カナダ観光局は、パンデミックを経て、高付加価値旅行者(High-value guests)を誘客する戦略を強化している。旅に「価値」を見つけようとする旅行者は、支払った金額に見合う、あるいはそれ以上の「価値観」を求める。訪れた土地に入り込み、その土地の文化や伝統を体験することで、訪れるた後に何らかの心の変化が起きることを期待している。そのためなら、支出を惜しまない。
高付加価値旅行の市場規模は2030年までに2.6兆円にまで拡大すると予測されているなか、「体験」と「価値」と「消費」のサイクルに旅行業界の注目が高まっている。カナダは高付加価値旅行者をどのように呼び込もうとしているのか。ランデブー・カナダ2023で現地を訪れて探ってみた。
高付加価値旅行者の誘客へ、観光局の10の取り組み
カナダ観光局は近頃、高付加価値旅行者に関する調査を実施し、誘客に向けた取り組むべき10の行動基準(The laws of attraction for high-value guests)をまとめた。これは、少なくとも1日1000ドル以上を消費する人を顧客に持つ旅行事業者300人に聞き取りをおこなったものだ。
まず挙げられているのが「安心安全な旅行」。53%が高付加価値旅行者の間では地政学的なリスクへの懸念が高まっていると回答した。2つ目が「特別感と異国情緒」で、42%が旅先の決定でそれが大きな要因になると答えた。
3つ目が「宿泊施設の質」。42%が宿泊施設は旅行先に対して不満を感じる要因になりうると回答。4つ目として、50%が「旅行先決定におけるソーシャルメディアの力」を認めた。
5つ目は、高付加価値旅行者を呼び込むためには「自分の専門性に自信を持つこと」ことも大切だと指摘している。調査によると、58%の事業者が、高付加価値旅行者は地元が推奨する体験などに耳を傾けると答えた。6つ目として、高付加価値旅行者は「間際予約」が多いことから、その対応が必要としている。
7つ目として挙げられたのが「ブレンデッド・トラベル」。55%が、いわゆるレジャーとビジネスを組み合わせたブレジャーがパンデミック以前よりも重要な旅行形態となっているとした。かつては旅行と仕事のあいだに明確な境界線を引いて、オン・オフを明確にするのが一般的だったが、どこでもテレワークができるようになった時代に。その結果、「旅先テレワーク」ともいえるブレンデット・トラベルが今後さらに加速していくことを予感させる調査結果だ。
8つ目が直接旅行者と接する「人材の育成」。9つ目が「宿泊施設の認知度向上と供給ネットワークの拡充」。そして、最後に「季節の分散化」を挙げ、季節ごとの誘客戦略や商品開発が必要とまとめた。
カナダ観光局CEO、日本市場にも高い潜在的需要
カナダ観光局のマーシャ・ウォルデンCEOは、今後の高付加価値旅行市場について「カナダには高品質な旅行商品は多いが、それをもっと磨き上げていく必要がある」と話し、高品質な体験プログラム、自然へのアクセス、多様な食プログラム、都市観光などで高付加価値旅行者の満足度を上げる取り組みを強化していく考えを示す。
カナダ観光局は、日本市場について、訪問者数も消費額も2019年水準を超えるのは2025年から2026年と予測しているが、ウォルデンCEOは「ゆっくり、長くカナダに滞在する日本人は以前よりも増えると見ている」という。カナダ観光局の市場動向分析によると、カナダを訪れる可能性のある潜在的な日本人高付加価値旅行者は約93万人と試算。特に、自然、食、オーロラ、文化歴史遺産などのコンテンツで知的欲求が強いと見ている。
そのなかでも、ウォルデンCEOが期待をかけるのが先住民観光だ。「先住民観光はカナダのことをもっと深く知るための重要なコンテンツ。地域と繋がり、文化的遺産に触れ、多くの違う文化的背景の物語を聞くことができる。日本人はこのような本物の体験を評価してくれると思う」と話し、日本人の高付加価値旅行者にとって重要な観光コンテンツになるとの見方を示した。
また、ウォルデンCEOは、国のDMO機関として、デスティネーションマネージメントの側面からも高付加価値旅行について言及。「短期的な需要開拓だけではなく、長期的な視点に立った品質の保持と向上に努めていく。カナダは自然を楽しむプロダクトが多く開発されているが、同時にそれを財産として保護していく施策も必要になってくる。最終的には、地域の発展につなげていくことが大切」との考えを示した。
先住民観光協会、新たに認定プログラムを立ち上げ
カナダ先住民観光協会(ITAC)は2022年6月、新たな認定プログラム「The Original Original」を立ち上げた。ITACコミュニケーション・マネージャーのライアン・ロジャー氏は、その狙いを「先住民観光コンテンツに認証を与えることで、その品質を担保する」と説明する。
認定項目は、地域コミュニティによる参加と支援、訪問者向け体験の提供、安全性・快適性・衛生の確保、持続可能な観光発展、マーケティングおよびカスタマーサービスの整備、ビジネス実践に向けた体制の6つ。この総合評価から、ビジネス開始、訪問者受け入れ開始、販売開始の3段階で認定がおこなわれる。
ロジャー氏によると、現時点で全国で約120社の事業者が認定済み。2023年末までに約300社の認定を目指すという。この制度で認定された先住民観光事業者は、世界の販売ネットワークへのアクセスが容易になり、経済的にも持続可能なビジネスが展開できると期待されている。
認定事業者の一つとして、ロジャー氏が紹介してくれたのが、アルバータ州エドモントンの「メティス・クロッシング(Metis Crossing)」。先住民の一つメティス族の物語を体験できる宿泊施設だ。メティス族の文化体験だけでなく、近隣のスモーキー湖でのアドベンチャーツーリズムも人気を集めているという。
また、ブリティッシュコロンビア州のツアーオペレーター「アハウス・アドベンチャーズ(Ahous Adevntures)」は、バンクーバー島の西海岸に居住するアハウサート・ファーストネーションの文化体験とホエールウッチングやベアウォッチングなどのエコツアーを提供している。この地域には関連宿泊施設として「トフィーノ・ウィルダネス・リゾート」もある。ロジャー氏は「バンクーバーからも近いことから、日本人旅行者もアクセスしやすいのでは」と提案した。
ターゲットを絞った高付加価値コンテンツを提案
各州・準州観光局も先住民観光も含めた高付加価値旅行者の誘致を進めているが、いずれも従来型の大量誘客ではなく、ターゲットを定めたセールスとマーケティングに力を入れている。
ユーコン準州政府観光局の市場開拓マネージャーの山本安彦氏は「ユーコンは高付加価値旅行を提供できるデスティネーション」としながらも、「大量に訪れてもらっても一人一人に対応できない。1グループ10人程度がユーコンらしい体験ができる規模」と話す。さらに「満足度を下げてしまうミスマッチを避けるために、事前の旅行会社への教育も大切になる」と付け加えた。そのうえで、8月下旬から9月上旬にかけてツンドラ地帯が真っ赤に色づく「トゥームストーン準州国立公園」の紅葉を提案した。
また、オンタリオ州観光局日本事務所アカウントマネージャーの田中恵美氏は、「高付加価値を求める日本人旅行者のロングステイに期待している」と話す。その潜在的なニーズに応えるコンテンツとして、ムスコカ地方の湖のほとりに立つラグジュアリー宿泊施設「ジェーンズ・コテージ(Jayne’s Cottage)」を挙げた。日本語のパンフレットを作成するなど、近年日本市場へのアプローチを強めているという。また、先住民観光のコンテンツとしては、オタワ近郊の「マダホキ・ファーム(Madahoki Farm)」を教育旅行の素材として訴求していく考えを示した。
プリンスエドワード州(PEI)政府観光局は、強みである「地産地消や生産者に会える体験を打ち出し、食をアピールしていく」(同局日本代表の高橋由香氏)。そのうえで、人気シェフのマイケル・スミス氏が腕をふるうオーベルジュ「イン・アット・ベイ・フォーチュン(The Inn at Bay Fortune)」や2024年開業予定の「ブラックブッシュ(Black Bush)」を紹介した。また、2024年は「赤毛のアン」の原作者ルーシー・モード・モンゴメリの生誕150周年に当たることから、新たな価値を加えて紹介していく考え。このほか、地元企業のミルキーウェイが、「赤毛のアン」のイメージをパッケージに描いたチョコレートを今年9月から日本で販売開始することから、新たなPEIへの入口として期待かける。
ノースウエスト準州観光局日本事務所アカウントマネージャー田中映子氏は「先住民体験プラスロッジ滞在を高付加価値旅行として打ち出していきたい」と意欲を示す。その一つとして、グレートスレーブ湖を含むタイデンネネ国立公園にある「フロンティ・ロッジ」を紹介。設備はホテルには及ばないものの、「別の意味でラグジュアリーな体験ができる」とアピールした。また、オーロラに加えて、7月中旬から下旬のデイライト(白夜)を「特別な自然体験」として打ち出していきたい考えだ。
トラベルジャーナリスト 山田友樹