2031年に向けたツーリズムの未来、着目すべき3つの変化を取材した

ウィズコロナ・ポストコロナ時代の観光産業は、かつての需要を取り戻すだけでなく、進化するデジタルや消費者ニーズの変化への対応、サステナブルについての理解が不可欠になる。EYストラテジー・アンド・コンサルティングは、新型コロナウィルス感染症の影響に加え、10年先を予測して観光産業のビジネスチャンスを提示する『ツーリズムの未来2022-2031』(日経BP刊)を発刊した。同書の発刊を記念し、2022年1月末に開催されたウェビナー「2031年、ツーリズムはこうなる:ウィズコロナ・ポストコロナを見据えたツーリズムの変化と未来の姿」を抄録する。

旅行と生活の境界線があいまいに

冒頭では、トラベルボイス代表取締役社長の鶴本浩司が、「回復フェーズを見据えたツーリズムのトレンド」をテーマに基調講演した。

鶴本は、まず、いま起きていることとして「旅行と生活の境界線があいまいになっている」と指摘。「コロナ禍でのテレワークの加速度的な普及によって、勤務する場所が意味を持たなくなってきた。これらを解決するのがデジタルの力。フレックスタイムはすでに普及し、“Work From Anywhere At Anytime”化による関係人口が創出できる」と語った。“Work From Anywhere At Anytime”――。すなわち、これまでの旅はあくまで休暇先での癒しであったが、奇しくもコロナ禍でワーケーションを筆頭とした新たな旅のスタイルが創出されたのである。

また、レストランのメニューをQRコードで読み取るなど、かつて旅の醍醐味とされた触れ合いが鳴りを潜め、非接触のサービスが付加価値になっている。鶴本は今後のトレンドとして、観光DXの本格化を挙げる。もっとも、観光DXといっても分野は多岐にわたる。鶴本は2010年以降、旅行・モビリティテクノロジー分野の観光DXで成功している分野として、「タビナカ支援」「陸上交通」「ホスピタリティ」「航空」「スマート、観光地想起、予約」の5つを挙げた。

鶴本が世界の事例として具体的に紹介したのが、免税手続きのデジタルトランスフォーメーション・イノベーション「Refundit」、チップ支払いのデジタル化を可能にした「Youtip」だ。たとえば、「Youtip」は、デジタル時代のチップ支払いサービスである。旅行者との接点でのチップのやり取りをデジタル化。開発の背景には、決済のキャッシュレス化が進み、旅行会社が現金を持ち歩かなくなったことでサービス業の従業員の収入が減少していたことがある。従業員のモチベーション維持に加え、デジタル化することでチップの管理も簡素化できるようになった。鶴本は、「10年先の2031年に向け、こうしたデジタルのサービスが観光でも続々と誕生する。皆さんはまさに今、その始まりに立っている」と呼びかけた。

プレゼン資料より

今後10年に予測されるメガトレンドとは?

続いて、「2031年に向けたツーリズムの未来」をテーマに基調講演したのが、EYストラテジー・アンド・コンサルティング・ディレクターの平林知高氏だ。平林氏は冒頭で、観光庁調査を引用し、2019年に26.8兆円だった国内観光消費額が、2020年には10.7兆円と約16兆円減少したとした上で、「新型コロナがツーリズムにまつわる従来の課題を急激に顕在化させたため、デジタル対応、サステナビリティ、オーバーツーリズムへの対応などが急務になっている」と指摘した。

平林氏が着目する3つの変化は、ツーリズムの概念、ツーリストがツーリズムに求める価値基準、ツーリストと観光地のパラーバランスにある。具体的に、ツーリズムは観光地への移動が前提だったがデジタルによる疑似ツーリズムが増加している。ツーリストがツーリズムに求める価値基準については、安さ、利便性から、対価を支払っても安全・安全な環境を重視する傾向へシフト。そして、パワーバランスでは、これまで長くオーバーツーリズムが問題視されてきたが、新型コロナをきっかけに、感染予防に関するルールを守らないツーリストを拒否することも想定されてきたという。平林氏は、「ビジネスモデルの転換を受け入れない観光地、ツーリストは排除される世界が訪れる可能性がある」と警鐘を鳴らす。

では、今後10年に予測されるツーリズムのメガトレンドとは一体何か。平林氏は「ツーリスト、ツーリズム関連事業者、観光地の3者の関係が、従来に比べ深く、密接になっていくことがポイント」と言及。特に、消費者にとってツーリズムが日常化していると指摘したうえで、「ツーリズムの本質は、互いの文化、歴史、思想などの『異』を理解すること。日本はツーリズムを通じて人間形成に取り組むことで、世界の中でも特異な国として、社会・経済活動に貢献できるはず」と訴えた

プレゼン資料より

コロナ禍で若年層のマインドが変化

ウェビナーでは、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの平林氏をモデレーターに、トラベルボイスの鶴本とともに、オートインサイト代表・技術ジャーナリスト・編集者の鶴原吉郎氏、JTB総合研究所・執行役員企画調査部長の波潟郁代氏も加わったパネルディスカッションもおこなわれた。

JTB総合研究所の波潟氏は、2020年2月から10回以上の生活者意識調査を実施するなかで明らかになったこととして、若年層のデジタルに対するとらえ方の変化を挙げた。コロナ禍で最初は「リアルに戻りたい」という声が大半を占めたものの、調査を重ねるにつれ「デジタルで合理化できる部分はデジタルを活用したうえで、リアルの良さを求めるマインドに変化してきた」(波潟氏)。出生率の低下も含め、若年層へのアプローチは社会課題への対応が不可欠だと見る。

また、オートインサイトの鶴原氏は、技術ジャーナリストとしての立場から、観光客が引き起こす自動車渋滞の課題を取り上げた。鶴原氏は、「そもそも、観光で自然環境が破壊されてしまうと、観光地は二度とそのコンテンツを使って誘致ができなくなる」と指摘。一例として、自家用車で観光地の近くまで移動し、そこから観光MaaSの仕組みを利用してEV(電気自動車)をはじめ、環境負荷の少ないパーソナルモビリティを活用することで、「最終的には高齢者にもやさしい街づくりを含めた地域活性化につながるのではないか」との見解を示した。波潟氏と鶴本も「自然環境の共存が、サステナブルツーリズムの根幹となる」と述べた。

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