観光シンクタンクの日本交通公社(JTBF)は、「旅行動向シンポジウム」を開催した。「withコロナにおける世界・日本のいま」と題して3名の研究員が登壇。コロナ禍の現在における世界と日本の動向、日本国内の市場、インバウンド動向の3点について、さまざまな調査結果をもとに解説した。
日本の入国規制の厳しさが浮き彫りに
シンポジウムでは冒頭、JTBF会長の光山清秀氏が「今回で32回目を迎えるが、これほど大きな旅行市場の転換を目の当たりにすることはなかった。こうした状況を踏まえ、今回はコロナ禍からの再起動をテーマとした」と挨拶。上席主任研究員(兼社会・マネジメント室長)の菅野正洋氏が「withコロナにおける世界・日本の観光動向」と題して発表した。
まず、菅野氏は規定回数のワクチン接種状況を世界と日本で比較。2022年7月の世界全体の達成率60%に対し、日本は80%と世界を大きく上回るペースで進んでおり、ブースター接種も同様の傾向があると指摘した。
また、オックスフォード大学の調査をもとに、2020年1月から2022年8月までの入国規制について、日本と2019年の国際観光旅客到着数の上位10カ国とを比較。他の国は状況に応じ、こまめに規制を調節してきたのに対して、日本は一貫して規制が「高め安定」で推移しており、「アジア・太平洋はより厳格な傾向にある。欧米で強く見られる個人主義、アジアで強く見られる集団主義の差が出ているのでは」と菅野氏は推測した。
ただし、アジアの中でもタイは比較的早期から入国規制を緩和しており、タイ国政府観光庁(TAT)におこなったヒアリング結果から、経済・雇用における観光の重要度が高く、国民のワクチン接種率が迅速に進んだという2つの要因が浮き彫りになったという。
菅野氏は「タイのGDPに対する観光分野の貢献率、ワクチン接種率の伸び(2021年5月〜2022年8月)はいずれも、2019年の国際観光旅客到着数の上位国に比べ突出して高い。また、タイ国民は観光産業の危機が自分の生活に直接影響し得ると理解していると考えられる」として、経済に対する観光産業の重要度を、客観的な指標などでわかりやすく国民に示すことの重要性を示唆した。
自治体は誘客ターゲット見直しへ
2014年からJTBFが自主研究として都道府県・市町村を対象におこなっているアンケート調査の最新結果(2022年7〜8月実施)も示された。そこでは、コロナ禍となった2020年1月以降、自治体全体の平均職員数はほぼ変化がない一方、観光担当部署の人員は都道府県・市町村ともに不足感がかなり増していることが明らかになった。コロナ禍を踏まえた誘客ターゲットの見直しは、都道府県で55.6%、市町村で42.9%がおこなっていると回答した。
コロナ禍を経た現時点の自治体における観光政策について、都道府県は65.1%、市町村は48.2%が「重要度が増している」と回答。「下がっている」という回答はともに0%で、残りは「変わらない」が占めたが、菅野氏は「変わらないと回答した自治体の多くが『観光政策は以前と変わらず重要』という理由を挙げており、観光政策の位置付けはコロナ禍以前より高まっていると言えるのでは」と見解を述べた。
「旅行は危険」の考えは弱まる
次に登壇した上席主任研究員(兼企画室長)の五木田玲子氏は、「withコロナにおける日本人旅行者の動向・意識」と題してJTBFが定期的に実施する「旅行実態調査」「旅行意識調査」の最新結果を中心に、コロナ感染状況が国内・海外旅行に与える影響について発表した。
国内旅行については「新型コロナの影響で当月の実施を取りやめた旅行があった」という回答が2020年4月の84.2%を最高値として感染者増減に伴い上下したが、2022年9月は18.6%と減少。「感染状況が旅行実施に与える影響は徐々に弱まっている」と五木田氏は述べた。
旅行実施の判断を「政府や自治体の要請に従う」とする回答も、2020年5月の69.2%に対し、22年5月は約19ポイント減の50.3%と減少傾向が見られたが、年代別で見ると、60代以上の約6割が「政府や自治体の要請に従う」と回答し、女性はこの傾向が強く見られた。
「コロナ感染という観点から国内旅行は日常生活に比べて危険だと思うか」の問いに対し2021年7月は「とても危険」「危険」が合わせて52.3%と過半数を占めたが、22年10月は27%と半減し、五木田氏は「旅行は危険という考えは徐々に減少している」との見解を示した。
旅行動機のトップは「日常生活からの解放」
国内の旅行動機については、過去10年間「旅先のおいしいものを求めて」が継続して1位だったが、2022年の調査では「日常生活からの開放」が66%を占めて1位となった。「コロナ禍の長期化に伴い、解放されたいという思いが非常に強まっていることが伺える」(五木田氏)。
2021年の延べ国内旅行者数を年代別に見ると最も多いのが20代で、「コロナ禍の旅行市場を牽引する存在」(五木田氏)。日本人の約半数が国内旅行をしていた2019年と比較して、2021年は旅行人口が半減した一方、旅行実施者の旅行回数はあまり減っていないことから、五木田氏は「旅行に行く人と行かない人の二極化が懸念されるが、行く人の頻度をさらに上げることが、旅行需要のさらなる回復につながるのでは」と述べた。
海外旅行意向については「行きたい」「行きたいが実施を迷う」が合わせて2020年12月は7.9%だったのに対し、2022年5月は17%と倍以上に増えたが「行きたい」は依然として1.8%にとどまっている。2022年10月の調査で「コロナ禍の影響で海外旅行にあまり興味がなくなった」と回答した割合は70代で約4割、60代で約2割を占め、「コロナ禍の長期化に伴い、高齢者を中心とした海外旅行への意識低下が懸念される」と五木田氏は警鐘を鳴らした。
日本は「次に観光旅行したい国」1位
主任研究員の柿島あかね氏は、「withコロナにおけるインバウンド市場の動向・意識」と題し、JTBFが日本政策投資銀行(DBJ)と共同で実施した「アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査」の結果について発表をした。この調査は2022年の6〜7月、アジア8カ国・地域、欧米豪4カ国の計12カ国・地域に居住する20〜59歳の海外旅行経験者6307人を対象に実施したものだ。
海外旅行の回復状況について、アメリカは2019年7月比で97%、オーストラリアは2019年7月比で65%、イギリスは2019年5月比で73%なのに対し、韓国は2019年8月比で29%、台湾は2019年8月比で9%、香港は2019年7月比で8%と、欧米豪とアジアでは大きな差が見られた。まだ海外旅行を再開していないが、行きたいと考える欧米豪居住者については「すでに検討を始めている」とする回答が26%を占めていることも明らかになった。
次に観光旅行をしたい国・地域として1位に挙げられたのは日本で、全回答の52%を占めた。2位は韓国で31%、3位はオーストラリアで28%。アジア居住者についても日本が1位で64%を占め、「コロナ禍以前と同様に高い人気を維持していることがわかった」(柿島氏)。欧米豪居住者はアメリカが1位で36%、日本は2位で29%となり「コロナ禍で近距離が選ばれる傾向が強まったことが影響しているのでは」と柿島氏は述べた。
今後のインバウンド受け入れに向けて、柿島氏はサステナブル対応とアウトドアアクティビティという2つのポイントを挙げた。訪問先や宿泊施設を検討する際、サステナブルな取り組みに対して欧米豪の高収入層、Z世代とミレニアル世代の関心が高く「アジア、欧米豪ともに地域の事業者が販売する商品やサービスを適正価格で購入したいという回答も多く、地域へプラスに影響する取り組みに関心が高い」(柿島氏)
アウトドアアクティビティは「日本で今後実施したいこと」としてアジア、欧米豪ともに最も高い実施意向が見られた。ただしその内容には地域差があり「欧米豪はハイキングや登山など日常行なっている活動を好むのに対し、アジアはスノーアクティビティやフルーツ狩り、星空観察などの非日常な活動を好む傾向が見られた」と柿島氏は指摘した。
最後は、観光政策研究部長のが山田雄一氏が「コロナ禍を経て、世界的に人の移動が再開していることは非常に喜ばしい。観光が我々の生活に根差し、重要な価値を持つことを示していると思う。より良い観光を生み出すこのタイミングに、賢い再起動ができれば」と総括した。