日本を代表する観光都市・京都の街に国内外の観光客が戻ってきた。オーバーツーリズムや観光客のマナー問題など観光の弊害を経験した同市では、「コロナ前の観光には戻さない」の大号令のもと、市民と共生する観光振興に注力している。
地域DMOである京都市観光協会(DMO KYOTO)の事務局次長・ゼネラルマネージャーであり、MICE誘致を担う京都文化交流コンベンションビューローの事務局次長を務める赤星周平氏に、コロナ禍の影響から回復基調にある現在の取り組み、京都市が目指す姿を聞いてきた。
赤星氏は、「オーバーツーリズム対策は引き続き、最優先事項」とその重要性を強調しながらも、「少子高齢化が進む中、外需を取り込まないと持続可能な街づくりはできない」と話す。京都市の観光戦略が「量から質へ」に転換するなか、赤星氏は「量も大切。その中で質を高める戦略が必要」と、京都の未来を現実的に考えた観光推進を考えている。
行動基準は観光客にも、市民にも
京都市観光協会ではコロナ以前から、オーバーツーリズム対策を“一丁目一番地”として、様々な施策を講じ、取り組んできた。
例えば分散化では、観光エリアや時間帯を広げるため、観光客が周遊観光や時差観光の選択ができるよう、情報発信に注力。赤星氏は、「伏見や京都市北部などへ観光客が流れるようになり、成功している。朝夜の観光コンテンツも、リスト化できるようになってきた」と手ごたえを感じている。奈良県や滋賀県など京都市の近隣エリアとの連携も少しずつ、進めているところだ。
また、観光と市民との共生を目指す京都市のオーバーツーリズム対策の「象徴的なもの」(赤星氏)が、2020年11月に策定した「京都観光モラル(正式名称:京都市行動基準)」だ。マナー啓発は観光客に要請するのが一般的だが、京都観光モラルは事業者や従業員を含め、観光に関わるすべての人に対し、お互いに尊重しあい、京都の街と観光を持続できることを目指している。
さらに京都市では、観光関係者だけでなく、市民に対して観光の重要性や経済的なメリットを示す啓蒙活動も開始。2022年3月、市の産業、経済、文化に対する観光の貢献度を示すリーフレット「私たちの暮らしと京都観光」を発行した。これは市の政策としておこなわれるものだが、京都市観光協会からも観光が京都の町にどれくらい貢献しているのか、市民に伝える施策をするようお願いしたという。
赤星氏は、「京都の町は、観光によって支えられている部分は大きい。この現実を市民に理解してもらえなければ、どんどん排他的なマインドになってしまう」と、その重要性を説明。「少子高齢化が進んでいる中で、外需を取り込まなければ持続可能な街づくりはできない。観光を推進することが、京都の未来につながっていることを言い続けていく必要がある」と力を込める。
一方で、長くオーバーツーリズム対策に携わってきた赤星氏は、需要のコントロールという点で自治体やDMOによる施策に限界がある事実にも言及。「あくまで持論だが、抜本的な解決には、法令で容量制限(入域人数の制限)をするしかない」との考えもある。
容量制限では、日本国内でも沖縄県竹富町が西表島の一部エリアへの立入上限数を設ける計画を発表した例がある。一方で、陸続きの京都市で実行するのは、物理的に難しい。そうなると観光客と市民の施設利用料などを価格でコントロールすることも考えられるが、二重価格は法律で禁止されている。
赤星氏は、市バスで実施しているIC決済(PiTaPaのみ)で月額3000を超えると自動的に運賃割引される利用額割引(2023年4月からポイントに移行)を例に「法律では難しいが、(制度の)運用を工夫し、市民と観光客のメリットを分けてやっていくことができるのではないか」と述べた。その意味でも、市民が観光による便益をしっかり理解することは大切になるだろう。
未来を支える観光を、強い産業に
コロナ禍で、観光産業は大きな痛手を受けた。特に最前線で観光客に接してきた“観光の担い手”のダメージは深刻だ。赤星氏によると、市内でも観光の従事者は他業種へ移り、特に観光の基幹である運輸事業や飲食事業は人手不足で、営業を制限する状況になっている。タクシー事業者の中には運転手が足りずに以前の7割程度しか稼働していないところもある。赤星氏は「コロナ禍を経験して最も実感したことは、この業界の脆弱さだった」と振り返る。
オーバーツーリズムが観光と市民との間に対立構造を生み、「観光=悪」で議論が進むのも、「業界が弱いからだと思う」と赤星氏。「意見を1つにするのはなかなか難しい」としながらも、まずは産業として同じ方向で意見を発信できるよう、「市内の観光事業者を力強く結び付けることが大切」と話した。
その上で既存の観光事業者だけではなく、観光によって受益する幅広い事業者や組織も、巻き込んでいきたい考え。「文化や教育、デジタル、最先端技術、環境などの切り口もある。京都観光というひとつの場に引き込んでいくことが、個人的には一番大切な戦略だと思っている」という。
さらに赤星氏は、観光産業にあこがれを持ち、未来の担い手を作っていくのは、「最終的には夢ではなく、給料」と話し、生産性を向上させて給料の水準を上げ、安定的な業界になるためにも、デジタル化を推進していく考えを話した。
そして、赤星氏は安定的な産業にするためには、「絶対に(観光客数での)量が必要。そうでなければ安定した供給を作ることはできない」との考え。観光戦略の基本方針はコロナ以前と同様に「量から質」の追求だが、赤星氏は「私としては、最近『量も質も重要』と話している。量の中で質を高めていく戦略が必要」と力を込める。
「量と質」で京都市のレベルも向上
赤星氏が最優先で推進してきた事業に、高級ホテルの誘致がある。当初、市内の客室総数を3万室から4万5000室程度の増加を目指していたが、6万室まで増えた。この間、簡易宿所は減少。宿泊税の収入や雇用の確保など、「ラグジュアリーホテルや高単価のホテルが増えたことで、質的向上が図れている自負がある」と赤星氏は強調する。
特に雇用の面では、グローバルのチェーンホテルからゼネラルマネージャーをはじめ、世界で活躍していたホテルマンが京都に集結しており、「観光産業のレベルが上がっている」。「ホスピタリティ産業に身を置く人間として京都で働いてみたいというブランディングを作るのは、これからのチャレンジ」と意気込む。
京都市観光協会では京都市とともに、零細企業が多い観光事業者の企業内研修の実態を踏まえ、宿泊税を活用して、人材の高度化を目指すための育成プログラムに力を入れてきた。今後も「人への投資は大切。観光を、あこがれを持たれるような業界にするためにも、育成プログラムや人材セミナーは手厚くしていく予定」と赤星氏。ホスピタリティ産業の本場である米国での留学プログラムなども検討したい考えだ。
また、観光の質を高めるには「MICEが切り札」と話す。特に国際会議は経済効果のみならず、付帯的な交流創出や波及的な情報発信力を踏まえて誘致するのが、京都市の戦略。「京都観光モラル」も、2019年12月に開催されたUNWTOとユネスコ主催による国際会議「国連観光・文化京都会議2019」の決議内容を落とし込んだものだ。
赤星氏は「国際会議を活用しながら京都の課題を洗い出し、その決議を政策に反映させる。環境やジェンダー、世界平和など今後、向き合うべきテーマを京都で議論してもらい、その内容をアクションに変えていく事例ができた」と胸を張る。
今後、強化するのは、DXだ。赤星氏によると、事業者のデジタル化の進捗率は「2、3割程度」。その要因には、「デジタル化して自動化することが、結局はおもてなしにつながるということを、現場がなかなか呑み込めない」との思いもあるという。しかし、観光客とリアルで接する現場がデジタル化すれば、貴重なデータを収集でき、次のおもてなしや観光戦略に生かすことができる。「DXの推進はアクセルを踏んでいく」と力を込める。
コロナ禍の3年間、京都市観光協会が優先的に取り組んでいたのは、事業者の生き残り支援だった。補助金を行き渡らせるための取り組みやワクチン接種、京都市より堅調な地域への従業員派遣などだ。「耐え難きを耐え、という中で、スクラムを組んでやってきた自負がある」と赤星氏。その結びつきを大切に、新たな幕を開けた京都観光の振興に挑んでいく。
聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫
記事:トラベルボイス編集部 山田紀子