2021年9月、京都・洛北に新たなラグジュアリーホテルが誕生した。「ROKU KYOTO, LXR Hotels & Resorts」(ロク キョウト)だ。世界の富裕層から支持されるヒルトンの独立系上級ブランド「LXRホテルズ&リゾーツ」のアジア初上陸、さらに日本を代表する古都での開業は、国内外で大きな注目を集めた。コロナ禍の真っ只中、緊急事態宣言下の開業から1年を経た今、総支配人の西原吉則氏にホテルの現状と今後の方針を聞いてきた。
「LXRホテルズ&リゾーツ」ブランドが目指すのは、「その土地と歴史、文化に根差した至高のサービス」。新しい高級リゾート地として注目される洛北・鷹峯エリアに建つロク キョウトは、「Dive into Kyoto」をコンセプトに、京都での奥深い唯一無二の体験や非日常の空間を提供し、地域とゲストの新たな関係を生み出そうとしている。
開業から1年、急増した需要への対応
昨年秋以降、観光が本格回復をみせている。すでに京都市内には、多くの観光客が戻り、宿泊施設の稼働率も右肩上がり。ロク キョウトも、例外ではない。
開業直後、緊急事態宣言の期間中であったにもかかわらず、シルバーウイークには稼働率8割が続いた。しかし、海外ブランドの強みであるインバウンド不在のなか、その後は静かな推移に。海外旅行から国内旅行への切り替え、京都市内からマイクロツーリズムなど国内旅行者が主な客層となっていた。
潮目が大きく変わったのは、2022年10月の全国旅行支援の開始と訪日個人旅行の解禁だ。インバウンドを含む宿泊予約が、日を追って急増し、11月の紅葉時期には予想をはるかに超える活況をみせた。
インバウンド不在の稼働状況を踏まえ、スタッフ数を当初予定の7割程度で運営していたロク キョウト。突然、急増した需要に対し、全セクション総出で現場のオペレーションをカバーし、目の前の宿泊客へのサービスに集中する策をとった。レストランのディナーでは、やむなく外来客の席数を減らした。そのため、新規予約がなかなか取れない状況になってしまった。
ビジター予約を制限することは、ロク キョウトにとって苦渋の選択だった。近隣住民であるビジターの来訪はホテルと地域がつながる大切な機会だからだ。西原氏は、「近所の方々の利用があって初めて、ホテルが地域に認められる。気軽に立ち寄り、バーやアフタヌーンティーを楽しんでいただくゲストがいるからこそ、ホテルは成り立つ」との思いが強い。
宿泊業界全体が抱える人手不足の課題は、注目の同リゾートでも例外ではない。西原氏は、春以降の需要に備えて採用を強化する方針だ。その間はサービスの質の維持を最優先とした稼働とする考え。同時に、「ホテルの価値を上げることに注力したい」と意気込む。
宿泊客の体験価値を上げる
「観光の高付加価値化」は、いま、観光産業全体が注力している重要なテーマだ。ロク キョウトの顧客である富裕層が満足する価値向上とはどんなものか?
西原氏の答えは、「ここでしかできないことを追求する」こと。コンセプトとして掲げる「Dive into Kyoto」を体験してもらうことだ。
ロク キョウトは、「LXRホテルズ&リゾーツ」のブランドコンセプトを踏まえ、ホテルの建つ鷹峯三山の自然環境と京都の奥深い魅力に浸れるリゾートづくりが特徴。江戸時代の芸術家・本阿弥光悦が築いた芸術村としての文化やストーリーを随所で反映している。レストランや客室など各所から建物と調和した周囲の景観が楽しめ、唐紙や西陣織、竹細工などの地域の作家によるアートワークの装飾から、地域性を感じることができる。リゾートが1つの作品のようなものだ。
西原氏は「このランドスケープで、この地域にあるこの施設だからこそ、できることがまだある」と話す。
ひとつめは、設備やサービスの追加だ。例えば、ホテルのUSP(Unique Selling Proposition)として自負している、天然温泉を引いた屋外サーマルプール。このプールに直接アクセスできる客室「プールサイドデラックス」のテラスに、プライベートサウナの設置を検討している。
「大切なのは、ただ機能を付けるのではなく、お客様の体験の価値を上げるものであること。京都に浸りながら海外のリゾートにあるプールサイドヴィラのような滞在ができるようにしたい」と、西原氏は付加価値の方向性を説明する。
また、西原氏は世界的に注目が高まる「ウェルネス・ツーリズム」にも可能性を見出している。「この施設やエリアで考えれば、ウェルネスにフックをかけられるコンテンツがたくさんある」と、ウェルネスをテーマに機能やサービスを充実させたい考えだ。
そして、「アドベンチャー」と「ディスカバリー」。つまり、地域での体験だ。
「日本人と外国人がここに来る目的は若干違う」(西原氏)との考えから、体験では特に外国人客に主眼を置き、ガイドブックにも載っていない魅力が多く残る同地域を中心に、京都の深部に触れる本物の体験を提供する。周辺には芸術村の頃からの居住者を含め、アーティストの住まいや工房が多く、「体験プログラムは大体、近所でそろえている。例えば、金継ぎ体験なら車でおよそ10分ほどにある先生の工房へ行く」(西原氏)ことができるのは、同ホテルの強みだ。
また、ホテルからすぐの距離には、何代も続いている伝統工芸士の住まいがある。ここに展示室を設けて、同ホテルの宿泊客が鑑賞できる取り組みにも着手をしている。作品が生まれる工房や自宅で、その雰囲気を感じられるのは、また格別の体験になる。こうした体験プログラムは現在、リスト化されているものだけで15種類以上に及ぶ。
「私は高付加価値化とは、一言でいえばデスティネーションの価値を高めることだと思う。そこに行きたい、行ったら何が起きるのか。そういうわくわく感の醸成に、もっとドライブをかける必要がある」と西原氏は考える。
本物の体験を提供するには「地域とのつながり、関係性がとても大切」と西原氏。関係性を構築するため、同ホテルではアートディレクションを京都の会社に依頼し、「地域やアーティストに対して、我々のアートに対する理解、京都の芸術を応援する気持ちを伝え、姿勢を示した」(西原氏)。館内の装飾や客室の食器類には地域のアーティストの作品を使用しており、作品を気に入った宿泊客が望めば、その作家の工房に案内して、購入できるようにする。「我々が、地域や作家とゲストとの手をつなげたい。この考えを、地域にも積極的に伝えるようにしている」という。
コロナ後の京都観光の世界観、ホテルの役割
コミュニティに入り、地域との関係性を強くしていくなかで、西原氏はコロナ後の観光において、地域と宿泊客の間に入るホテルの役割は重要になると感じている。オーバーツーリズムを体験した京都の土地柄かもしれないが、「地域や行政はコロナ前に戻ることを、ものすごく警戒している。地域住民をどう守るか、アフターコロナに向けて秩序を重要視している」といい、「だからこそホテルという事業体としても、やらなければならないことがある」と考える。
ロク キョウトを選ぶ富裕層はおそらく、地域の文化をリスペクトする人が多いかもしれない。そして、同ホテルの体験プログラムを通して、地域の人々とその思いに触れ、地域への敬意を深めることだろう。一方で、観光客には一般的な地元の暮らしを体験したいという思いもある。西原氏は、体験プログラムとは別に、日常の街の過ごし方、公共交通機関の利用の仕方や商店街でのマナーなども、アドバイスする必要があると考えている。
「ホテルだけでオーバーツーリズムを防ぐことはできないが、草の根でもその役割の1つを果たすことができるのではないか。お客様の振る舞いを見た地域の方々に、『ロク キョウトの宿泊客はさすがだな』と思われたい。我々も、地域からリスペクトされるような、そういう関係性になっていきたい」。
西原氏は、そのカギは「コンシェルジュ」が握るとみている。宿泊客の要望を聞き、案内するコンシェルジュは、地域の声にも耳を傾け、両者をつなぐ橋渡しの役も担う。同ホテルでは開業にあわせ、英国で20年勤務し、5つ星ホテルで首席コンシェルジュの経験を持つ人物をチーフコンシェルジュとして迎えたほか、外国籍や京都での長い経験を持つスタッフでチームを作り、万全な体制を整えた。「京都はある意味、東京以上にコンシェルジュでホテルの評価が決まってくると思う。本領を発揮してもらいたい」と期待も高い。
開業から1年。西原氏は今年を「いままでは、安定飛行が大切だった。これからは工夫をする段階」と位置づける。採用を増やして運営体制を固め、お客様の滞在価値を上げ、宿泊単価も上げていく。そうすることが、地域と宿泊客からの評価となり、働くスタッフにとっても誇れるキャリアになると信じている。
聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫
記事:トラベルボイス編集部 山田紀子