組んでいるのは、2019年に設立された「パソナJOB HUB」。大手企業の役員・管理職経験者などを顧問として活用する「パソナ顧問ネットワーク」と、個人事業主やフリーランス向けプラットフォームを提供する「パソナJOB HUB」を統合して生まれた新会社だ。同社の事業開発部長兼ソーシャルイノベーション部長を務める加藤遼氏は、2016年からワーケーションに着目し、パソナグループでの事業化に向けて検討を行ってきた。
パソナグループは2011年の東日本大震災後から東北経済の活性化を目的に、東北各地で複数の子会社を設立しており、加藤氏は各社の設立に至る一連の取り組みに携わった。その一つが2016年に設立された、インバウンドをはじめとする観光関連事業を行う仙台市のVISIT東北だ。加藤氏は「東北を訪れる旅行者を受け入れる中で、現地に滞在しながら地域課題を考えたり、地域の会社の経営課題に関心を持つビジネスマンや起業家、フリーランスなどが多く見られた。そういう人たちが地域企業の経営陣に入ったり、事業を興すといった『ワーキングツーリズム』の可能性を探り始めた」と振り返る。
そこから生まれたのが「旅するように働く」というコンセプトで地域の企業経営者と都心部の起業家やフリーランスなどのマッチング事業と、都市部の企業人材が地域に滞在しながら人材研修や開発合宿を行う研修事業だ。ワーケーションの定義が「休暇中に業務を行うこと」と捉えられる傾向が強いのに対し、パソナにとってのワーケーションは「休暇的な環境で仕事をすること」。既存のオフィス外、地域に足を延ばしてのビジネス、業務に重心を置いている。
データに表れる人事部門の慎重な姿勢
加藤氏は「最近はワーケーションについて、企業から相談を受けることが非常に増えている」と話す。相談者を経営、事業、人事の3部門に大きく分けると、期待感や捉え方はかなり異なるという。
経営者の場合は、既にワーケーションを実践し「さらに広めるにはどうしたらいいか」といった社会啓蒙、事業部門からは人材育成や研修の新たなツールとして興味を持つケースが多い。一方、人事部門からは「ワーケーションという言葉をよく聞くが、制度導入には具体的にどんなリスクがあるのか」「他社はどう対応しているのか知りたい」といった声が多く、情報収集の一環にとどまっている。
そうした人事部門の慎重な姿勢を裏付ける一つのデータが、日本CHO(チーフ・ヒューマン・オフィサー/最高人事責任者)協会が2021年2月に実施した「第3回 新型コロナウイルスの「働き方と人事への影響」に関するアンケート」だ。
日本CHO協会は、各企業の部課長クラスや担当役員などの人事責任者が集まる会員組織で、パソナが事務局を務めている。会員は約1300人で、大手企業の部長クラスも多く加盟。さまざまなテーマでほぼ毎月、会員向けアンケートを実施している。
今年2月の調査では、「2021年中に取り組むべき(取り組みたい)新たなテーマや重点テーマ」として31項目が挙げられた。最も回答が多かったのは「デジタル化による人事業務の革新(デジタルトランスフォーメーション)」、「タレントマネジメント」と続き、「ワーケーション」は最も優先度が低い結果となった。
ただし、ワーケーションの制度導入のベースとなるテレワークの生産性については、かなり渋い評価も浮き彫りになった。「現時点では評価が分かれる」が33%と最多で、「どちらかと言えばマイナスの影響」25%、「マイナスの影響」4%と合わせて全体の約3割を占めるのに対し、「プラスの影響」は0%で「どちらかと言えばプラスの影響」も13%にとどまり、懐疑的な見方が強いことが読み取れる。
「この結果を見ると、ワーケーションは人事課題としてはかなり低い。取り組むべき課題が多く、そこまで手が回らないという現状もある」と加藤氏。「テレワークフレンドリーな会社では、コロナ禍に関係なくワーケーションが行われているが、そうでない会社では従業員がなかなか一歩を踏み出せない。経営者や人事部門がどんなメッセージを発するかが、大きく影響する」と語る。
「ローカルパートナー」に高まる地域の期待
2020年7月から、パソナJOBHUBはこれまで実証実験的に行ってきた事業を継続拡大した形で、人材育成・事業創造プログラム「JOB HUB WORKATION(ジョブハブ・ワーケーション)」の提供を開始した。
具体的な取り組みのひとつが、2021年1月に長野県塩尻市、鳥取県鳥取市、広島県三原市で行われた「アートワーケーション」だ。これら3地域では都市部に住むアーティストが現地に滞在しながら作品を制作するプロジェクト「ANA meets ART“COM”」をANAホールディングスが行っており、パソナJOBHUBは制作された作品の展示会を鑑賞し、アーティストとの交流やワークショップを行うツアーを企画した。
緊急事態宣言に伴い、リアルからオンラインツアーに変更されたが、塩尻市では商工会議所、鳥取市では NPO法人学生人材バンク、三原市はNPO法人ミライディアがツアー受け入れの「ランド手配」を担当した。パソナJOBHUBは「JOB HUB WORKATION」のローカルパートナーとしてこうした全国の地元企業・団体との連携の輪を広げており、2020年7月は21社だったが、2021年2月時点で30社に増加している。
ローカルパートナーに関する問い合わせは非常に多く、「ワーケーションに対する地域の期待感を肌で感じる。産業振興やまちづくりなど、地域のコアな課題解決に向けた手段と考える地域が増えてきたという印象がある」と加藤氏は語る。
アートワーケーションは土日開催だったが、募集開始後にすぐ満員となり「興味を持っている個人が多いことを実感した」。受け入れる地域に加え、個人のワーケーションへの関心も着実に高まっていると言える。
休暇と仕事の融合が生むイノベーション、企業にどう伝えるか?
ローカルパートナーの増加やアートワーケーションへの申し込み状況などから、ワーケーションに対する地域の熱量は非常に高く、関心を持つ個人も着実に拡大していることがうかがえる。それに対してかなりの「温度差」が感じられるのが、制度を導入する側の企業の姿勢だ。
加藤氏も「地域も個人も意欲は十分高まっている。やはり課題は企業をどう動かすか」として、ワーケーションへの関心興味をどう惹きつけるか、企業への「刺し方」について今も模索している。
加藤氏には、ワーケーションへの取り組みの大きなきっかけとなったひとつの出来事がある。2015年にサンフランシスコでビジネス会議に参加した際、Airbnbに1週間泊まり、ホストや一緒に同時期に滞在していたビジネスマン、移動で利用したUberドライバーなどと地域や社会課題について語り合った。同社は、2017年にAirbnbと業務提携をしており、過去の経験が提携につながったという。
「ツーリズムを通して地域課題に触れ、出会った人たちと新しいアイデアを生む経験がとても印象的だった」と加藤氏は振り返る。「仕事と休暇が融合することで五感が開き、新たなネットワークも広がる。そこからイノベーションが生まれる感覚を企業にもっと知ってほしい」。
ワーケーションのテーマでは、今後はデジタルトランスフォーメーション(DX)やSDGsなどを取り上げていきたい考え。2021年は観光関連を含めて、さらに連携先企業の幅を広げ、企業に向けた認知を高める活動に力を入れていきたいという。
新たな仕組みが必要となるワーケーション普及には、企業側の理解促進が不可欠だ。一方で、日本各地では、新たな市場としてワーケーションに期待し、企業や働く人々を呼び込む動きが活発化している。この温度差を埋めるためには、地域のアイデアや提案力が重要なポイントになりそうだ。