ようやく日本でも、国際観光が動き出した。しかし、この動きに、クルーズが追随できていない。
2022年4月に空路での海外ツアーが催行を再開し、6月には訪日ツアーの受け入れが再開されたが、今夏に予定されていた日本発着の海外クルーズ(乗船地、または下船地、寄港地のいずれかに海外を含むクルーズ)は、現状に即した国の受け入れ態勢が整っておらず、中止を余儀なくされた。
日本船社(日本企業の客船会社)による国内クルーズはすでに運航が再開されているが、日本発着の海外クルーズは日本船社、外国船社(外国企業の客船会社)とも、まだ実施できていない。
日本船社では、商船三井客船(MOPAS)の「にっぽん丸」(約2.2万トン)による7月12出発の済州島3日間クルーズ(コース:門司港/済州島/門司港)が中止となった。「コロナ以降、初の海外に寄港するクルーズで顧客の期待も大きく、集客は順調。最少催行人員の160人以上の予約があり、催行は可能だった」(広報宣伝室)。
外国船社では、JTBがチャーターしたMSCベリッシマ(約17万トン)による110周年特別企画6日間クルーズ(コース:横浜/済州島/佐世保/横浜)。2021年12月24日の発売後、販売設定数4500名が140日で完売となるほど好調だったが、中止となった。夏休みの設定で、参加者の3割が18歳未満と家族旅行の申し込みも多かった。
これ以外にも各旅行会社が、プリンセスクルーズやコスタクルーズ、MSCクルーズなど外国船社の日本発着の海外クルーズを販売。阪急交通社もショップチャンネルと連携したMSCベリッシマの販売で、販売目標の1000室に達し、「想定を超えて順調な集客」(広報室)だったが、すべて中止となった。
日本旅行業協会(JATA)が7月7日に開催した記者会見で、海外旅行推進委員会を担当するJATA副会長の酒井淳氏(阪急交通社代表取締役社長)は、外国船社による日本発着の海外クルーズにも言及。「今年も何本か設定がされ、予約は順調に入るが、国の規制で催行中止・延期になっている。港湾の水際対策が進んでいない影響が大きい」と話した。
日本国際クルーズ協議会(JICC)副会長の糸川雄介氏は、「日本発着クルーズに対する強い需要があるのに、中止となれば『船は危険』という誤解に繋がる」と危惧する。そして、この状態が長引くことで、「日本への配船を計画しても実行できないことが続けば、船会社は日本での投資をあきらめて他の市場に船を振り分ける」と、日本市場での営業縮小や撤退に発展する可能性を指摘する。
世界では各国を巡るクルーズの運航を再開
パンデミックで一旦停止となった世界のクルーズだが、現在は各地で複数カ国に寄港する国際的な運航が再開されている。
2020年6月以降、まず欧州で国内クルーズから外国に寄港するクルーズへと徐々に運航を再開。慎重な姿勢を見せていた米国も2021年5月から条件付きで再開し、2022年3月にはその条件も撤廃された。各船会社は感染拡大防止のための厳格なルールのもとに運航しており、クルーズでの陽性率は、空港での検査と比較すると10分の1程度というデータもある。
現在は、欧米の船社が地中海やカリブ海、南米、中東、アフリカ、オセアニアなどに配船し、各国を巡るクルーズを運航している。海外クルーズに門戸を開いていない地域は日本を含むアジアだけだったが、先月にはシンガポール起点の東南アジアクルーズも再開された。糸川氏は「期待されているのに動かない市場は日本だけ」と話す。
では、日本国内のクルーズはどうか?
日本では、クルーズ客船、および受入港の感染予防対策に関するガイドラインが策定されている。日本船社は現在、ガイドライン以上の厳格な対策のもと、国内クルーズを実施している。
例えば、商船三井客船の場合、乗船前と乗船当日のPCR検査に加え、乗船中も毎日の検温(乗客は1日1回、船員は1日2回)を実施。レストランなどマスク着脱が必要な場所では、QRコードで利用客の位置情報を収集する。万が一、運航中に陽性者が出た場合はクルーズを中止し(7月19日現在)、感染者を隔離するが、そのためにウイルスの流出を防ぐ陰圧室も用意した。こうした対策のもと、同社のにっぽん丸では国内クルーズ再開以降、運航中の陽性者の発生はゼロ。乗客からは「『日本で一番安全安心な場所ではないか』との声をいただいている」(広報宣伝室)という。
経済効果に高い期待、それでも港を開けられない理由
糸川氏が日本・韓国支社長を務めるラグジュアリー客船のシルバーシーでは現在、クルーズ会社の花形であるワールドクルーズ(100日前後で世界各地に寄港するクルーズ)の2025年の商品で、日本を出発地とするコースを計画している。2019年の同社のクルーズの中で、日本に寄港するクルーズが最高益となった実績を踏まえ、高い需要に応じたものだという。
出航時の記念式典など華々しいイベントが伴う高級客船の日本発ワールドクルーズが実現すれば、出航前の日本滞在での経済効果はもちろん、世界に対してクルーズ寄港地としての日本のプレゼンスを高めることになる。日本としても実現したいところだが、それには需要を引き留めておく必要がある。しかし、同社の2021年の日本発着クルーズは計4回とも中止。その延期分の予約も見込み、回数を増やして設定した2022年も春の運航分が中止となっており、「キャンセルが続けば顧客の気持ちは萎え、別の旅行先を探すだろう」(糸川氏)と今後の動向を危惧する。
船会社も旅行者も待ち望むクルーズの完全再開。全国知事会も、「令和4年度 国の施策並びに予算に関する提案・要望(国土交通・観光関係)」のなかで、「クルーズ船寄港のキャンセルが相次ぎ、厳しい状況が続いている」として、「旅客ターミナルにおける感染防止対策やクルーズ船社と地域の相互理解の促進等を支援し、安心してクルーズを楽しめる環境整備を推進すること」と記載。地方経済に効果のあるクルーズの完全再開への期待をにじませている。
それなのになぜ、海外クルーズの再開ができないのか。
国土交通省海事局によると、現行の水際対策や感染症法に基づく対応等を踏まえ、「どのように受け入れが可能か、結論に至っていない」(海事局)のが現状だ。また、「世間一般のクルーズに対する印象も関連する」(同)と話す。仮に、客船内で感染者が発生した場合、それが街中の発生割合と同程度であったとしても、「差別的な目を向けることなく受け入れてもらえるだろうか」(同)と懸念する。
この状況下、再開のきっかけとして期待するのは、日本船社の海外クルーズ。中でも、商船三井客船が今冬12月15日出港で予定するモーリシャスクルーズ48日間(コース:横浜/石垣島/シンガポール/マーレ/ポートルイス/トゥアマシナ/シンガポール/横浜)は、その目的が同社の親会社がチャーターした貨物船の座礁事故を踏まえ、モーリシャスの観光復興を目的に同国からも期待されて設定したものだ。「こういうところから日本船・外国船の垣根を越えてクルーズの安全性が理解されれば、運航再開の施策がしやすい」(海事局)とみている。
商船三井客船では、今秋11月1日出港の下関発着の済州島クルーズ3日間を新たに設定し、7月28日に発売する。現在、今年中に運航を予定する日本船社の海外クルーズはこの2クルーズのみ。同社によると、モーリシャスクルーズは160名以上の予約を集めており、許可が出れば催行が可能な状態。済州島クルーズも、今夏中止分のリベンジ予約を中心に集客を期待している。
世界レベルの安心安全な海外クルーズの再開へ、日本の“グリーンライト”はいつ出るのか。船社も旅行者も、待ちわびている。