カナダの成功事例から学ぶ、サステナブル観光を取材した、「地域の高付加価値化」から「責任ある観光」につながる効果まで -トラベルボイスLIVEレポート

2022年4月、トラベルボイスとカナダ観光局はサステナブルツーリズムをテーマに「トラベルボイスLIVE」を開催した。雄大な自然に囲まれた多民族国家のカナダではサステナブルツーリズムの歴史は長く、定着し、成果が出ている地域も多い。

今回のトラベルボイスLIVEには、カナダ局日本地区代表の半藤将代氏が出演し、カナダ各地の取り組みのから3つの事例を紹介。レスポンシブルツーリズム(責任ある観光)との関係やその効果も解説した。

半藤氏は「共感に基づいた体験は観光客の心に深く残り、満足度を高め、地域の高付加価値化にもつながる。結果として、その地域は観光客の大切な場所になる」と述べ、講演をスタートした。

1. フォーゴ島:産業破綻の島が観光で再生

カナダ東部のニューファンドランド島北東部に浮かぶ、フォーゴ島。400年も続いてきた唯一の産業であるタラ漁が、1960年代に外国船による乱獲で不漁となり、カナダ政府が生活の糧を失った漁師に島からの退去勧告をした島だ。

ニューファンドランド島の北東部にあるフォーゴ島

それが2000年代に入り、島出身の女性が創設した高級ホテル「フォーゴ・アイランド・イン」をきっかけに、劇的に復活。全29室・1泊16万円の同ホテルは連日満室となり、島で3割の雇用を創出、経済的復興も成し遂げた。今には島民が戻り、移住者も増加している。

多くの島民が去り、「見捨てられた島」とまで呼ばれたこの島は、なぜ観光の力で再生できたのか。

半藤氏は、同ホテル創業者の「目的と優先順位の明確さが素晴らしい」と解説。最大の目的である「島の復興。自然と文化、生活を守り、未来に継承する」の実現に向け、「辺境の小さな地域でも、グローバル社会と良い関係を保ちながら自分らしく存続できる」というビジョンのもとに取り組んでいるという。

例えば、ホテルは島の高床式の漁師小屋の工法を用いた特徴的な建物に、伝統的なキルトやマット、島の漁師の小舟を作る技術を生かした家具などを配置。島の文化や暮らし、それを大切に思う住民の思いが反映されたデザインをおもてなしに用いたと同時に、地域の文化や技術が進化しながら継承され、経済的に持続可能なものにすることを目指している。

また、宿泊客の興味関心の内容に精通した住民が案内人となる「コミュニティホストプログラム」や、観光客の支払いが地域にどのように貢献するか、宿泊料金に含まれるコストや利益などの分配を視覚化する「経済成分表」などの施策も実施した。

半藤氏は、観光推進で島が重視したポイントを、同ホテル創業者の2つの言葉で紹介。その1つは「観光ビジネスとテクノロジーは、故郷の自然と文化を守るツール。その優先順位を、決して逆にしてはならない」。もう1つは「チャリティや補助金は続かない。収益を上げるビジネスでなくてはならない。個人や企業ではなく、地域の利益として還元される、持続可能なビジネスモデルであるべき」ということだ。

観光ビジネスを島民のものとしたことで地域が一体となり、島民はプライドも取り戻している。

2. オカナガン:ワイン産業改革の成功体験がサステナブル観光を推進

バンクーバーから内陸部へ車で5時間ほど。高品質なワインの産地として名高いオカナガン地方が今の姿に変わるきっかけは、約30年前の北米自由貿易協定(NAFTA)だった。当時、同地域は果樹栽培とワイン醸造が主な産業であったが、果樹園はコスト高によって閉園が続いていた。ワイン産業も安価で良質なワインが輸入されれば衰退は必至だ。

オカナガンはブリティッシュ・コロンビア州の内陸部の町

そこで、同地域は起死回生の戦略としてワインの品質向上とワインツーリズムを選び、それを世界的な評価を得る形で実現させた。

まず、ワインの品質向上では、ブドウ畑の木をすべて良質なワイン用のものに植え替え、新たに品質認定基準(VQA)を設定。その基準に向けて農家とワイナリーが協力し、短期間で上質なワイン醸造を成功させ、評価を得た。

次にワインツーリズムを軸に地域全体を優良客向けに商品化し、ブランド力を高める好循環を構築した。同地域は小規模事業者のワイナリーが多く、訪問者は生産者と話をしながらワインを選ぶことで、地域のストーリーにも触れる機会になる。高品質のワインが優良な顧客と観光客を呼び、上質なレストランが増えて富裕層も訪れるようになった。

2012年には、隣接するトンプソン地域とともに「持続可能な観光ビジョン」を策定。その際、異業種や住民とともに目指す観光の姿を協議し、現状の問題点として「観光客の迷惑行為」と「ピーク期の集中」をあげた。そこで「量から質への転換」と「シーズンの分散化」の方針を定め、ターゲットを意識の高い富裕層に絞り、ワイナリーの通年営業や、冬季の観光素材の開発などにも力を入れた。

その結果、2019年の観光客数は300万人以上、地域での消費額は1600億円を超えた。

2017年、同地域は国連機関のレスポンシブルツーリズム研究所から、SDGsの達成に向けて国連世界観光機関(UNWTO)が掲げる基準をすべて満たす観光地として「バイオスフィア認証」を受けた。2018年から3年にわたり、ワールド・トラベル・アワードの「世界レスポンシブルツーリズム賞」も受賞している。

半藤氏は、「業種を越えた対話を重ねて目標を共有し、定めた基準を全員でクリアする努力をした結果、評価につながった。これはワイン産業改革の成功体験に由来するもの」と説明。4世代で営む果樹園の主は「成功の秘訣は、良い人間関係、良いコミュニティ」と話しているという。

3. バンフ:「保護と開発」を両立する宿命

カナディアンロッキーの山岳リゾート、バンフ。大陸横断鉄道の通過点であったこの地域は、温泉の発見によって観光開発がされ、国立公園となって約140年前に町が誕生した。つまりバンフは「開発と自然保護の両立する宿命を背負って誕生した、サステナブルツーリズムのパイオニア」(半藤氏)だ。

世界的に有名なロッキーの山岳リゾート、バンフ

観光開発か自然保護か、町は100年以上も試行錯誤を繰り返し、今の世界有数の山岳リゾートになった。半藤氏は、その成功のカギは「住民総意で『もう開発はしない』と決めたこと。そして、その決意を守り続ける勇気」だと説明する。

例えばバンフでは、ホテルの増築は禁止。町の面積も約4平方キロに限定し、人口も上限8000人を目安として、居住者は町内の就労者に限った。外部の人が別荘を持つこともできない。「バンフの生活はお金では買えないもの。だからこそ、住民の落ち着いた暮らしが守られる」という考えだ。

保護と開発を巡る対立もあった。しかし、双方とも「自然が大切」である思いは同じ。科学的な調査の実施で観光事業者と環境保護団体が議論する場ができ、歩み寄って合意が生まれた。

半藤氏は、バンフでは住民に対し、情報公開と公聴会が頻繁に開かれていることも紹介。「規制の理由が分かれば、努力をする意味も変わる。行政も、住民への影響を認識したうえで規制や施策の設計ができる」という。

2014年に開業したガラスの展望台「グレーシャースカイウォーク」の計画時も、何年にもわたり公聴会が開かれ、観光のメリットと環境負荷が議論された。「住民全員が人類共通の資産であるカナディアンロッキーの管財人だという意識がある」(半藤氏)という。

カナダ観光局日本地区代表の半藤将代氏

サステナブル、レスポンシブルのループ

これらの事例に共通するのは、まず、地域が最も大切にすべき本質的な価値を、事業者や住民が再認識し、共有していること。それによって地域のストーリーを生み、本物の体験を観光客に提供できるようになることで、観光客が地域に共感を抱くようになる。こうした好循環のなかに、「観光客が地域を大切に思いながら行動する、レスポンシブルツーリズムが醸成されていく」と半藤氏は説明する。

サステナブルツーリズムとレスポンシブルツーリズムの施策の1つとして、観光地が観光客に「Pledge(プレッジ:誓い、約束の意味)」を求める動きも始まっている。いわば、その地域と地域を訪れる観光客のガイドラインだ。事例で紹介したトンプソン・オカナガン地域も2019年に開始し、地域への敬意や環境・生態系の保護、良き隣人であること、安全面の配慮などを盛り込んでいる。

これについてトラベルボイス代表取締役・鶴本浩司は、「責任ある観光は以前は事業者側に求められていたものだが、今は旅行者側にも求められている時代になったと感じている」と述べ、実際の観光客が対応する様子を聞いた。

半藤氏は、先住民の島・ハイダグアイの例を紹介し、観光客に事前に地域のストーリーを知ってもらう重要性を説明。ハイダグアイでは、ウェブの動画視聴や到着時の約1時間のレクチャー参加を求め、歴史や文化、世界観などを十分に理解してから来島し、約束をしてほしいというプログラムを実施しているという。

半藤氏は、「ストーリーに共感してその土地を旅すれば、より深い体験や出会いが待っている。そういう旅をすると、自ずと責任を持ちたい場所になり、レスポンシブル、サステナブルになる」と述べ、「地元愛を観光客と分かちあうことが、本当のおもてなし」との考えを示した。

トラベルボイス代表取締役、鶴本浩司

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