北海道で加速する観光の高付加価値化、道庁の観光政策責任者に、新たなガイド制度も創設から成長への施策まで聞いてきた

2022年10月に実質的にインバウンドが解禁され、今年5月に新型コロナが5類に移行するなかで、北海道への観光需要は回復傾向にある。次のステップとして大きな期待がかかるのが9月に開催される「アドベンチャートラベル・ワールドサミット2023(ATWS 2023)」だ。北海道では観光施策を進めるうえでアドベンチャー・トラベル(AT)を重要な柱と位置付ける。そのATも含め、北海道はどのように観光産業を復活・再生していくのか。観光政策を統括する道庁経済部観光振興監の山崎雅生氏に聞いてみた。

「観光は北海道の基幹産業」

「感染が落ち着いたら需要喚起を実施することを繰り返してきたが、長く厳しい期間だった」と山﨑氏はコロナ禍を振り返る。山﨑氏が現職に着任したのは2021年4月。コロナ禍で北海道経済が疲弊していたときだ。

道内の観光産業を下支えし、将来に向けた準備の意味でも、道は独自の施策を数々打ってきた。2020年6月には「HOKKAIDO LOVE!プロジェクト」を立ち上げ。東南アジアや欧米などに向けて情報発信を続け、「北海道を忘れないでもらう」(山﨑氏)取り組みを進めた。

また、修学旅行の実施が躊躇される時期、3密対策として、バスの台数や部屋数を通常よりも多めに用意し、その追加金額分は道の予算で負担した。「この教育旅行支援は好評だった」と山﨑氏。需要の低迷に苦しむバス事業者や宿泊事業者の支援にも繋がったという。

山﨑氏は「真水の支援ではなく、需要喚起策として財政支援をすると、その経済効果は周辺にも広がり、支援額以上の成果が出た」と話し、道の施策に手応えを示す。

これらの支援が実現した背景には、「観光は北海道にとって基幹産業」であるという認識がある。

北海道のGDPに観光が占める割合は農業よりも大きく、2019年度のインバウンド消費額4323億円は、農業輸出額3121億円を大きく超える。山﨑氏は「北海道にとって、観光は最大の輸出産業。その成長エンジンを止めるわけにはいかない。そのために支援を続けた」と説明する。

「観光は北海道にとって基幹産業」と山﨑氏観光の成長に向けた3つの施策

コロナ渦中から北海道は3つの柱で観光施策を進めてきた。まずは、需要喚起策への財政出動で観光事業者の再生と復活に支援した。

2つ目として山崎氏が挙げたのは戦略的なマーケティングだ。以前までは、国内でも海外へも同じアプローチで漫然と北海道を売ってきたが、「それではダメだろう。データに基づいたマーケティングを進めて、戦略的にプロモーションを進めていく必要がある」と強調する。

マーケティングデータについては、HOKKAIDO LOVEアプリのユーザーからデータを収集・分析し、旅行者の行動傾向を把握する取り組みを始めた。インバウンド対応としては、国別だけでなく、各国のセグメント別の行動も注視している。

また、BtoCの観光イベントは、潜在需要へのリーチがわかりにくく、費用対効果があまり高くないとの判断から出展を控えた。一方で、実利が見えるBtoBの商談会などへは積極的に参加するようにした。

3つ目の施策が高付加価値化。「富裕層の誘客だけでなく、宿泊でもアクティビティでも付加価値を上げて、単価を上げていく」と山﨑氏。国の方針と歩調を合わせ、数から質と消費にシフトしていく施策への転換を進めていくなかで、「その代表例がATになる」との考えを示した。

この3本柱は、コロナ禍の特例施策ではなく、今後も毎年の予算の中で進めていく方針だ。

高付加価値化へ、稼げるガイドを育成

高付加価値化の突破口になると期待されているATとは、アクティビティ、自然、異文化体験の3つの要素のうち2つ以上を含むものと定義され、環境への負荷軽減や地域コミュニティの維持・発展などサステナブルツーリズムにも深く関わってくる旅行形態だ。ATWSを主催するアドベチンャー・トラベル・トレード・アソシエーション(ATTA)によると、その市場規模は70兆円。今回、ATWSがアジアで初めて北海道で開催されることからも分かるように、その額に日本を含めたアジアは入っていない。

ATは、従来の旅行形態と比較すると、旅行者一人当たりの消費額や地域への経済波及効果が大きいと言われており、「北海道として、その市場を取りに行くことで、高付加価値化も可能になる。ATは北海道が目指すところとピッタリ一致している」との認識を示す。

また、ATは、知床の観光船の事故で需要が低迷する道東の観光復活に向けても重要な取り組みと位置付ける。

ただ、課題もある。北海道にはATの素材は豊富にあるが、「それが高付加価値化の素材という認識がないために、AT商品が造成できていない」。その課題解決に向けて、ATWS開催決定の以前から、道は北海道観光振興機構や旅行会社とともに、道内の各地域を回り、地域とともに素材の磨き上げや造成や販売方法を「マーケットインの発想で考えてきた」という。

山﨑氏は、「事業者や宿泊施設それぞれで単価を上げるのではなく、地域全体での価値を上げていけば、それぞれの事業者の単価も上げていけるのではないか。そのコンテンツがどの層に売れるのかを考えるマーケティングをしたうえで、プロモーションをかけ、売っていく」と話す。

もう一つの課題が、ガイド。ATはガイドがいないとATにはならないとまで言われている。「ガイドの育成し、底上げしていくとともに、裾野を広げることが重要」と山﨑氏。その発想の原点は、2012年から約3年間のイタリア日本大使館一等書記官時代にさかのぼるという。

イタリアのスキーガイドは、一番格下のガイドでも参加者一人あたり200ユーロ程度の報酬。日本と比べると高額だ。しかし、ガイドはスキーだけでなく、朝からホテルに帰るまで同行し、その地域の歴史までガイドしてくれる。イタリアでは将来ガイドになりたいと考える子供も多いという。「北海道赴任が決まった時、北海道でもそのようなガイドの仕組みができないかと考えた。若者がガイドとして地元に戻ってくる稼げる仕組みを作りたいと思った」と振り返る。

実際に北海道では、ATで求められるガイドの育成に向けて、新しい制度の創設に向けて動き出している。従来の知事認定の「北海道アウトドアガイド制度」を土台に、既存の対象5分野(自然、山岳、カヌー、ラフティング、トレイルランディング)に、サイクリング、スタンドアップパドルボード(SUP)、サイドカントリー、バックカカントリーを加え、横の広がりを進めると同時に、ガイド技術の要件化、外国語や国際基準の「アドベンチャー・トラベルガイド・スタンダード(ATGS)」への対応などで縱へのレベルアップも進める。

さらに、顧客管理やツアー参加者と地域関係者や旅行会社との橋渡しをコーディネートする「スルーガイド」認定も新設する計画。

「世界的に自慢できるようなガイド制度にしていき、それをしっかりと旅行会社に使ってもらえるようにしていきたい」。認定の存在価値を上げ、この認定取得者のみをポータルサイトで紹介する取り組みや、特定ガイドによる特定地域のガイディングなども視野に、稼げるガイドを育成していく。

新しいガイド制度は今年度中に試行運用を開始し、2、3年後に本格運用につなげていく方針だ。

「さすが北海道」と言われるように

北海道のATへの取り組みは、今秋のATWSがゴールではない。ATWSに向けて様々な準備を行なってきたと同時に、ポストATWSに向けた仕掛けも企画している。北海道の冬のコンテンツをATWSで露出し、次の販売につなげていく取り組みもその一つだ。

北海道には世界に類を見ないAT素材に溢れているが、それをどのように商品化し、販売していくか。その課題解決に向けて模索は続く。

「『北海道にはポテンシャルがある』とずっと言われ続けている。褒め言葉のように聞こえるが、逆にいうと、それを生かしきれていないという意味でもある。目指すところは『さすが北海道』と言われるようにしていくこと」と山﨑氏。ATによって高付加価値化が進み、新しいガイド制度で稼げるガイドが育ち、北海道が「さすが」と言われるようになるのか。

9月のATWSに向けて、またその後の北海道の観光施策が注目されている。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹

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