日本交通公社(JTBF)は「旅行動向シンポジウム」をオンライン開催した。「観光地編」と題して2名の研究員とハワイ州観光局日本支局長が登壇。日本国内と世界の観光地の現在における最新の動きについて、「サステナブルツーリズム」の重要性を取り上げた。
国と地域DMOが役割分担するデンマーク
冒頭、JTBF会長の光山清秀氏は、「コロナ禍からの再起動に不可欠なのが地域社会と調和する観光。そこに焦点を当て、サステナブル及びレスポンシブルツーリズムの観点から観光地のあり方を考えたい」と挨拶。上席主任研究員(環境計画室長兼沖縄事務所長)の中島泰氏がサステナブルツーリズムの概要について説明した。
中島氏は「環境、社会、経済の3要素に、短期的な視点で取り組む問題解決型、中長期的な視点で取り組むビジョン追求型の2つの時間軸を組み合わせた6つのフレームが考えられる。どのフレームに当てはまるかは地域の状況や課題により異なる」と地域ごとに特徴を捉える必要がある点を指摘した。
また、「ポストコロナの欧州観光事情」と題し、今年9月下旬から10月上旬のデンマークのサステナブルツーリズムに関する視察について発表したのが、上席主任研究員(活性化推進室長)の中野文彦氏だ。
「欧州委員会が今年発行した観光レポートによれば、欧州人の82%がサステナブルツーリズムに関心があり、欧州の観光産業者の99%は中小企業」と中野氏は述べ、この2点が重要であると指摘。その上で、国レベルのDMOにあたるビジット・デンマーク、デンマークの海浜リゾートとして知られるボーンホルム島の地域DMOであるデスティネーション・ボーンホルムの役割分担を紹介した。
「サステナブル社会で、観光による地域の成長を目指すという目標は双方に共通。その上でビジット・デンマークは『持続可能で環境に優しい国』としてのマーケティングや市民満足度調査、観光のマイナス影響緩和などをおこない、デスティネーション・ボーンホルムは通年雇用や閑散期対策など、地域で観光業を営む中小企業への支援と活性化に注力している」(中野氏)。
今後の日本社会でもサステナブルへの関心はさらに高まると予測され、「サステナブルは観光地を訪れる直接の理由にはならないが、再訪する理由となり得る。中長期的に見ると再訪を促すための基盤的な取り組みとなるだろう」との見解を示した。
「再生型観光」を目指すハワイ
3番目に登壇したのは、ハワイ州観光局(HTA)日本支局長のミツエ・ヴァーレイ氏。「マラマ・ハワイ〜ハワイが問いかけるレスポンシブルの視点」と題し、コロナ禍を経たハワイの現状と観光地としての方針について講演した。
「2022年8月の全渡航者数は、アメリカ市場の急速な回復に伴い2019年同期比で約10%減となった一方、国際市場でトップシェアを占める日本は約82%減にとどまった」と語り、「HTAのKPIもコロナ禍で大きく変化した。3本柱の1つが地元コミュニティの観光産業への理解と満足度の向上」と述べた。
ハワイ州では年1〜2回、観光業に従事しない住民に対する観光業の満足度調査を実施しているが、「渡航者数の伸びに反し、住民の満足度が2010年頃から下がりはじめ、コミュニティとの協議が必要という危機感が生まれた」と説明。2015年頃からレスポンシブルツーリズムという言葉を使い始め、2021年から「思いやり」を意味するハワイ語を使い「マラマ・ハワイ」というキャンペーンをスタートした。
また、コロナ禍を経た観光再開に伴い、自然保護について州民の懸念が強く見られたため、今後の観光方針についてもコミュニティとさまざまな対話がなされた。「その結果、我々HTAの役割は、デスティネーションブランディングからデスティネーションマネジメント、プロモーションから教育へと方針が大きく変わった」とヴァーレイ氏。
それに伴いHTAが策定した「5年間のハワイ観光戦略2020-2025」に登場したのが、サステナブルツーリズムの発展形とも言える「リジェネラティブ(regenerative)ツーリズム)」だ。「観光地の再生(リジェネレーション)を意図しており、日本語に訳すと『再生型観光』。サステナブルツーリズムが旅行先の地域文化や環境保全の持続可能を目指すのに対し、観光客が旅行先に到着した時より、去る時のほうが環境がより改善されるイメージ」とヴァーレイ氏は説明する。
この再生型観光の実現に向けて、ハワイ州の各島でマネジメントアクションプランが策定され、いずれもローカルコミュニティの観光産業への関わりが強化されている。具体的な取り組みとしてヴァーレイ氏は、コロナ禍で導入されたオアフ島のハナウマ湾やダイヤモンドヘッドの入場オンライン予約システムを挙げ、「環境や自然資源を守ると同時に、住民と旅行者体験の満足度向上を目指している」と述べた。
「レスポンシブル」と内部課題のジレンマ抱える沖縄
ヴァーレイ氏の発表を受け、上席主任研究員の中島氏も「サステナブルとレスポンシブル〜おきなわサステナラボの活動を通じて」と題し、沖縄を中心とした国内外の事例を紹介した。JTBFは2022年4月に沖縄事務所「おきなわサステナラボ」を設置しており、中島氏は所長を務めている。
レスポンシブルツーリズムについて、中島氏は「公的に一義的な定義づけはされていないが、近年はオーバーツーリズムの文脈と合わせて『レスポンシブル・トラベラー』のように、訪問者に倫理的な行動を求めるといった限定的な内容で語られることが多い」と指摘。
沖縄の場合、今年から沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)が「おきなわエシカルスタイル」として人や社会、環境に優しい観光を推進している。ただ、環境負荷の観点から国際的に廃止の方向にある魚の餌付けが今もシュノーケリングツアーで実施されていたり、自然体験の観光フィールドが一部で過剰利用されたりしているといった問題が依然としてある。「内部課題を解決しないままこうしたビジョンを標榜し、来訪者にレスポンシブルな対応を求めていいのかという現場の悩みは正直ある」という現状を語った。
中島氏は「地域がサステナビリティを実現するには、中長期的な視点によるビジョン追求型の取り組みが求められ、持続させるためには地域に明確な思い、信念、覚悟が必要」と指摘。「地域側はレスポンシブルトラベラーを呼び込む前提として地域内の良い取り組みを取り上げ、訪問者の共感につなげることが求められる。トップランナーの実践者を正当に評価することは、地域全体の取り組みレベルを引き上げることにつながる」と述べた。
最後は常務理事・観光地域研究部長の寺崎竜雄氏が登壇し、「コロナ禍で我々は地域に観光が必要かという問いを突きつけられた。観光の再起動には、サステナブルツーリズムを包含する地域の実情に応じた観光振興が大前提と考える。観光が地域社会と調和するには、観光が暮らしに不可欠と地域で広く認められることが必要。そのために観光事業者とコミュニティが共同で課題に対応する枠組を作り、それを保ち続けることが大切と言える」と総括した。