入込数減の危機感に立ち向かう福井県あわら温泉、変革はデータ把握で「観光の見える化」から、若手経営者にエリアの取り組みを聞いてきた

2023年に開湯140年を迎えた福井県あわら温泉。今年3月には北陸新幹線の延伸で芦原温泉駅も開業することもあり、芦原温泉旅館協同組合では、若い力で未来を切り拓こうと、新たに4つの委員会を立ち上げ、5ヵ年計画を策定した。その一つがデータを活用したマーケティングの実現に取り組む「マーケティング戦略立案委員会」。福井県観光連盟が進めるデータ・マネージメント・プラットフォーム(DMP)の「福井県観光分析システム(FTAS)」にも参画している。

同委員会の委員長を務めるのは、「ホテル八木」常務取締役の八木司氏。データに基づいたマーケティングを重視するその姿勢は、ホテル八木自体の変革にも大きく関わっている。

個人客特化型温泉ホテルへ、ホテル八木の挑戦

ホテル八木は、早い時期から従来の団体中心の温泉旅館から個人客特化型温泉ホテルへの変革を進めてきた。その背景には、外部環境の変化がある。

八木氏が20年ほど前に実家が経営するホテル八木に戻ってきた頃、日本人の旅行スタイルに変化が表れ始め、宿泊の予約流通にOTAが台頭し始めた。あわら温泉では2008年に湯快リゾート、2012年に大江戸温泉物語が参入し、大手との競合も激しくなった。

八木氏は「これまでの旅館スタイルのやり方だと、なかなか将来の見通しが描けない。危機感を抱いて、改革を進めてきました」と振り返る。

改革の中で、まず手をつけたのが就業規則だ。特に奉仕料制度という独特の給与形態を続けてきた仲居の働き方を変えた。給与計算が複雑で、労働時間の計算も曖昧。さらに「このままだと、若い人材が集まらない。現場が疲弊して回らなくなると、顧客満足度も落ちてしまう」(八木氏)との危惧が理由だ。

個人客特化型温泉ホテルに向けては、予約導線をOTAと直販に軸を移し、宴会場を閉めて団体客を完全に切った。食事も変革。2017年にレストランをリニューアルし、従来の懐石からビュッフェスタイルに変えた。「お客様の食事のピークの時の料理人の仕事は、料理ではなく、すでに調理されたものの盛り付けなんです。出来立てを食べたいお客様のニーズに合っていない働き方だった」と明かす。

また、宴会場を閉めたことによって、電気代が半分以下になったという。さらに清掃も内製化。外注費だけで年間2000万円ほどの節約になったと明かす。

「(改革に対して)周りの反応は最悪でした。もう、『ホテル八木は終わった』とも言われました」。

それでも、新たに迎えたイタリアンのシェフのアイデアで、「温泉付きのスイーツバイキング」をやってみると、行列ができるほどの人気に得るなど、新たな取り組みは徐々に実を結び始めた。

「客層の絞り込みは必要だと思います。総花的に客を取っていくのはもはや通じない。若い世代もお金を使わないわけではなく、自分の価値に合わないものにはお金を使わないだけだろうと思います」。

「ホテル八木」の変革の歴史を説明する八木氏個人型温泉ホテルとして自社マーケティングの必要性

個人客特化型温泉ホテルへのシフトで、働き方、流通、客層ターゲット、施設などを変革してきた。その中で、大きく変わらざるを得ないことも出てきた。それは、マーケティングの考え方だ。

大手旅行会社を通じた集客では、施設側は事実上マーケティングは必要なく、下請け的な立場で、求められる商品を作ればよかった。しかし、大手旅行代理店との関係を絶った以上、自身でそれをやるしかない。八木氏は「自分たちで集客しなければならなくなると、まずマーケットの構造を理解せざるを得ない。代理店がいない中で、マーケットに対して感覚を研ぎ澄ませていかないと、立ち行かなくなるんです」と話す。

この考え方が、のちに福井県観光連盟の実証事業「FTAS」への参画に繋がっていく。

八木氏はまず、あわら市が公表する入込数のデータを注視するようになる。「すると、毎年入込数は減っている。これからも人口減少で右肩下がりだろうと想像できるんです。そこで、コロナが来て、ガクンと下がった。その急減をコロナのせいにして、新幹線が来れば、V字回復するだろうと思っていた節がありました」。

しかし、そこで八木氏は「人数でマーケットを見るのは違うのではないか。やはり、単価など色々な変数を見ていかないと、エリア全体がマイナスになるのではないか」と考えたという。

ホテル八木では、個人客特化型温泉ホテルとして、コロナ禍に思い切って価格を2倍程度上げた。八木氏は「まわりから『どうやって単価を上げたんですか』と聞かれますが、もう、やってしまうほかない」と話す。その結果、その価格に相応する個人客がついてきたという。また、価格に相当するサービスを求めて、今では年に2回宿泊する常連も出てきた。


宿泊施設の予約データをエリアとして掴む

データの重要性は認識するも、行政からのデータは、過去の結果を整理したもので数ヶ月前のもの。リアルな宿泊実態とはギャップがある。そのギャップを解消し、先の見通しの仮説を立てるために、ホテル単独ではなく、芦原温泉旅館協同組合として、福井県観光連盟のデータプラットフォーム「FTAS」に参画することを決めた。それまで、あわら温泉では賑わい創出の仕掛けを色々と行ってきたが、宿泊客の街歩きにつながっていない実態があったことから、エリアで考え直す必要性を感じていたからだ。

FTASの肝はデータのオープン化。各種データを収集し、それをオープンにすることで、「観光の見える化」を進めるところにあるが、個別の施設が宿泊データを外部に提供することは、手の内を明かすことにもなる。福井県観光連盟では、旅館協同組合に参画を呼びかけたのち、複数回説明会を開き、オープンデータ化の意義を説いたという。

2023年3月に福井県観光連盟から声をかけられ、7月には参画を決めた。そのスピード感について、八木氏は「皆さん、やはり将来の危機感は持っていたんだと思います」と振り返る。現在、組合会員15施設のうち10施設が参画。ほぼエリアのデータを網羅的に掴める体制を整えた。

具体的には、参画施設の個人情報を省いた予約状況を抜き出し、予約人数だけでなく、単価や稼働率のデータを見える仕組みを構築した。これによって、数ヶ月先のデータが読めることから、「さまざまな仮説を立てたエリアマーケティングが可能になる」と八木氏は期待をかける。

例えば、あわら温泉近辺でイベントの開催が予定されている場合、宿泊予約データをオープンにすれば、そのデータは街中の飲食店にとっても価値の高い情報となり、それに合わせたプロモーションを展開すれば、街歩きにもつながる可能性が出てくる。

また、データからはリアルタイムでの旅行者の動きが分かる。例えば、昨年9月下旬に芦原ゴルフクラブで日本女子オープンゴルフが開催された時、宿泊にはほとんどつながらなかったという結果がデータから判明した。八木氏は「(データから)ゴルフファンは日帰りが多いことが分かった。因果関係が全て見える」と、曖昧さを排除したデータの堅実性に信頼を置く。

八木氏は「あわら温泉への入込数が減っているのは肌で感じているんですが、どうすればいいのか分からない時に、データというものが一つの道標になる」と話す。

「芦湯」の近くには地元の飲食店が入る「湯けむり横丁」。夜になると温泉客などで賑わう。データを軸に広域の取り組みを

あわら温泉でのオープンデータの活用は始まったばかり。そのデータを使った具体的なアクションはこれからの課題だ。八木氏は「データを基に、もっと広域に手を取り合っていく必要がある。さまざまなプレイヤーとどのように集まっていくのかが課題の一つになってくると思います」と話す。また、長期的にはデータを活用できる人材の育成もチャレンジとして挙げた。

旅館協同組合では、「ReBorn(リボーン)プロジェクト」という5か年計画で、「マーケティング戦略立案委員会」のほかに、「にぎわい創出」「地域との連携」「サステナブル」の4つの委員会が活動している。いずれも若い力が中心だ。

「北陸新幹線が開通するのは外部要因の一つにしか過ぎません」と八木氏。「この4つの委員会がデータを軸につながり、あわら温泉全体、そして福井県全体の観光の活性化に貢献していきたい」と先を見据えた。

今年元旦に発災した能登半島地震で、あわら温泉も影響を受けた。八木氏によると、ホテル八木の施設に被害は発生しておらず、通常通り営業を行っているが、発災後多くのキャンセルが発生したという。FTASのデータによると、あわら温泉全体の1月6日~8日の3連休の予約は、1月1日~5日との比較で23%減少した。

しかし、その後は週末を中心に予約は戻ってきている。八木氏は、石川県内の宿泊施設では営業が再開できないところが多いため、あわら温泉に流れてきている可能性が高いと推察している。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事・取材:トラベルジャーナリスト 山田友樹

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