フランス・ボルドー起点の観光コンテンツを取材した、ワイン以外の新コンテンツ続々、ジブリ作品モチーフの伝統織物など

フランスの「ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏」と聞いて、ピンとくる日本人はそう多くない。しかし、ボルドーという地名は、ワイン好きでなくても、聞いたことがあるはずだ。フランス南西部のボルドーまでは、パリから飛行機で約1時間半、高速列車TGVで約2時間半。ワインツーリズム以外では、あまり日本人旅行者を見かけないこの地域で、日本との架け橋となる取り組みが進んでいる。地元では新たな観光コンテンツとしての期待も大きい。

ジブリ作品で日本とつながる小さな村「オービュッソン」

ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏の小さな村オービュッソンが、日本とのつながりを深めている。「オービュッソン国際タピストリーセンター(Cité internationale de la tapisserie - Aubusson)」が、宮崎駿監督のアニメを巨大なタペストリー作品として制作。全5点のうち3点が完成し、同センターで公開されている。

タペストリーとは、壁掛けの織物のこと。オービュッソンは600年以上にわたってタペストリーが織られてきた。17世紀にはルイ14世の国内産業育成政策により王立製作所が設立。ユネスコ無形文化遺産として登録されたのを機に、2016年に同センターが開設された。伝統的なモチーフだけでなく、現代的なテーマのタペストリーで、その伝統と技術を継承している。

スタジオジブリの作品を熱望したのは同センターのエマニュエル・ジェラード館長だ。映画「ロード・オブ・ザ・リング」の原作者J.R.R.トールキンの挿絵をタペストリーにするプロジェクトを完成させたのち、今度は東洋に目を向けたという。「フランスでは、今やMIYAZAKIは、KUROSAWAよりも人気があります。フランスと日本の芸術に対するパッションも似ています」と話す。

第1作は「もののけ姫」、第2作は「千と千尋の神隠し」。そして、第3作は「ハウルの動く城」は今年4月21日にお披露目されたばかりだ。この第3作目の制作には、日本人織り手の許斐 (このみ)  愛子さんが統括責任者として加わった。許斐さんは、スタジオジブリと同センターの橋渡しにも一役買った。「許諾の知らせを受けたときは、気絶するほど驚いた」と当時を振り返る。

「ハウルの動く城」タペストリーでは、合計で250種類の色のウール、麻、レーヨン、モヘア(アンゴラヤギの毛)を混ぜたものを織り込んだという。6人での作業になるが、最終的な色の判断は許斐さんが行う。「光の当たり具合によって、色が変わってくるため、色の特定が難しいですね。でも、そこが楽しさでもあります」と話す。

タペストリーの折り方を説明してくれた許斐さん。訪れた時は「ハウルの動く城」は完成間近だった。

フランスでジブリ作品の人気はとても高い。特にマンガネイティブと言われる30代以下の若い人たちにとっては、思い入れが強いようだ。許斐さんによると、「千と千尋の神隠し」を担当したフランス人の織り手は、千尋のタトゥーを入れるほど心酔しているという。

「私自身もジブリファンなので、責任を感じながら織り込みました」。京都の美術大学で学んだ許斐さんは、タペストリーが産業として生き残っていることに感銘を受けて、この世界に飛び込んだ。「日本ではオービュッソンの知名度は低いですが、ジブリのタペストリーをきっかけとして、訪れてもらえれば」と期待をかける。

第4作は同じく「ハウルの動く城」の異なるシーンで、すでにプロジェクトは始まっている。最終作品になる第5作は「風の谷のナウシカ」。王蟲(オーム)の世界観が表現される。

第2作目となる「千と千尋の神隠し」。縦3m×横7.5mの圧倒的な作品。

新旧の観光コンテンツが楽しめるボルドー

ボルドーは、メドック、グラーヴ、サンテミリオンなどへのワインツーリズムの拠点としてだけでなく、街中にも魅力は多く、新旧の観光コンテンツを楽しむことができる。

新しいコンテンツの代表格が、ドイツの旧潜水艦基地を活用したデジタルアートプロジェクト「光のプール(BASSINS DES LUMIÈRES)」。第二次世界大戦の遺構であるUボート基地を改修し、全面を最先端プロジェクションマッピングで彩る没入型アトラクションを展示している。訪れた時は、サルバドール・ダリのシュールな世界観が幻想的な映像とピンク・フロイドのプログレサウンドで表現されていた。このほか、アントニオ・ガウディをテーマにしたデジタルアートも展示。いずれも2024年1月7日までのロングラン開催だ。

BASSINS DES LUMIÈRESでシュールなダリの世界に没入。

ボルドー観光定番のワイナリーツアーにも参加してみた。訪れたのは、ボルドーから10キロほど離れたオー・メドックにある「シャトー・ドゥ・タイアン(Château Du Taillan)」。1896年からクルーズ家が7世代にわたって受け継いできたワイナリーだ。シャトーは当時のままの姿を残しているという。

シャトー・ドゥ・タイアンでは、テイスティング、チーズやチョコレートとのペアリング、醸造プロセスツアーなど、旅行者向けにさまざまな体験プログラムも提供している。テロワールに敬意を示したサステナビリティの取り組みにも積極的。芳醇なワインとともに古き良きボルドーの生活体験することができる。

醸造プロセスの説明とともにテイスティング。街中に戻ったあとは、eバイク・ガイドツアーで街中を走ってみた。ウォーキングツアーとは異なる視点とスピード感。「ボルドー・サン・タンドレ大聖堂」を走り抜け、「カイヨ門」をくぐり、ガロンヌ川にかかるピエール橋を渡り対岸へ。バスティード地区のエコに特化した商業施設「ダーウィン」に立ち寄った。石畳の道路を走ると、心地よい振動がサドルを通じて伝わる。訪問者というより、生活者のように世界遺産の街を巡った。

商業施設「ダーウィン」は新しいボルドー。

島崎藤村も逗留した陶器の町リモージュ

ボルドーから北東に車で約3時間、リモージュは「リモージュ陶器」の生産で知られた町だ。その歴史は古く、始まりは18世紀後期に遡ると言われている。今でも世界中に多くのファンを持っており、世界の著名なホテルやレストランなどでも採用されているほか、ロイ・リキテンシュタインなど現代アーティストとのコラボ作品でも人々を魅了している。そのリモージュ陶器の昔と今を効率よく知りたいなら、「アドリアン・デュブーシェ国立博物館」が最適だ。

スタリッシュな「アドリアン・デュブーシェ国立博物館」。

リモージュのランドマークとなるのが、2022年フランスで最も美しい鉄道駅に選ばれた「リモージュ・ベネディクタン駅」。駅が造られたのは1856年。現在の駅舎は1920年代に建てられたもので、高さ60メートルの鐘楼には時計台があり、構内ではアール・デコ様式のステンドグラスが差し込む外陽を美しく反射させている。

圧倒的な存在感の「リモージュ・ベネディクタン駅」。

リモージュは日本とも縁がある。同じ焼き物の産地として愛知県瀬戸市とは姉妹都市。また、第一次世界大戦中には、島崎藤村がリモージュに半年ほど暮らした。もしかしたら、島崎もリモージュ駅に降り立ったのかもしれない。

ヌーヴェル=アキテーヌ観光局も日本市場に期待

ヌーヴェル=アキテーヌ観光局でアジア太平洋/北米のマーケティングを担当するセリーヌ・ブト氏は、日本マーケットの回復にはもう少し時間がかかるとの見通しを示しながらも、「まずは中心都市のボルドー、ラスコー遺跡のあるドルドーニュ県の訴求を強めていきたい」と意欲を示す。

加えて、宮崎駿プロジェクトが進むオービュッソンへの期待も大きい。この取り組みはNHKなど日本のメディアでも露出が増えていることから、「アキテーヌの知名度が上がり、日本の旅行会社も自信を持って販売できるのでは」と先を見据えた。

「ヌーヴェル=アキテーヌ地域は成熟した日本マーケットにピッタリ」とブト氏。

また、提案する旅程もグループ規模によって変えていく考え。大手ツアーオペレーターに対しては、小グループや個人旅行向けにボルドー2泊、リモージュ1泊、オービュッソンは宿泊施設も限られているため、ランチとタペストリー博物館のプランを提案。一方、小規模ツアーオペレーターには、知的好奇心の高い旅行者をターゲットに、少し長めの滞在を提案し、ワークショップなど現地文化体験も組み込んでいきたいとする。

日本を含めた長距離市場では、「訪問人数よりも、特別な体験を提供していくことで、現地消費額の上積みを重視していく」とブト氏。「まずは、ヌーヴェル=アキテーヌで何ができるのか、日本市場に向けて情報を発信し、業界での教育を進めていきたい」と続けた。

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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