いま、自治体やDMOは、稼げる観光地域づくりが求められている。その実現のためには、地域の実態にあった「ターゲット」と「ゴール」を設定し、デジタルを活用することが鍵となる。
2022年12月に開催した「トラベルボイスLIVE」では、SalesforceのCRMを軸にプラットフォームを構築し、One to Oneマーケティングでロイヤルゲストのリピート促進に着手した三重県観光局 観光政策課 観光マーケティング班 班長の川口政樹氏が出演。なぜこの取り組みに至ったのか、地域の課題から目的・ターゲットを見出した考え方、内容について話した。自治体やDMOが観光DXに取り組むポイントとは?
「ゴール」と「ターゲット」設定
三重県では、2021年度に観光デジタルトランスフォーメーション推進事業への予算が付いた。そこで、デジタルを活用した“稼げる観光地域づくり”に向け、CRMを中心としたプラットフォームの構築を開始。地域への敬意を持つ「ロイヤルゲスト」をターゲットとし、何度も再訪されることをめざすことで、地域経済の活性化と住民が誇りをもって豊かに住み続けられる持続可能な観光地を作ることをゴールとした。
このゴールを実現するため、まず取り組んだことは学ぶこと。何から着手すればよいか、自治体の観光関係者やITベンダー、有識者などにヒアリングをし、先進事例を研究。「観光DX」の定義から、経営戦略やマーケティングなど、ビジネスについても勉強した。
その理由について川口氏は、「デジタルの仕組みやツールが数々あるなかで、自分たちの地域で何からどう手を付ければよいか、判断するのは難しい。おそらく(行政職員である我々が)ビジネスの仕組みを知らないことがポイントではないか」と感じたという。
では、これらの学びを踏まえ、三重県ではターゲットへのアプローチと、ゴールの実現のため、どのように考えを整理し、手段を講じたのか。
まず、地域の課題を急激な人口減少による地域消滅の可能性とし、観光振興を「外貨を獲得する手段」として位置付け、訪日旅行だけでなく、地域外からの外貨獲得も地域にとっては重要であると整理した。
一方、観光DXの方向性も、有識者の考え方や研究、著作などを参考に検討。その結果、(1)観光振興による地域への正の影響を大きくしつつ負の影響を小さくすること、(2)観光サービスに無意識に関与することになる地域住民の満足度を向上すること、(3)新規顧客を増やすファンを大切にし、中長期的に売り上げや価値を上げていくこと、この3つを重視した。
これらを踏まえ三重県では、観光マーケティングの仕組みを整備して地域のファンを増やし、持続的に外貨獲得をできるようにすることで、地域住民が豊かに暮らせる観光地づくりを実現するための「地域プラットフォーム戦略」に取り組むことにした。
データを“地産地消”するプラットフォーム
三重県の地域プラットフォーム戦略「みえ旅おもてなしプラットフォーム」は、地域の情報や商品を1つの場(プラットフォーム)で提供し、参画事業者がそこでビジネスができるようにしていくというもの。利用者が増えれば参画事業者が増えてコンテンツが多様になり、プラットフォームの魅力が増して、利用者の増加につなげることができる。プラットフォームの運営者は、例えば参画事業者から利用料を徴収したり、蓄積した利用者データをデジタルマーケティングに活用したりすることができるようになる。データを地域にシェアし、データとプロモーション費用の地産地消をめざすという。
具体的には、プラットフォームに3つの仕組み(1)地域のファンを可視化するための観光客のデータベース(CRM)、(2)観光客との適切なコミュニケーションをとるためのOne to OneマーケティングをするMA(マーケティングオートメーション)、(3)ファンを大切にするロイヤリティプログラム、を組み込んでいる。これにより、県全体のマーケティングと県内各地域のマーケティングを、それぞれサポートする。
観光客のデータを収集するには観光事業者の協力が必要不可欠であるため、事業者のマーケティングに役立つツールを提供。ターゲットとするロイヤルゲストの声をサービスに活用できるよう、アンケートシステムを用意し、事業者がアンケート結果を活かして、商品造成やサービス改善に活用できるようにした。さらに、集客の仕掛けとして地域OTA「みえ宿泊・体験予約サイト」との連携や、電子クーポンを発行できる仕組みも用意。利用客にリピートを促す仕掛けとしてポイント機能を活用した施策も提供し、これらのツールを利用した観光客のデータが、県のデータベースに蓄積される仕組みとしている。
また、各地域が取り組むマーケティングは、各地域のファンづくりの場とする。県のデータベースの中に地域のデータベースを用意し、各地域に開放。2022年秋に開始した県のロイヤリティプログラム「みえ旅おもてなしポイントプログラム」も、地域単位で展開できるようにしている。さらに今後は、PMSなどの宿泊者データやECサイトの物販データ、ふるさと納税など、各種データの連携を拡充し、移住促進などでの活用も視野に入れているという。
少額予算の観光振興団体での成功体験を推進力に
なぜ三重県は、データの地産地消を図る地域プラットフォーム戦略を考えたのか。それには、川口氏が三重県観光連盟に出向していた時の成功体験が影響している。
当時、同連盟の予算は47都道府県の観光振興団体の中で少額(2019年度は8600万円)だった。この少ない予算で会員にメリットを還元しつつ、連盟のプレゼンスを向上するにはどうしたらいいか。考えた施策が、公式観光サイトをナンバー1の観光ウェブメディアとすること。自らメディアになれば、低予算でプロモーションが可能になると考えた。
その結果、観光情報サイトの閲覧数ランキングで、公式サイト「観光三重」は全国2位に、SNS総フォロワー数は5年間で約6倍の18万人超となり、同連盟が調べたところ全国1位になった。その結果、収益事業化に成功し、広告収入で1000万円、会費収入で200万円の増収を実現。PR案件が増え、会員数も増加した。コンテンツも、費用を収受して制作できるようになった。
川口氏は、「1つのサイトに観光情報を集約し、利用者が集まることでメディアとしての価値が向上。観光事業者からの広告出稿が増えて観光情報が豊富になり、利用者が増加する好循環を回すことができた」と説明。「閲覧データを活用してデジタルマーケティングも実施した結果、同メディアでプロモーションをする地域の事業者が増えた。地域の中でお金が循環し、観光PRに使える仕組みができた」。この経験が、今回の地域プラットフォーム戦略を推進する土台になったという。
「検討マップ」で地域にあったマーケティングとツールを考える
Salesforceでは本事業に関して、初期の段階から意見交換をしてきた。同社執行役員で金融&地域DX営業本部本部長の井口統律子氏は、「観光の変革をめざしてプロジェクトを進め、ここまで幅広に取り組みをしていることが素晴らしい」と評価。改めて、地域が稼げる仕組みを作るポイントとして、「ターゲット」と「ゴール」を設定する重要性を強調した。「これがあいまいだと施策が散らばってしまう。そうなるとデジタルを活用しても正しいツールの選択ができない場合もある」。
また、誘客と送客の仕組みについては、「地域事業者が稼げる仕組みで観光客が楽しんでもらえる仕組み、そして再訪してもらえる仕組み、この順番をどう考えたらよいかも、よく話をした」と井口氏。そのためにも、「誰に来てもらいたいか、ターゲットを具体化するほど、打ち手は洗練されてくる」と説明する。
Salesforceでは、「地域の稼ぐチカラ向上 検討マップ」を用意している。地域の外から顧客獲得と地域の売り上げ拡大を図るための打ち手を検討するためのもので、タビマエの認知からタビアトのファン化まで、観光客の行動や心理の流れ(ジャーニー)にあわせた地域と観光客の視点と接点を図で示している。
広域であれば、新規客の誘致が必要なので認知に注力する必要がある。狭域なら、現在のお客様が来ている理由を把握したうえでロイヤルティに力を入れ、何度も来てもらえるようにする。こうした観光客にリーチするにはどうすればいいか、その施策を回していく。「このフェーズが地域によって違うので、それをこの『検討マップ』で確認できる」と井口氏は説明する。そして、施策を回す際には、観光客とつながる仕組みを持つことと、1つのデータベースにデータが入っていることが大切だと強調した。
進行役を務めたトラベルボイスCEOの鶴本浩司は、「地域側の視点と、情報発信をすべき観光客の動きが一覧でき、どこでどんな接点を持てばいいかがわかりやすい」とコメント。地域にとって効果的であり、観光客にも価値あるメッセージを発信するには、地域特性や観光客との接点の取り方を含めて検討する必要があると解説した。
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記事:トラベルボイス企画部