リピート率8割を超える観光地の秘訣とは? 観光資源の価値を高めたカナダの成功事例を聞いた -トラベルボイスLIVEレポート

観光産業には「観光の高付加価値化」「観光素材の高度化」が求められているが、価格が高く豪華なものだけを「高付加価値」と捉える向きも散見される。しかし、その本質は観光客の心を満たすこと。成熟した観光客の心を満たす価値とは何か?

それを体現している観光地の1つに、カナダのプリンスエドワード島がある。大西洋に浮かぶ人口14万人の小さなこの島に、欧米の旅行者が魅せられ、再訪を繰り返す。リピート率は8割で、関係人口や定住人口にも広がっているという。

先ごろ開催したトラベルボイスLIVEでは、カナダ観光局日本地区代表の半藤将代氏が出演し、「観光資源の価値を高める方法」について語った。半藤氏は、旅行の価値にはスペック的な「機能的価値」と体験がもたらす「情緒的価値」の2つがあると説明。「情緒的価値」に焦点をあて、「観光客の心を動かし、心を満たすことによって、観光資源の価値を高めることを考えていく」としてプレゼンテーションを開始した。

「情緒的価値」にコミュニティが重要な理由

半藤氏は、情緒的なアプローチで観光資源の価値を高めることは、「地域が持続可能な観光地として発展するために、とても重要」と話す。地域と共感でつながった観光客はその場所を大切に思うようになり、地域のファンとなってリピーターとなる。「地域が本来持っている要素を付加価値として発揮できれば、ほかの場所にはない価値となり、価格競争から脱することができる」。

では、どうすれば地域の要素を観光の付加価値に高めることができるのか。

それは、旅行者側から見れば「地域ならではの本物の体験をすること」と半藤氏はいう。地域の人々が大切にしている本質を体験することで、観光客にとっても唯一無二の場所になる。自然や文化、暮らしなど、そこに行かなければ体感できない地域の資源からストーリーを生み出せば、観光客の心を動かすことができる。

「そのストーリーを語る主人公は、地元の住民。その土地ならではのホスピタリティで、深くコミュニティに触れてもらう。それを実現するには、地域で観光を所有することが大切」と半藤氏は説明する。

「その土地ならではのホスピタリティ」とは、住民の地元愛を観光客と分かちあうこと。コミュニティとつながる喜びを観光客に実感してもらえれば、それが地域の大きな情緒的価値となる。だからこそ、カナダ観光局では好奇心が強く、地域と深く共感でつながるような観光客を誘客のターゲットに設定。情緒的価値を高める観光素材を「カナダ・レジェンダリー・エクスペリエンス」として、旅行会社や旅行者に提案しているという。

カナダ観光局日本地区代表の半藤将代氏

プリンスエドワード島の事例、“地元愛”を観光の形に

半藤氏が最初に紹介した事例は、オーベルジュ「イン・アット・ベイ・フォーチュン」での食体験。カジュアルな宿泊施設のカテゴリ“イン(INN)”を名に冠した宿だが、同島の美食を世界に知らしめたのはこの宿だという。

日本では「赤毛のアン」で知られる島は、小説に描かれた風景や暮らしが今も残り、それが魅力の1つになっている。日本人客は全体の1%未満で、ほとんどが北米や欧州からの観光客。その彼らの目当てが、美しい風景と自然の恵みを受けた島の食材による美食だ。

島では、観光が持続可能な農業・漁業を支え、シェフと生産者、観光客が一つのコミュニティになれる食体験を提供している。島内のシェフ達に「料理をする上で一番大切にしているもの」を問うと、全員が「コミュニティ」と答える。「島の素晴らしさを食で表現し、ゲストと分かちあうためには、コミュニティが大切」と考えているという。

島のシェフは生産者との関係を何より重視しており、どれだけ丹精込めて野菜や家畜を育て、漁をしているのか密にコミュニケーションをとっている。それによって食材に対する姿勢や興味、メニューが大きく変わる。それをシェフがゲストに共有する。

カナダ西部、大西洋に浮かぶプリンスエドワード島

「イン・アット・ベイ・フォーチュン」では農場を併設している。野菜やハーブ、果物、家畜も育てており、夕食前にはファームツアーをおこない、同島の気候や土壌、作物の特徴から仕事へのこだわりについて、農園担当者が彼のストーリーを話す。イキイキとした表情と語り口から、担当者の情熱と地元愛が伝わる。

その後のアペリティフでは、庭に用意したテーブルに島の野菜や海産物を用いた各種前菜が並び、そこでも担当者と会話をしながら料理を味わう。合間にはオーナーシェフも顔を出し、ゲストと交流する。

そしてメインイベントのディナーは、ダイニングルームへ。同宿の最大のこだわりが、ゲスト全員が顔をあわせる長テーブルでの食事だ。その意図をオーナーシェフは、「食卓にあるもの(料理)ではなく、誰と一緒にいるかが重要。異なる視点、考えを持つ人々が集まり、同じテーブルを囲む喜びは格別」と話したという。

同宿を利用した半藤氏も、カナダの熟年夫婦や、トロント在住のカップルとフランスから訪れたその母親など、初めて会った人たちと食事をした。最初は緊張していたが、徐々にくだけた雰囲気になり、会話が弾んで、ディナー終了時には友人のような気分に。

「全員が英語を話すわけではなかったが、食事を囲んだコミュニケーションは盛り上がる。島ならではのホスピタリティと、観光客でありながら地元のコミュニティに濃密に触れられた実感に、心が満たされた」と半藤氏。意気投合し、「来年もここで会おう」とゲスト同士が再会を約束することもあるという。

なお、シーズン中の5~10月はいつも予約で満室となる。十分にゆとりをもった予約が必須だ。

「ストーリー」で観光素材の価値を高めたナイアガラ

半藤氏は同宿以外にも、プリンスエドワード島の様々な事例を紹介。これを踏まえ、トラベルボイス代表の鶴本浩司は、「観光の高付加価値は、今あるものに人が介在することで実現できる」と感想を述べ、キーワードとして「コミュニティ」と「ストーリー」の2つをあげた。

そのうえで、鶴本は「『コミュニティ』は地域の一体化が重要になるが、地域によっては難しいケースもあると思う。『ストーリー』で付加価値を高める事例があれば教えてほしい」と問いかけた。

半藤氏は、ストーリーで観光素材の価値を高めた例として、ナイアガラの滝を紹介。世界的な景勝地としての「ナイアガラの滝を見る」観光が主流であったが、最近では同地の自然や歴史にまつわる観光が始まっている。半藤氏は「誰もが知るナイアガラの滝だが、自然との共生や多様性というカナダを象徴する地域であることはあまり知られていない。このストーリーを紹介し、観光客と地域を共感でつなぐことで、訪れる意味が大きく変わる」と、取り組みの方向性を説明した。カナダを代表する観光名所であるナイアガラの滝その一つが、古い発電所を2021年7月に観光施設としてリニューアルした「ナイアガラパークス水力発電所」。同地では、100年以上も前から再生可能エネルギーの水力発電が地域の生活を支えてきた。それは豊富な水量による浸食で滝が後退し、上流の湖に没するのを防ぐため、水を迂回させようとした創意工夫から始まったものだった。観光施設として再オープンしてからは、3Dプロジェクションマッピングの活用で水力発電100年の軌跡のストーリーを投影するなど、カナダが目指す共生を象徴する施設として運営している。

もう一つ、ナイアガラには米国南部から逃れた黒人奴隷解放の歴史もある。これがカナダの本格的な黒人の移民の始まりであり、人権と多様性を尊重するカナダの精神はこの頃からこの地域に根ざしていた。こうした自然や歴史を語り継ぐ施設やツアーによって、「ナイアガラの背景にあるストーリーを知ると、絶景がまた違って見える。これにより、観光の通年化や滞在日数の拡大にもつながっている」という。

半藤氏は最後に、改めて「観光の価値を高めることは、観光客の心を動かし、共感をかきたてる情緒的な付加価値を提供すること」と強調。「観光客の共感を生むのは、地域そのもののストーリー。地域やコミュニティとつながる喜びを実感してもらうことが、心を満たす大きな価値になる」と話した。

トラベルボイス鶴本は、コミュニティやストーリーで価値を高めていくポイントとして、先行事例を体験することを推奨。「体験すれば地域を巻き込んで付加価値を作ることが理解でき、アイデアが一気に広がる」とし、考えるだけではなく、実際に事例を見ることをアドバイスした。

トラベルボイス代表取締役社長CEOの鶴本浩司

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