福井県三國湊で開業した「町まるごとオーベルジュ」、NTT西日本らが推進する地方創生、その取り組みを取材した

九頭竜川が日本海に流れ込む河口に拓けた福井県坂井市の三國湊。名勝「東尋坊」にも近いこのエリアは、江戸から明治にかけて北前船の寄港地として興隆を極めた。その名残りは今も息づき、街中にはレトロな「かぐら建て」の町屋が軒を連ねる。その三國湊で、NTT西日本を中心に地元有力企業が「Actibaseふくい」を立ち上げ、観光を軸とした新たなまちづくりを進めている。コンセプトは、分散型ホテルとレストランを合わせた「町まるごとオーベルジュ」だ。

「えちぜん鉄道」もローカル体験に

Actibaseふくいは、三國湊の町中800メートルの範囲で町屋10棟を宿泊施設に改修、計18室を設け、町の中心にあるNTT局舎を宿泊フロントとしてリニューアルすることで、分散型ホテルを整備。そのうち、16室が1月28日に先行開業した。フランス料理のスターシェフ吉野健氏を迎えたレストラン「タテルヨシノ 三國湊」も町家を改修して開業。いずれも町の風情に溶け込んだ造りにこだわり、「オーベルジュほまち三國湊」として暮らすような旅を提案する。

Actibaseふくいの樋口佳久社長は「地域住民も観光客と一緒に喜んでもらえる『町まるごとオーベルジュ』にしていきたい」と話し、NTT西日本としての新しい挑戦に意欲を示す。また、坂井市産業政策部観光交流課の谷根康弘課長は「観光客が、町に溶け込んで、三國湊を楽しんでもらうのが理想。その人たちが、また来たいと思ってもらえるような観光を目指す」と続けた。

ターゲットは、国内外の富裕層。宿泊費は1泊5万円程度。年間1万人、1日数十人の集客を想定する(樋口氏)。

また、坂井市やDMOさかい観光局などとも協力し、アクティビティ事業も展開する。すでに三國湊で提供されている「三味線体験」や「提灯づくり」など、地元体験をさらに磨き上げるほか、三国神社の特別拝観やライトアップ企画なども視野に入れる。さらに、街歩きのコンテンツを充実させ、「オーベルジュほまち三國湊」の宿泊者だけでなく、例えば近隣のあわら温泉への来訪者にも訴求していきたい考えだ。

客室はキッチンなども備え長期滞在にも対応する(報道資料より)。今年3月16日の北陸新幹線延伸で、あわら温泉駅と福井駅にも新幹線が停車する。坂井市の谷根氏は、三國湊の最寄りとなる両駅からの2次交通に課題があるとの認識を示す一方、福井駅から三国港駅までの「えちぜん鉄道」を、「四季折々の車窓が楽しめる」ローカル体験として挙げた。えちぜん鉄道の三国芦原線の運航頻度は、ローカル線としては多く、約30分に一本。また、観光案内など車内のサービス業務を行う「アテンダント」が同乗するのが特徴の珍しい鉄道だ。

あわら温泉から三国港駅までのバスは、昨年10月からそれまでの1時間に1本から30分に1本に増便。さらに、坂井市では今春をめどに15分に1本への増便をバス会社に打診するなど、三國湊、丸岡城を含め、車以外での坂井市内の観光周遊の環境整備にも力を入れている。

えちぜん鉄道「三国港駅」。レトロな駅舎が旅情を誘う。三國湊が選ばれた理由は?

通信会社のNTT西日本が観光に力を入れる背景には、少子高齢化、人口減少が進むなか、通信事業だけに頼らない新たなビジネスの構築がある。同社では、地域の事業者や自治体とともに観光による地方創生を事業化する計画を立て、日本最大級の輸出産業であるインバウンドと関係人口の創出が期待できる国内旅行に注目。NTT西日本ののリソースやノウハウを活かしながら、地域の社会課題の解決の一つとして、まちづくりを中心とした観光事業に取り組んでいる。

樋口氏によると、NTT西日本管内30県のうち4県が観光による地方創生事業に手を挙げたという。そのなかで、福井県の三國湊が選ばれた理由の一つに、NTT西日本で「地域プロデュースアドバイザー」を務める豊島順子氏の助言があったという。豊島氏はユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)でマーケティングを担当。県立恐竜博物館のブランディングにも携わった。その豊島氏が三國灘の観光の潜在性の高さを伝えたという。

また、樋口氏は「北前船文化をはじめとする質の高い観光コンテンツが豊富」と指摘。DMOさかい観光局の八杉茂樹事務局長は、太平洋戦争で三國湊は空襲にあわず、昭和23年の福井地震でも大きな被害が出なかったことから、「昔ながらの『かぐら建て』の家屋が奇跡的に生き残った。それが今になって利点になっている」と話す。

さらに、谷根氏は三國湊の土地柄にも触れた。「三國湊は郷土愛が強い一方、交易で栄えた地区であるため、外から人を迎える風土も残っている」。持続可能な観光地域づくりには欠かせないシビックプライドとホスピタリティの高さという無形の資産も、三國湊が選ばれた背景にある。

加えて、樋口氏が強調したのが「観光によるまちづくりに対する地元の熱意」だ。三國湊のまちづくりでは、旧森田銀行の保存に尽力してきた「三國會所」、東京大学都市デザイン研究所によるまちづくり法人「アーバンデザインセンター坂井(UDCS)」などさまざまな団体・組織が取り組んでいる。

坂井市も、東京大学による空き家調査の結果から、「このままでは町がなくなる」(谷根氏)との危機感を共有した。2013年から町家などの空き家を保存・改修し、活用する町づくり「三國湊町家活用プロジェクト」を開始。その一環として、町家をゲストハウスにリニューアルし、2015年に「詰所三國」としてオープンした。

「地元の熱意」の素地があるところに「Actibaseふくい」が参画してきた。谷根氏は「これまでさまざまなことに取り組んできたが、まだまだと感じている。NTT西日本のような外の視点はありがたい」と話す。

(左から)DMOさかい観光局の八杉氏、Actibaseふくいの樋口氏、坂井市の谷根氏。息の長い地方創生事業として

Actibaseふくいの設立から1年で、「オーベルジュほまち三國湊」が開業した。ただ、樋口氏は「ビジネスとしてはそんなに簡単な話ではない」と話す。ホテル1棟を建てるのであれば、何百室と提供できるが、一棟貸しでは10棟でも宿泊客は十数人。宿泊事業として投資回収期間を考えると、黒字化には時間がかかる。さらに、古い町家の改修は、新築よりもコストがかかるという。

また、空き町家を改修した宿泊施設は全国にあり、集客のためにはその差別化も必要になってくる。

「古い街並みが残る三國湊の歴史と文化をアピールしていくことをパッケージとして、『オーベルジュほまち三國湊』を売っていき、地域活性化の好循環を生んでいくことが大切な要素」と樋口氏。宿泊事業の枠にとどめず、息の長い地方創生事業として捉えている。

Actibaseふくいでは今後、持続可能な観光地経営に向けて、タビマエからタビナカ、タビアトまでICTを活用したサービスを提供していく計画も立てている。NTT西日本の関連会社NTTビジネスソリューションズが開発した「観光流通プラットフォーム」の活用を視野に入れるほか、旅行者向けのアプリの開発やXR技術を活用した観光案内などのアイデアも持つ。

樋口氏は「三國湊を実証フィールドとしていきたい」と話し、将来的には他の地域への横展開にも期待を寄せた。

伝統的な建築「かぐら建て町家」を生かしつつ客室にリノベーション(報道資料より)。

北陸新幹線延伸や中部縦貫自動車道の整備は、坂井市も含め福井県では「100年に1度の好機」と位置付けられている。八杉氏は「地域住民、人を呼び込むビジネスに関係するあらゆる事業者がスクラムを組むことが大事」と話す。また、樋口氏は「地元が一体であることが、観光客に喜んでもらえることにつながる」と続けた。

北前船交易のハブだった三國湊。ここから越前の人や物が出入りし、豊かな文化がつくられていった。「オーベルジュほまち三國湊」は、その三國湊に新たな風を吹き込む。

冬は越前蟹を目的に訪れる旅行者も多い

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹

取材協力:福井県

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