JR東日本が推進するシェアオフィス事業、誕生の背景から今後の展開まで、開発担当者に聞いてきた

写真:JR東日本

ビジネスパーソンの移動を伴う営業活動が戻ってきた。テレワーク・リモートワークが定着した一方で、働き方がコロナ前に回帰している企業も少なくない。そんな変革するさまざまな働き方のニーズをつかんでいるのが、東日本旅客鉄道(JR東日本)が展開するシェアオフィス「STATION WORK(ステーションワーク)」だ。

会員数は約33万人。その拠点は同社の主戦場であるエキナカだけでなく、郵便局、官公庁、コンビニといったマチナカにも広がりつつある。コロナ禍で急拡大した群雄割拠のシェアオフィス事業の勝ち組だ。その誕生の裏側から、ワーケーションとの連携をはじめとした今後の展開まで、開発担当者であるJR東日本マーケティング本部くらしづくり・地方創生部門 新規事業ユニット副長の中島悠輝氏に聞いてきた。

駅で働くという価値を提供

最近、駅構内でよく見かけるようになった、電話ボックスをひと回り大きくしたような箱型ボックス「STATION BOOTH(ステーションブース)」。JR東日本のシェアオフィス事業「STATION WORK」の主力形態で、入室すると、机、イス、サブディスプレイが備え付けられ、高セキュリティのWi-Fi、電源、冷暖房、抗ウィルス、高換気対策を完備。駅構内にもかかわらず、静寂性が高く、電車の音も聞こえない。

利用はビジネスが約9割。移動途中のスキマ時間にウェブ会議や仕事に関する作業をする人が半々だが、オンライン英会話などのリスキリング、ユーチューブ配信、オンとオフを切り替える休憩スペースといった用途が広がっている。2名用ブースでは、家庭教師との時間、商談に利用する人もいるという。

人気の理由は、生活、仕事の動線上にあるエキナカという利便性に加え、会員登録の料金ゼロ、15分275円からというリーズナブルな価格設定。しかも、予約開始時刻前であればキャンセル料もかからないのも同業他社にない強みだ。中島氏は、「鉄道会社から生まれた新事業。定時運行を各所で尽力していますが、1分1秒も無駄にしたくない人も含め、利用者にできるだけ迷惑をおかけしないよう、柔軟に対応しています」と説明する。

STATION WORKを起案したJR東日本の中島悠輝氏

「STATION WORK」は、「STATION BOOTH」のほかにも、ワークスタイルに合わせて完全個室からソファまで座席タイプを選べる「STATION DESK(ステーションデスク)」、提携店であるホテル客室やラウンジを利用できる「ホテルシェアオフィス、ラウンジ」を展開している。ホテルシェアオフィスは、コロナ禍でホテルの稼働率が極端に落ちたことから、新たなビジネスとしての展開につながった。6月15日時点の拠点数は、JR東日本管内を超えた全国47都道府県およびJR東日本エリアの新幹線停車駅を網羅した815カ所。2023年度中に1000カ所まで拡大する計画だ。

駅員時代の原体験から立案

ウェブ会議をはじめ、テレワークの拡大とともに開始したと思われがちな事業だが、実は事業を開始したのはコロナ禍前の2019年8月だ。

「コロナはウェブ会議やテレワークワークが当たり前となる社会を10年早めたとも言われますが、立案当時はほとんど浸透していませんでした。アイデアを思いついたのは、新入社員時代、品川駅で駅係員をしていたときの原体験。駅でお客さまをみていると、肩と耳でスマートフォンを挟んで電話しながら手帳にメモする人や、ホームのベンチで膝の上でパソコンを開いて窮屈そうに仕事している人が多かった。駅は多くのビジネスパーソンが日々利用する動線。駅で作業したい人に向けた環境を整えることで、鉄道会社ならではのビジネスチャンスを創出できるのではないかと常に考えていました」(中島氏)。

中島氏は本社への異動をきっかけに、2018年春から半年間で、少しずつ書きためたアイデアを突き詰めながら、急ピッチで企画書を書き上げた。大企業で新規事業をこれまで短いタームで立ち上げるのは容易ではなかったが、2018年当時、JR東日本が「鉄道を起点としたサービスの提供」から「ヒトを起点とした価値・サービスの創造」への転換を掲げたグループ経営ビジョン「変革2027」に取り組み始め、周囲の賛同を得られたことも後押しした。

ウェブ会議の利用が増加(JR東日本提供)

ワーケーションとの連携を模索

実証実験を経た2019年のサービスインから、順調に拡大してきた「STATION WORK」事業。奇しくも大きな転換点となったのが、新型コロナを受けた働き方の変化だ。「これまでパブリックな駅に個室ブースを提供し、パーソナルな付加価値を提案してきたSTATION WORKが、コロナ禍でテレワークの新たなニーズをつかんだのは事実。ただ、今後、働き方がさまざまな形で変容しても、生産性向上に寄与できるサービスだと自負しています」と、力を込める中島氏。

実際、コロナが落ち着いたことから従前の出社を中心とした働き方に回帰する企業は少なくない。しかし、ビジネスパーソンの動きが活発化し、生産性向上への意識がより高まったことで、スキマ時間をより活かそうと、営業先最寄り駅でのスポット利用、新幹線に乗車する前のウェブ会議利用などが増えている。

こうしたニーズを受け、エキナカだけでなく、郵便局、官公庁、待ち時間が長い空港の制限区域内といった駅との親和性が高い公共性の高い場所での設置、コワーキングスペースとの提携など、利用者のさまざまな選択肢を想定して拡大を続けている。JRグループ他社との協業が進んだのも新たな展開だ。また、JR東日本は、旅先テレワーク、ワーケーション需要の高まりとともに、列車・宿泊・ワークスペースなどをセットにした商品販売、地方創生にも力を入れている。

地方創生の切り札としても注目が集まるワーケーションへの対応は、どのように進むのか。中島氏は、「STATION WORKは個人、法人ともに利用されていますが、JR東日本のワーケーション事業のターゲットは企業、自治体などが中心。現時点で、コミュニケーションチャネルを分けたほうがいいとの想定で動いています。ただ、ともにマーケットは黎明期であり、時代のニーズに合わせてさまざまな展開を模索しています」と明かす。

“WORK”だけでなく“LIFE”の拠点へ

鉄道会社が起案したシェアオフィス事業。自社での展開に続き、その本気度があらわになったのが、2021年に業界大手のWeWork Japanとの提携。STATION WORK会員にWeWorkの利用を可能にした。それに続き、ブックマークス社が展開する「勉強カフェ」とも提携するなど、さまざまなコワーキング施設との連携を拡大している点だ。「勉強カフェ」は、集中と休憩を効果的に使い分ける空間設定。「人々の働き方や時間をより上質に貢献する拠点として協業していきたいと考えています」(中島氏)。

コロナを含めた社会変化に伴う、働き方の変容への対応は待ったなしだ。中島氏はSTATION WORKの今後の未来をどのように考えているのだろうか。

「STATION WORKの“WORK”の英語の定義は、いわゆる“仕事”だけを指していません。オープンイノベーションの精神でさまざまな知見を持つパートナーと協業しながら、サービス付加価値を加えることで、あらゆる人の動き・活動、すなわち“LIFE”を昇華できるとこまで進化していきたい」(中島氏)。

今後、医療過疎が進む地方での遠隔医療ブース、静寂性を活かしたメタバースブースなど、時代とニーズの変化に即応しながら、さまざまな展開を模索しているというSTAITION WORK事業。新たな働き方、そして日本に暮らす人々の幸せの実現の向けて、挑戦を続けている。

JR東日本の中島悠輝氏

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