毎年年末に日本経済新聞社が発表している「日経MJ ヒット商品番付」の2021年版では、東の横綱に「Z世代」が選ばれました。Z世代は以前から、その1つ上の「ミレニアル世代」とともに社会や消費のあり方を変える世代として世界で注目されていました。2021年のヒット商品番付に登場した理由は、地球温暖化が深刻度を増すなか、環境問題や社会課題への関心が高く、サステナビリティ(持続可能性)に対応した商品を選ぶとともに、いずれ日本の社会や消費のあり方を変える世代であることが評価されたようです。
筆者は、欧米でミレニアル世代が注目され始めた頃から、日本の若者の価値観や行動、旅行について追ってきました。当初はシニア消費のような市場からの期待はあまり感じられませんでしたが、Z世代が成人になり始める2015年を境に旅行消費に変化が表れ、若者の世代交代を実感しました。同時にZ世代は他世代や社会、企業に影響力を持つことが明らかになり、それがこの世代の原動力と考えられます。
今回のコラムでは、JTB総合研究所による過去の調査から日本のZ世代の影響力に着目し、旅行・観光の活性化にどうつなげられるのか、その可能性を探ります。(執筆:JTB総合研究所執行役員 企画調査部長 波潟 郁代)
なお、JTB総合研究所の調査では、Z世代という言葉が広がる前は「ポストミレニアル世代」と表記しています。
1. Z世代の行動に社会や企業が世界的に注目
Z世代とは、生年の範囲に諸説ありますが、概ね1990年代の終わりから2000年代頭に生まれた10代後半から20代前半の若者が該当し、物心ついた時からスマートフォンやSNSが身近にあるデジタルネイティブとして知られています。
その一般的な特徴は、(1)デジタルネイティブで物心ついた時からスマホやSNSが当たり前のように存在する、(2)環境問題をはじめ社会課題に敏感でリベラルで自由な発想を持つ、(3)SNSなどを通じて高い発信力を持つ、(4)世界的に人口の占める割合が高く、将来の社会や消費に影響を及ぼす、といわれます。実際、Z世代の行動は社会や企業に影響力を持ち、例えばグレタ・トゥーンベリさんの行動は環境問題に影響を与えた象徴的存在といえるでしょう。
2018年にスウェーデンで始まった「フライトシェイム(飛び恥)」運動は欧州に波及し、近距離航空路線の廃止など鉄道へのシフトが始まっています。また同年に米フロリダ州で起きた銃乱射事件で、銃規制を求める高校生の運動が全国に広がり、航空会社やレンタカー会社などがライフル協会向けの特典の廃止を決めました。当時の航空会社CEOの「未来の顧客のために決断した」というコメントは印象的でした。アジア新興国では急速な経済発展のなか、Z世代やミレニアル世代は親世代より高い教育を受け、高所得者も多く、アジアからの訪日旅行者の中心になっています。私たち日本人が考える以上に、世界のZ世代は大きな存在です。
2. 2015年頃から始まった日本の若者の世代交代とZ世代
では、日本ではどうでしょうか。
今から約10年前のリーマンショック前後の若者はミレニアル世代と呼ばれ、「ゆとり教育」を受けたゆとり世代と一致します。景気が落ち込んでいた時期でもあり、若者は「旅行をしない」「車を運転しない」「お酒を飲まない」という認識がありました。日本のZ世代は、ちょうど「ゆとり教育後」の「脱ゆとり世代」に該当します。彼らの意識や行動は、前述で示した海外の若者のような顕著な特徴は見られませんが、根底にあるものは世界と同じです。
日本でZ世代が注目された当初は、人口が少なく、消費単価が低いこともあり、シニア消費のような市場からの期待はあまり感じられませんでした。しかしながら、年長のZ世代が成人になり、自らの意思とお金による消費行動が本格化する2015年頃を境に20代の出国率が上昇し始めます。現在のコロナ禍でも旅行意欲が高いのは常に20代若者と調査結果が出ています。
この動きの背景には、(1)経済状況が比較的長い期間安定し、雇用環境が良い(コロナ禍でも金融危機の時ほどではない)時期を高校・大学で過ごしてきた、(2)親世代が消費を謳歌したバブル世代であり、子供時代にワンボックスカーが流行り、家族旅行の経験が多い、(3)欧米の多様で新しい考え方がようやく日本人に浸透してきた、といったことがあると考えられ、ミレニアル世代との違いが表れています(図表1、2)。
3. バブル世代である親との関係性~旅行・音楽・買い物など相互に影響
フィリップ・コトラーは自著の中で、デジタル時代に注目される3つの消費者区分として「若者」「女性」「ネティズン(ネット市民)」と書いています。若者は新しいものをいち早く取り入れ、女性は情報を駆使してよいものを調べるという役割があるようです。これら3つはいずれも個人の消費力もさることながら、他者への影響力が評価されているといえそうです。つまりこれからの時代は、従来のようなマーケティングで特定ターゲットだけに響くように商品やサービスを提供するのではなく、波及効果を想定すれば、結果的により多くの層に遡及することが可能だと理解できます。波及の役割は一般的にSNSが担いますが、長い間身近な存在である親子のようなリアルな人間関係も大きな役割を果たしていることが、当社の調査から分かります。
図表3は、趣味や消費における親子間の影響力について調べたものです。若い世代の親子関係ほど、消費も相互に影響する様子が分かります。Z世代(ポストミレニアル)やミレニアル世代は、「親の影響で自分が何かを始めた/買った」割合が高い一方、「自分の影響で親が何かを始めた/買った」も上の世代の親子関係より高くなっています。これは親子関係が昔に比べて兄弟姉妹や友人のように近しくなっていることが影響していると考えられます。なお、図表は省略しますが、商品別では音楽や旅行は親から子へ、ファッションやデジタル機器・電化製品は子から親への影響が表れていました。子供の頃に家族旅行の経験が多い人ほど成人後も旅行経験が多いということも、親子関係が影響する可能性がありそうです。
ところで、ここでいう親世代とは、若い頃がバブル期で、多彩な消費を謳歌したバブル世代です。バブルが弾けて節約生活をしていても、いざ価値を認めたものには支出を惜しまない傾向がみられ、上の世代より「若さ」へのこだわりが強い層です。せっかく旅行に行くならとワンランク上の宿泊施設を選ぶ傾向が高いのもこの世代です。スマートフォンはバブル世代である親が子供と同じ機種を購入し、子供に新しい活用方を聞くのはよく聞く話です。また、ファッションなど新しい流行の商品を子が先に取り入れ、親世代に波及する場合は、親の価値観が加わり、素材やブランドなどより高品質なもの購入につながることもあり得る話です。(出所:「コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則」朝日新聞出版)
4. 物見遊山的な旅から、地域に共感する次世代の旅へ
社会の成熟化やデジタル化で個人の価値観は多様化し、コロナ禍前から旅は非日常の楽しみから個人の趣味や自己実現を果たす手段に変わりつつありました。これまでの有名観光地での物見遊山的な旅に、自分の日常とは異なる生活文化を楽しむ旅のスタイルが加わり、ワーケーションや多拠点生活などが注目され、「暮らす」と「滞在する」の垣根は低くなり、ツーリズム領域は拡大しました(図4)。この志向の変化をけん引する鍵が若い世代です。
地域の生活文化を観光資源として体現するものの1つに、地場産業や農水産業などとの連携があります。例えば、ここ10年でオープンファクトリーなど地域の特産物の生産過程を作り手の思いを伝える活動が全国に広がりました。しかし、地域の地場産業や伝統産業に関心がある人でも、世代によって関わり方は異なります。Z世代・ミレニアル世代は買って楽しむだけではなく、製作体験や支援などより深く関わりたいという意向が他の世代より高い傾向です(図表5)。旅先での交流も、上の世代は「教えて欲しい」、Z世代は「一緒にやりたい」が高くなっています。1回1回の消費額は上の世代より小さくとも、Z世代のこのような地域との関わり方がリピーターを生むとともに、社会課題や地域課題を身近なものと捉え、解決や支援に向けた活動や消費につながっていくと考えられます。また良いものなら若者によって拡散された商品が、上の年代にも波及する期待ができます。ところで、以前当社のフランス人に対する調査では、「盆栽」「弁当」などの日本の文化と接点を積極的に持っていのは若者でした。「愛でる」から「使う」の新しい視点で若者に注目され、良いと認められて拡散される、こうして地域の産業に新しい価値観を提供してくれる若者はフランスも日本も同じと考えられます。
現在は新型コロナウィルスにより交流は停滞していますが、若者の旅行意欲は一貫して高く維持されています。自由な移動が2年近く制限されている現在、Z世代の旅行目的は地域での自分の関心事や自己実現、地元との交流より、“今はただただ旅行に行きたい!”という欲求が勝っているかもしれません。しかし、いずれそれは軌道修正されると考えられます。コロナ禍というこれまで経験したことのない危機を経験したZ世代およびさらに下の世代の若者が、地球や社会の未来をどう変え、その中で旅行や消費活動はどのような進化発展を遂げるべきなのか、次世代に自信を持ってバトンを渡せるよう観光振興に臨むことが必要ではないでしょうか。
※この解説コラム記事は、JTB総合研究所に初出掲載されたもので、同社との提携のもと、トラベルボイス編集部が編集・掲載しています。
初出掲載記事ページ:「社会や消費のあり方を変えるZ世代(10代後半から20代前半)の影響力と旅のあり方について」(JTB総合研究所 2021年12月20日掲載)