どの地域にも、その地の歴史や風土に由来する魅力がある。しかし、全国的に名の知れたアイコンを持つ地域は限られ、多くが観光プロモーションに苦心している。それが今、デジタル化や消費者の旅行スタイルの変化で、こうした地域にも観光客を呼び込む新たなチャンスが生まれている。
宮城県と福島県の県境、阿武隈川の流域に広がる宮城県丸森町では、NECソリューションイノベータ(NES)の観光販売ソリューション「NECガイド予約支援」を導入し、2022年3月から地域の観光体験のオンライン販売を開始する。観光のアイコンである「阿武隈ライン舟下り」を入口にデジタルの力で観光客を呼び込み、地域活性化を図ろうとしている。人口1万2000人、少子高齢化の進む丸森町の挑戦を聞いた。
存続の危機にあった“観光のシンボル”を活性化
宮城県丸森町は町内に4カ所ある県立自然公園の環境を生かし、ハイキングや農業体験など「グリーンツーリズム」を推進している。最大の観光素材は、丸森町観光物産振興公社が運営する「阿武隈ライン舟下り」だ。その歴史は古く、開始したのは1964年の東京五輪の時。そこから、丸森町の観光事業が幕を開けた。
ピーク時の来客数は、農協関係の団体を中心に年間約2万5000人を数えたが、東日本大震災が発生した2011年度は1万1000人に減少。台風19号で丸森町が甚大な被害を受けた2019年は、4000人にまで減少した。そして、コロナ禍によって2020年度は1800人まで激減。2021年は緊急事態宣言解除後に国内旅行需要が若干持ち直したことで3000人ほどに回復したが、2021年末以降、変異株による感染拡大で先行きはまた不透明になった。
「福島原発による風評被害、台風被害、コロナと続いたことから、2020年秋には舟下りを止めようという話が出た」と同公社理事長の横山博昭氏は明かす。しかし、舟下りは丸森町の観光の象徴。町長も含めて公社のメンバーが「今やめてしまえば、もう復活はできない」と奮い立ち、公社のメンバーを含め各所から資金を募って継続を決めた。
その後、「今のニーズに応えるためには、付加価値が必要」(横山氏)と「芋煮舟」や「こたつ舟」を商品化し、2020年12月に運航を開始。こたつに入りながら舟下りで地産地消の「猪鍋」を楽しめる企画は、感染の一時的な収束と地元メディアに取り上げられたことで、来客数が伸びた。この結果に横山氏は「舟下りは日本各地にあるが、阿武隈ライン舟下りはやっぱり素晴らしい。四季折々に楽しめるよう、さらなる付加価値の創出に取り組みたい」と意気込む。
今年4月からは、阿武隈急行とのタイアップを商品化する。福島駅から、あぶくま駅まで阿武隈急行で行き、そこから丸森町の船着場まで舟下り。車窓と渓谷の異なる地域の景色を半日で楽しむという、横山氏が長年温めてきた企画だ。舟下りの後は「丸森町を回遊してもらい、丸森町の愛国米を麹米として造った日本酒などここでしか買えない地元産品を買ってもらいたい」(横山氏)と、現地消費にも期待を寄せる。
しかし、そこに立ちはだかるのが集客の課題。電話やファックスでの予約販売が続いており、旧態依然とした集客方法が足枷になるのは目に見えていた。そこで丸森町では、同商品の販売を前に、「NECガイド予約支援」の導入を決めた。
「NECガイド予約支援」は町の実態にあったツール
「NECガイド予約支援」は、DMOや観光事業者が自社の観光商品のオンライン販売を簡単に実現できるクラウドサービス。自社サイトを入口に予約から決済まで直接販売を完結できるようにするほか、SNSを活用した販売促進も支援する。オンライン販売では自社サイトや商品がインターネットの検索結果に表示されやすい状態にすることが重要だが、「NECガイド予約支援」では検索結果に表示されるためのSEO対策も基本実装しており、販売拡大と業務効率化に導く。これまで、熊本県の阿蘇火山博物館、北海道の阿寒バス、福井県の越前市観光協会など、着地型観光商品を販売する事業者やDMOで成功事例が増えてきている。
同公社も、アナログ対応でよいと思っていたわけではない。30年以上、公社の理事として観光に携わってきた横山氏は「オンライン予約が主流になっている現在、このままではだめだと分かっていたが、なかなか実現には踏み切れなかった」と説明する。
その風向きが変わったのは、2021年春。横山氏が理事長となり、その後の同4月に公社の副センター長にJTBからの出向で佐藤憲一氏が就任したことがきっかけだ。
佐藤氏は、「デジタル化が遅れていることに危機感を持った」と明かし、予約でも情報発信でも「デジタルの力が必要」とする提言書を町に提出。横山氏にも「デジタル化を進めなければ、新規開拓は進まない」と訴えた。横山氏は「やるなら今しかない」と決断したという。
その手段として佐藤氏が選んだのが「NECガイド予約支援」。「NECは多くの人が信頼できるIT専門会社。加えて、デジタルに詳しくない人でも簡単に操作できる仕様で、丸森町の実態にあっている」(佐藤氏)と判断した。紙処理での予約販売に慣れた人でも使いやすく、試行した丸森町観光案内所やまゆり館館長の小野統氏も、「インターフェイスは使いやすそう。スムーズに稼働できるのではないか」と期待する。
3月上旬の導入後は、公社の第2種旅行業「丸森“こらいん”ツーリスト」が窓口となり、「NECガイド予約支援」での予約・販売を実施する。新しい商品造成にも取り組んでおり、グリーンツーリズムを中心に『はた織り』や『まゆ細工』などの伝統工芸体験やトレッキング、街歩きなど、「観光素材を洗い出し、まずは5~6商品のオンライン販売からスタートさせたい」(小野氏)との考えだ。
4月からの本格的な販売に向けて、ホームページもリニューアルする。旅行者のニーズが多様化するなか、ターゲットに的確にリーチするために、動画などを使い発信力を強化していく考え。「NECガイド予約支援」の導入を機に、観光再興の取り組みが活発化している。
小さな町がデジタル化で集客できるチャンス
丸森町には大量の観光客を呼び込める全国区の観光アイコンがあるわけではない。しかし、見過ごされてきた素材が多いのも事実。阿武隈川だけでなく、4つの県立公園には岩岳、夫婦岩、ブナの原生林が広がる手倉山地区など、同じ宮城県内でも他の地域とは異なる景観が広がる。
「県立自然公園を生かしきれていない」と小野氏。実は丸森町の観光客は、リピーターが8割。そのほとんどが、トレッキングなどでの来訪者に送付したDMが入口だ。つまり、一度来訪した観光客をファンにする魅力が十分にある。外部の視点で丸森町を見る佐藤氏も「地域固有の素材はたくさんあるが、観光として使いきれていない」と、もどかしさを隠さない。観光振興のために設立された「丸森“こらいん”ツーリスト」も、旅行会社として着地型商品でさらに貢献することを期待する。
商品化の力、予約販売の仕組み、デジタル化。「こうした課題によって、交流人口や関係人口が拡大していない。それが地域の疲弊につながっている」と佐藤氏。それでも、地域の独自性をデジタルの力で発信し、その商品を効率的に販売していければ、近隣の観光地域と肩を並べる潜在性は十分にあると前を見る。
その片鱗は、2021年秋冬に見えた。2021年の来訪客は3000人だが、その半数以上の1800人が11月に訪れ、12月のこたつ舟の伸びにも繋がった。横山氏は「この10年、見たことのない賑わいだった」と喜んだ。2021年の断続的な緊急事態宣言が断続的に続き、本格的な観光再開は10月下旬以降だったが、動き出した観光客が観光でしたい体験をインターネットで検索し、舟下りやグリーンツーリズムで丸森町にたどり着いて目的地に選んだことがうかがえる。
2025年には、丸森町に「河川防災ステーション」が開所する。国土交通省の事業として整備されるものだが、平時にはレクレーション施設として活用され、新しい船着場も併設する予定だ。横山氏は「丸森町の観光のゲートウェイになる」と未来を展望する。今後は、周遊ルートやコンテンツを増やし、年間1万人前後の集客を目指す。首都圏からも個人旅行のほか、旅行会社との契約による団体旅行も積極的に仕掛けていく考えだ。
日本全国、黙っていても人が集まる京都や箱根のような観光地ばかりではない。丸森町のような地域の方がはるかに多い。佐藤氏は「丸森町の課題は他の町でも同じだと思う。そのような地域の先駆的存在になりたい」と意欲を示す。その思いを形にするのが「NECガイド予約支援」。予算も人も限られた小さな町でも観光流通のデジタル化は難しくない。
商品:
問合せ先:gias-support@nes.jp.nec.com
本記事で紹介したNECガイド予約支援での販売ページ:阿武隈ライン舟下り
記事:トラベルボイス企画部