子どもの学び(ラーニング)と休暇(バケーション)を組み合わせた「ラーケーション」を導入する自治体がじわり増え、全国で新たな展開を迎えつつある。先陣を切ったのは愛知県と大分県別府市で、2023年度から始まった制度だ。2024年度は茨城県、別府市、同様に観光が基幹産業である栃木県日光市、沖縄県座間味村も始める。ラーケーションは観光産業、教育現場にどのような変革をもたらすのだろうか。普及や推進の課題は何か。最新事情をまとめた。
先陣切った愛知県、取得済・予定は3割
愛知県の大村秀章知事が、ワーケーションならぬラーケーションへの取り組みを打ち出したのは、2023年3月のこと。県全体の「休み方改革」プロジェクトの中で生まれた制度で、平日に校外(家庭や地域)で体験や探究の学び・活動を自ら考え、企画・実行することができる日として設けた。校外での自主学習活動であるため、子どもは学校欠席とはならない。名古屋市を除く53市町が賛同し、2023年度の2学期から順次導入している。推奨する活動紹介には、豊田市の「とよた科学体験館」をはじめ、県内を中心としたラーケーション・スポットが並ぶ。
県が2024年3月に公表したアンケート調査によると、「ラーケーションの日」をすでに取得したのは、市町村立学校(小中学生の保護者)で17.3%、県立学校(高校生)で11.5%。「取得する予定」を加えると、それぞれ35.4%、30.9%と3割を超える。「よいと思うこと」については、「土日に休みにくい家庭でも、子どもとのふれあいが増える」が最も多く、小中学生の保護者で64.5%、高校生で53.4%。小中学生の保護者は「『学校は欠席せずに通うべき』という考え方の見直し」(30%)、高校生は「校外でしかできない学びがある」(38.5%)との回答も多かった。
大村知事は日本旅行業協会(JATA)による「経営フォーラム2024」の特別講演で、「(ラーケーションの日は)子どもたちの学習活動に資するのに加え、観光需要の増加や平準化につながる」と手ごたえを見せている。実際の高校生からも「学校生活にゆとりができるし、家族との交流が増えるなど、さまざまなよい効果が出ていると思う」との声が上がっている。
愛知県は「ラーケーションの日」に加え、毎年11月21~27日の「あいちウィーク」期間中の平日1日を、学校や市町村が指定して学校休業日とする「県民の日学校ホリデー」も創設。「県民の日学校ホリデー」を知っており、対象の子どもを持つ人の約4割が当日に子どもに合わせて休みを取得した。
家族で休日を過ごせない観光産業従事者に向け
愛知県と同じく、2023年9月から導入したのが大分県別府市だ。別府市立の小・中学校の児童生徒を対象に、平日の家族旅行を推奨し、旅育の推進と平日や閑散期の観光需要シフトによる地域経済の活性化を目指す取り組みで、「旅」と「学習(study)」を組み合わせて「たびスタ」休暇と名付けた。別府市は祝休日が忙しい宿泊業・飲食サービス業に携わる人の割合が全国平均の倍となっており、平日に家族との時間を確保するねらいもある。
また、2024年度4月からラーケーションの導入に踏み切ったのは、茨城県、栃木県日光市、沖縄県座間味村だ。茨城県は108校を対象に最大年5回までと、3日の他県市村と比べ、取得できる日数が多い。市町村立学校では愛知県と同様に保護者などとの活動が前提だが、県立学校では体験活動がおこなえるのであれば必ずしも一緒でなくても取得できる。
活動の例として、大学や専門学校の見学など、平日しかできない学び体験を推奨しているのも特徴だ。県は「これからの社会では、自己のあり方や生き方を考えながら、課題を発見し解決していく力が求められており、地域に出かけたり、多くの人と出会ったりする体験的・探究的な活動を通して学んでいくことが有効。家の人と思いや悩み、不安について一緒に考えることで、これまでの生活を振り返り、今後を見つめる機会にもなる」としている。
栃木県日光市や沖縄県座間味村でもラーケーションが始まっている。ともに大分県別府市と同じく観光産業などサービス業に携わっている人が多く、親子で休日を過ごせない家庭が少なくない。ラーケーションが定着すれば、雇用の促進や生産性の向上につながる可能性もある。
沖縄県座間味村は村の児童76名が対象で、最大3日まで取得できる。まさに観光産業の島であり、第3次産業に従事する村民は9割。愛知県の導入を知り、より状況が近しい別府市の助言も得ながらラーケーションの制度を設計した。村の担当者は「平日、休日問わず仕事で忙しい保護者が多く、旅行の有無は問わず、何よりも子どもたちが家族と過ごす時間を確保したいと考えた」と話す。ただ、今後は沖縄本島への家族旅行など、制度の拡充も視野に入れる。「取得できる日の増加、本島での観光施設の入館補助など、取得状況、意見を見ながら検討していきたい」(村担当者)。
公平性、学習進度への対応が課題に
本格的な導入から半年が経ち、課題も見えてきた。愛知県が実施したアンケートでは、「勤務先の理解がないと休めない」(保護者)といった周知に関する課題のほか、ラーケーションの目的の一つに学びがあるとはいえ、「学習の進度が心配で、学校を休ませることに不安がある」(保護者)との授業進度を危惧する声も挙がった。
愛知県の自治体の中でも唯一、名古屋市はラーケーションを2023年度に続き、2024年度も導入しないことを決めた。市民からの「子どもと一緒の時間を名古屋市も対応してほしい」との声もあるが、名古屋市教育委員会は「『休み方改革』の全体的な趣旨については理解している。しかしながら、ラーケーションについては、取得できる児童生徒とできない児童生徒が混在するなど、導入に向けた懸念や課題が様々あることから現時点では、導入する予定はない」と、主に公平性、学習補充の観点から導入を見送った理由を説明している。
経済的な事情も課題の一つだ。愛知県とともに全国に先駆けて導入した別府市は2023年度、「たびスタ」の条件を「保護者などと市外に旅行する場合、年度内に3日まで」としていた。市の聞き取りによると、取得者あるいはこれから検討する人たちの満足度が非常に高かったため、日数を2023年度の3日から4日に増やす一方で、行き先を市外に限定せず、市内外に問わず旅行できる場合へと改訂した。別府市の担当者は「混雑が少なくのんびり過ごせる家族旅行を通じ、さまざまな土地の文化や習慣、食べ物などから異文化への理解が深まるとの方針に変わりはないが、選択肢を広げため、市内外を問わず旅行する場合に取得できるようにした」と話す。
観光需要の平準化、地域経済の活性化、従業員のワークライフバランスの向上、探究学習など、さまざまな観点から注目が集まるワーケーション。名古屋市が指摘するように、公平性、教育現場の体制整備といった課題は残されているが、観光産業に新たなチャンスとなるのは間違いない。愛知県の大村知事は前述の「JATA経営フォーラム2024」で、「改革は愛知県だけで、そして行政だけで進められるものではない。観光産業とも連携しながら、休み方改革を日本全国に広げるために取り組んでいきたい」と話している。