農泊ビジネスの可能性と知っておきたい法的留意点、農泊版DMOへの期待から運営者が責任を負う範囲まで、弁護士が解説【コラム】 

近ごろ、「農泊」を契機とした街・村おこしの機運が高まっています。農林水産省によると、「農泊」とは、農山漁村に宿泊し、滞在中に豊かな地域資源を活用した食事や体験などを楽しむ「農山漁村滞在型旅行」を指すとされます。

今回のコラムでは、実際の農泊事業そのものを運営する上で主に検討すべき規制内容や、また農泊運営に関して生じうる法的問題点について概要を解説します。

2025年度には農泊地域延べ宿泊者数を700万人に

「農泊」の狙いは、農山漁村ならではの地域資源を活用したさまざまな観光コンテンツを提供し、農山漁村への長時間の滞在と消費を促すことにより、農山漁村における「しごと」を作り出し、持続的な収益を確保して地域に雇用を生み出すとともに、農山漁村への移住・定住も見据えた関係人口の創出の入り口とすることとされます。

なお、「海業による漁村の活性化」については、農泊の中で、漁村地域における滞在型旅行のことを「渚泊(なぎさはく)」と呼んで水産庁を中心に推進しています。

このような政府の狙いのもと、2024年2月27日に第213回国会(令和6年常会)に提出された「食料・農業・農村基本法の一部を改正する法律案」においても、農村の振興を図る基本的施策として、地域の資源を活用した事業活動の促進や農泊の促進に関する規定が設けられており、2025年度にはインバウンド需要等を取り込み農泊地域の延べ宿泊者数を700万人とする目標も掲げられています。

農泊を持続的なビジネスとするためには、農泊推進体制として、多様な関係者がプレイヤーとして参画する地域協議会・中核法人が、「農泊版DMO」として観光地域づくりの観点から地域一体となった取組みを行うことが期待されているところです。そのような取り組みにおいては、さまざまな法令等に関する知見が必要となるところです。さらに、そもそも農泊においてアクティビティを消費者に提供する際には、潜在的に存在するリスクとの関係で、法的責任を前提とした安全管理体制の構築も重要となります。

農泊サービスを提供する場合に関連する規制は?

農泊サービスの提供・展開に際しては、旅行商品の造成、海外マーケット向けの情報発信、OTAとのリンク、さらには農泊地域へのアクセス交通の確保などさまざまな課題がある中、地域におけるビジネスモデルや資金調達の手法についても検討がなされています。

これらの検討に際しては、旅行業法、旅館業法、住宅宿泊事業法、国内の個人情報保護法及び諸外国の類似規制、国内の景品表示法及び諸外国の類似規制、道路交通法、並びに金融規制・金融法務が関連するところです。特に農林漁業体験民宿について、規制緩和が図られてきました。旅館業法や道路運送法、消防法等の全国規模の規制緩和から、特区における規制緩和、都道府県段階の規制緩和まで様々な措置が講じられており、その詳細は農林水産省のウェブサイトに「農家民宿関係の規制緩和」として掲げられています。

出典:農林水産省ウェブサイトより

また、農山漁村地域において住民を受け入れるための条件整備を行う観点から、1994年には「農山漁村滞在型余暇活動のための基盤整備の促進に関する法律」(農山漁村余暇法)が制定されました。

農山漁村余暇法においては、農林漁業体験民宿業(施設を設けて人を宿泊させ、農林水産省令で定める農村滞在型余暇活動又は山村・漁村滞在型余暇活動に必要な役務を提供する営業をいいます)の登録制度が設けられています。詳細は紙幅の関係から割愛しますが、農林漁業体験民宿業の登録基準は以下のとおりです(農山漁村余暇法第16条第1項、同法施行規則第14条各号)。なお、農林漁業体験民宿業の登録を受けようとする者は、登録実施機関に対して申請を行うことになります。

農林水産省資料より(農山漁村滞在型余暇活動のための基盤整備の促進に関する法律)

農林漁業体験民宿業者の登録基準(出典:農林水産省) 

  1. 農山漁村滞在型余暇活動に必要な役務(農林漁業・農山漁村文化等の体験)を提供できること
  2. 利用者の生命又は身体について損害が生じた場合、その損害をてん補する保険契約又は共済契約を締結していること
  3. 地域の農林漁業者と調和が図られていること

農林漁業体験民宿業の登録を受けた者は、その宿泊施設の見やすい場所に、農林漁業体験民宿業者であることを示す一定様式の標識を掲示することができます。そして、農林漁業体験民宿業の登録を受けることによって、一般財団法人都市農山漁村交流活性化機構のウェブサイトで宿の情報が公開され、また、団体割引での損害保険に加入できるといったメリットもあるとされています。

農泊サービスの提供の際に生じうる法的責任と注意点は?

農泊運営者は、宿泊者・参加者に宿泊施設等の貸出や、食事、体験等のサービスを提供するに際して、事故等が発生し、農泊運営者として負う注意義務に違反した場合には、法的責任を負うことになります。

農泊運営において発生しうる事故の原因としては、宿泊施設や設備等の安全性の欠如、体験やイベントサービスを実際に現場で提供する指導者又は行事主催者の故意過失による行為、宿泊者又は参加者自身の不注意、第三者による故意過失による行為、天災等が考えられますが、場面ごとに民事責任の責任主体は異なりうると考えられます。また、故意過失の内容によっては、農泊運営者が、過失傷害罪、過失致死罪、業務上過失致死傷罪、重過失致死傷罪等の刑事責任を負う可能性もあります。

農泊運営において発生しうる事故の原因、責任の概要、事故の具体例

すなわち、農泊運営者は、上記法的責任を踏まえ、宿泊施設等の貸出や、食事、体験等のサービスを提供するにあたり、参加者に対し、事故防止に配慮した事前説明や案内、指導を十分に行い、施設・設備等の安全性を確保するための定期的なメンテナンス等を実施することで、安全管理体制を構築する必要があります。また、参加者との間の契約又は規約において、農泊運営者が責任を負う範囲を明確に規定しておくことが望ましいと考えられます。

執筆者プロフィール

辻本 直規 (つじもと なおき)

西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 カウンセル。農林水産省における勤務経験を活かして、農林水産業・食品分野の規制対応、政策提言・ルールメイキング、新規事業・事業展開のアドバイス、契約関係のサポートを幅広く行っている。M&A・ジョイントベンチャーや事業承継、スタートアップの資金調達、知財戦略、国際取引等についての戦略的サポートも手がける。


赤松 祝 (あかまつ はじめ)

西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 アソシエイト。国土交通省航空局において空港の民営化事業に従事後、英国Cranfield Universityで航空ビジネスを研究、Air Transport Managementの修士号取得。航空ビジネスプラクティスチームで、航空・観光産業のビジネス構築に際する様々な法的問題へのアドバイスを提供。


厳 佳恵 (げん かえ)

西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 アソシエイト。競争法や知的財産法を主な取扱分野とするほか、観光産業等の業規制に関する案件、ビジネスと人権に関する法規制を踏まえた企業のサステナビリティ対応に関する支援にも取り組んでいる。

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