観光の高付加価値化とは、ただ単に高額で豪華な観光素材やサービスを用いることではない。カナダ観光局では高付加価値な旅行商品として、その土地だから体験できる価値を商品化し、観光客の人生観が変わるような感動を呼ぶ旅を目指している。日本市場でも本格的な取り組みをすすめているところだ。
なぜ、カナダ観光局は高付加価値な観光コンテンツを重視するのか。そして、どのように地域の価値を形にし、旅行商品としているのか。
先ごろ開催したトラベルボイスLIVEでは、カナダ観光局日本地区代表の半藤将代氏が出演。高付加価値な旅行商品を生みだすポイント、重視する理由、日本での展開などを話した。
高付加価値商品を作る5つのポイント
世界で2番目に大きな国土を持ち、季節ごとの豊かな自然に育まれた多民族・多文化主義の国・カナダ。自然との共生や多様性のある社会を目指していることが、カナダが高付加価値な観光商品を重視する背景にある。半藤氏は、高付加価値な商品作りで重要なポイントとして以下の5点をあげた。
- 本物の自然・文化体験
- 土地や人々との深いつながり
- 共感できるストーリー
- その土地への貢献(再生型観光)
- 希少性(少人数、期間限定、特別な体験)
半藤氏は、高付加価値な商品を作るためにはこれらのポイントのどれか1つや2つを備えていればいいというものではない点を強調。それぞれが作用しあっており、「優良顧客は本物を求める。本物の自然や文化を体験するためには、その土地や人々と深くつながることが必要。ストーリーによって観光客は共感でき、その土地や地域の人々とつながることができる。共感した観光客は、地域に貢献したい気持ちが芽生え、結果的に再生型観光につながる。そして、少人数や期間限定、そこでしかできない体験といった希少性があるほど価値は上がる」と説明した。
そして「カナダの場合、現地の人が地元愛を分かちあうホスピタリティで観光客を歓迎する」という。「価値や高額であることについて理由が明確であれば、お客様は納得して購入する」と、価値を明確に伝える重要性にも言及した。
すでにカナダでは、これらのポイントを押さえた高付加価値な旅行商品で成功している旅行会社がある。その1つとして半藤氏は、ラグジュアリー旅行を専門とする旅行会社Entrée Canada(アントレカナダ)を紹介した。
同社ではカナダ観光局や州政府観光局と連携し、現地コミュニティとの商品づくりを実施。地元の人々が案内することで、旅行者がその土地のストーリーを肌で感じ、その後の人生が変わるような出会いのある旅を提供している。「いわば、ラグジュアリーの定義が変わる旅」(半藤氏)だという。
高付加価値を重視する戦略と、その理由
ではなぜ、カナダ観光局では高付加価値な観光を目指すのか。
半藤氏は大前提として、カナダが再生型観光(観光の力でその土地をより良い状態にし、次の世代に引き継いでいく取り組み)を推進していることを説明。「住民と観光客がともに幸せになる観光」を目指しており、「地域の人々が最も大切にしている『本質的な価値』を観光客に体験してもらうことで、観光客の心が満たされる旅を作る。それが、商品づくりのベース」だと話した。
また、高付加価値な観光商品の推進にあわせ、マーケティング戦略も変更。以前の認知向上や新規顧客の獲得を重視した施策から、ポストパーチェス(購入後)を重視し、観光客の愛着心を高めてリピーターを増やす施策にシフトした。
これについて半藤氏は「コロナ後のリカバリーに向けたビジネスモデルを検討した結果。リピートする旅行者は、周囲にもクチコミで広めてくれる。この循環がうまくいけば、優良顧客の新規開拓にもつながる」と説明。コスト面や収益面での利点として、新規顧客の獲得にかかる費用は顧客維持の5倍になるという通説や、上位2割の優良顧客による収益が収益全体の8割を占めるというデータも紹介し、「成長市場では新規顧客の獲得が重要だが、日本市場のような成熟市場では、リピーターのシェア拡大がより重要」と話した。
そして、優良顧客の獲得を優先するうえで考えるべきことは「どんなお客様にきてもらいたいか」であると説明。カナダでは「生涯価値の高い顧客、かつ、カナダの価値を共有してくれる『ハイバリューゲスト(高価値な顧客)』」に設定した。
このハイバリューゲストをキーワードで示すと、「消費だけではなく心の充足を求める。誠実である。好奇心旺盛で、異文化体験に浸りたいと思っている。知られていない素敵な場所にも出会いたい。長期滞在しながらじっくり体験したい。観光による環境負荷について意識が高い。価格志向ではない。旅先の土地や人に対する敬意と共感がある。旅先を汚さず、来たときよりも良くして帰る」と半藤氏。
そんな彼らに向けたブランド・メッセージ(=カナダ旅行の価値)としてカナダが設定したのは、世界中のどの国とも違う突出した「オープンさ(Openness)」だ。閉塞感や孤立を感じる現代社会で、カナダのオープンさが心身を解き放ち、カナダ旅行によって新しい世界が開くことを発信する。「カナダのオープンさを分ちあうことで、ゲストの人生がより良いものになることを願って取り組んでいる」という。
日本市場で始まった高付加価値なカナダ旅行づくり
カナダ観光局では今年から、日本市場でのキャンペーン「カナダの、その奥へ―。」を開始。コンセプトは日本の旅行会社やメディアなど、カナダ観光の関係者で作った。大自然や多様性、共生の精神が根差すカナダの、その奥にあるストーリーに旅行者が触れ、共感することで、その後の人生に新たな輝きをもたらす。そんなカナダの価値「オープンさ」を優良顧客に肌で感じてもらい、リピーター、そしてロイヤルカスタマーになってもらうことを目指すものだ。
キャンペーンではまず、新しいカナダ観光に賛同した5つの旅行会社とコラボし、日本市場に向けた高付加価値なカナダ旅行商品を設定。
そのうちの1社、グローバルユースビューローでは北極圏に近いチャーチルで、散策してシロクマに出会う「シロクマハイキング」を組み込んだツアーを企画した。
チャーチルは世界で唯一、確実に野生のシロクマに出会える町であるが、それは住民がシロクマとの共生に努めた結果、実現したものだという。秋の3週間の限られた期間に、雪上飛行機でアクセスする宿泊者数が限定されたロッジに宿泊し、トレーニングされたガイドの案内で、徒歩で野生のシロクマに会いに行く。決して豪華なホテルに滞在する旅ではないが、それ以上に特別な感動がある。その時、「ツアーによる観光収入が、町の経済やシロクマの保護活動を支えていることを知ると、お客様は高価格でも満足し、納得できる」と半藤氏は説明した。
さらに半藤氏はポイントの1つとして、同ツアーのパンフレットを紹介。誌面には顧客からの質問に答える形で、ツアー代金が高額である理由を明確に記載しているという。「差別化された特別な体験と、そこから得られる価値を具体的に伝えることが重要。なぜこのツアーが特別なのかがしっかりわかり、説得力がある」と強調した。
優良顧客は富裕層に限らない「ビッグスペンダー」
講演後の質疑応答では、視聴者から自社の商品づくりや地域の高付加価値化に向け、多くの質問や感想が寄せられた。
例えば、「カナダの富裕層リピーターがしている象徴的なカナダ旅行のスタイルを紹介してほしい」という質問。これに対して、トラベルボイス鶴本は「富裕層」という言葉を「日本語では『お金持ち』の印象が強いが、いわゆる『ビッグスペンダー(big spender)』。富裕層に限らず、旅行に対して多額のお金を使う人々を指しているケースが多い」と補足。半藤氏に、こうした人々がする旅行の特徴を聞いた。
これに半藤氏は「ハイキングやスキー、野生動物など、その人が情熱を注いでいることを繰り返しするパターンが多い」と回答。また、「カナダは広大なので、私自身もまだまだ行きたいところがたくさんある。同じ場所でも季節によって変わる。カナダの多様な魅力をじっくり味わうスタイルもある」と話した。