地域の交通課題解決の一手として期待されるMaaS。西日本旅客鉄道(JR西日本)が瀬戸内エリアで展開する観光型MaaS「setowa」は、すでに実証実験を終え、2020年10月に本格稼働を開始。観光型MaaSの先行事例の1つとして注目されている。
ナビタイムジャパンが先ごろ開催したウェビナー「モビリティ勉強会」では、JR西日本のMaaS企画室長の神田隆氏がその取り組みと成果を発表した。観光型MaaSは地域観光の振興に、どのような可能性を与えるのか。神田氏とナビタイムのMaaS事業部部長の森雄大氏が語ったsetowaの特徴と、今後の観光型MaaSの展望をまとめた。
JR西日本の観光型MaaS「setowa」とは?
JR西日本のMaaSは、「各地域の交通課題の解決を目的に、当社グループ全体の戦略として取り組んでいる」(JR西日本デジタルソリューション本部MaaS企画室長の神田隆氏)。同社の営業圏は北陸から近畿、中国の3地方を中心に、大都市から中山間地域まで様々な地域に及ぶことから、「MaaSの分類には観光型、都市型、地方型があるが、そのすべてが当社エリア内にある」というのが大きな特徴だ。
そのため、地方型では島根県邑南町と地方版MaaSの構築に向けた連携を、都市型では京阪神で関西の大手鉄道会社と大阪万博に向けた「関西MaaS検討会」を発足させた。そして、観光型で取り組んでいるのが「setowa」だ。JRグループのデスティネーションキャンペーン(DC)が2020年10月から瀬戸内エリアで展開するのにあわせて計画されたもので、その前年のプレDC時期に実証実験を実施。2020年10月からの本DCで、setowaの実装を開始した。
主な特徴は、観光型ならではの情報紹介と多彩な連携先・周遊パスの設定。観光情報では、「瀬戸内に行ってみたいと思うような情報を重点的に知らせることを意識した」(神田氏)。setowa上で17万か所以上のスポットやモデルコース、エリアガイド、おすすめチケットなどを、ガイドブックのように掲載する。
また、連携先は、鉄道やバス、タクシー、レンタカー、レンタ&シェアサイクルのほか、瀬戸内の船舶、岩国城のロープウェーなども。尾道市での国内初の公道での電動キックボード実証実験、さらには広島電鉄のMaaS「MOBIRY(モビリー)」や、福山市のしおまち(潮待ち)観光MaaS実証実験など、他の事業とも積極的に連携に取り組んでいる。
さらに、これらの豊富な素材を利用するための経路検索機能も、setowaの大きなポイント。5種類の周遊パスに最適なルートでの経路検索や、階段回避など荷物の多い旅行者を考慮した経路検索を可能にするなど、利用者のニーズに応じたベストルートを提供できる検索オプションを細かに設定している。同機能を提供するナビタイムジャパンMaaS事業部部長の森雄大氏は、「当たり前のように見えるかもしれないが、ここまで細部に配慮する観光型MaaSは少ない」と話し、JR西日本のこだわりの強さを強調した。
アプリとウェブの両輪で
こうした結果、setowaの2020年10月~2021年1月の利用者数は、DAU(1日あたりの利用者数)で期間平均494名。このうちアプリが222名、ウェブが272名だ。ただし、会員登録時はアプリが70%、チケット購入時はアプリが86%となり、「ウェブでサービスを知り、実際に切符を購入したり移動する際にはアプリをダウンロードして使用するという動きになっている」(神田氏)という。
デジタルサービスでは、アプリとウェブのどちらがよいのか、という議論が起こるが、神田氏は「それぞれに良さがある。現時点では想像以上にアプリ側に振れているが、今後、setowaが浸透するとウェブの比率が上がると思っている。入り口は広く開け、さらに深く来ていただくことを目指したい」と、マルチチャネルを続ける方針。森氏も「アプリとウェブでは役割が異なる。両方両立させながら、ユーザーのストーリーに合わせて提供できるのがベスト」との考えを話した。
なお、setowaの利用推移をみると、コロナの影響で2021年1月はほとんどが1日400名を下回ったが、2020年11月中旬から12月上旬までは1日600名を超え、1日1800名に届きそうな日もあった。チケット購入(デジタルフリーパス)の売上でも、4か月間の売上枚数は前年の3倍以上となり、神田氏は「着実にサービスとして定着してきている」と手ごたえを感じているようだ。
観光型MaaSで目指す姿
神田氏によると、JR西日本では今後、さらに観光型MaaSを推進する方針だ。setowaでは2021年、瀬戸内エリアでアフターDCが行われるのにあわせて対象エリアを拡充。また、北陸新幹線が敦賀に延伸する時期には、北陸エリアでの観光型MaaSの実施も視野に入れる。さらに、他地域で観光型MaaS展開を始める事業者に、setowaの仕組みを提供することも考えている。
「デジタルで利用者と繋がり、個人情報を収集しない形でデータが残る。これを販売促進に活かしたい。地域の来訪客を増やすことで、全体のビジネスモデルに繋げる」(神田氏)。従来、JR西日本では沿線地域の利用客とはリアルで繋がっていたが、「それをデジタルで広げることができるようになる」という世界観でいるという。
また、setowaの構想時には予期されていなかったコロナだが、現在では「MaaSはスマホで事前準備ができるので、密回避のツールになる」とも捉える。すでにJR西日本が鉄道やホテルなど同社グループのサービスをまとめた日常型MaaS「WESTER(ウェスター)」では、600駅の改札口の利用状況を配信。こうしたサービスを通じて、「予約して乗るだけではなく、今から行く駅の状況を予め確認できるのも、利用目的の1つになる」と、MaaSが提供する新たな価値を示した。
一方で、MaaSに取り組む関係者の大きな課題が、収益性。神田氏は「setowa自体で収益を賄えるのが理想だが、すぐには難しい」と、軌道に乗るまでにはまだ時間がかかることを示唆。「当面は、当社グループ全体で費用対効果を見ている」と話した。