ANA井上社長に聞いてきた、注力する戦略から海外旅行の回復の見通しまで

約3年のパンデミックを経て、復活基調にあるANA。2023年7月19日には、羽田空港第2ターミナル国際線エリアの運用も再開し、その初便としてANAの香港便が飛び立った。ANAの井上慎一社長は、未曾有の危機を乗り切った背景の一つとして、2機のヘリコプターから航空事業を始めた71年前のスタートアップ精神に立ち返ったことを挙げる。「自分たちでやれることはやってみよう」という原点回帰。トライアル&エラーで進めた新しい取り組みも多い。

WiT Japanに参加した井上社長に、将来を見通すことが難しい時代にANAが大切にしていることを聞いてみた。

海外旅行の回復は「時間の問題」

ANAは、国際線の復便を加速している。コロナ禍で需要は激減したが、まず東南アジア/日本/北米の三国間流動が戻り始め、日本の水際対策緩和後は日本発のビジネス需要が回復基調に入り、日本へのインバウンド需要が急速に回復した。2023年度国際線旅客需要は2019年度比9割までも戻ると想定している。

そのなかで、井上氏は「日本発のプレジャー需要(レジャー観光)、まだ課題がある」との認識を示す。今年のゴールデンウィークでは前年同期比275%、特にはハワイは同5.4倍と好調だったが、「一般的には海外旅行への不安がまだ残っているようだ」と話す。特に家族旅行では、現地でコロナに感染した場合の対応や新たにパスポートを取得するための費用などがハードルになっていると見る。

また、欧州路線の復便が、他の路線と比べて遅れていることも課題として残る。ウクライナ危機によって、ロシア上空を飛行できないことから、通常よりも飛行時間が長く、乗務員のやりくりに苦労しているという。井上氏は「欧州路線はファーストクラスから埋まっくる状況で、需要はあるが、便数がなかなか戻せない」と残念がる。

ただし、アウトバウンドの回復も「時間の問題」と楽観的だ。

ANAの井上慎一社長

国内線ではインバウンド集客の研究を

一方、国内線の旅客需要はほぼコロナ前の状況まで回復している。今年のゴールデンウィークでは、ピーク日の5月3日にコロナ禍以降、最高の旅客数を記録した。

国内線では今後、インバウンド旅行者の取り込みにもさらに力を入れていく考えだ。そのために、井上氏は「もっとインバウンド旅行者のセグメント別の動向を研究すべきだろう」との考えを示す。「例えば、東北海道に猛禽類を見にくる英国人旅行者もいる。それを価値だと思っているセグメントがある」として、その需要を掘り起こしていけば、「国内線で新たな需要を開拓できる。マーケットインのアプローチが必要」と強調した。

その一つとして、今年9月に北海道で開催される「アドベンチャートラベル・ワールドサミット2023(ATWS 2023)」への期待も大きい。ANAもパートナー企業として参画する。「いわゆる、SIT(スペシャル・インタレスト・トラベラー)は、旅行市場拡大のきっかけになる」と井上氏。その層は、自身のインタレストにお金を惜しまず、納得いくまで滞在する傾向があることから、「大きなチャンス」と位置付けた。

ChatGPTや顔認証にも意欲

また、井上氏は、ANAが注力する戦略の一つとして、顧客とのタッチポイントの重要性を挙げる。そのなかでも、モバイルアプリ一つで旅行体験を向上させる「ANA スマートトラベル」としてデジタル化を積極的に推進している。

井上氏は「(導入にあたっては)人的サービスを疎かにするのかと言われたが、そういうことはない。人とデジタルの融合で利用者の利便性を高めていくのが目的だ」と話す。今年5月から開始したチェックインから搭乗までスマホで完結する「手のひらANA」は高い評価を得ているという。

話題の生成型AI、チャットGPTについても言及。ANAとしてはまだ具体的な導入計画はないものの、「個人的には多いにありだと思っている」と意欲的だ。また、空港での顔認証システムも「ぜひやりたい」と話し、テクノロジーを活用した利便性向上には積極的に取り組んでいく姿勢を示した。

WiT登壇時の井上社長ANAを支えるスタートアップ精神

ANAは、コロナ禍で飛行機がまったく飛ばせない状況の中、大切にしてきたことがある。71年前の創業時のスタートアップ精神だ。井上氏は、その精神を「とにかくやってみる。やりながら学ぶ」と表現する。

失敗もあるが、学ぶこともある。ANAは2021年8月から、グループLCCのPeach Aviatonと一部の路線でコードシェアを開始したが、わずか1年強でそれを解消した。井上氏は「パンデミックで利用者の傾向が変わっているかもしれないと思ったが、結果的にはそうではなかった」とその理由を明かし、「これもトライ&エラー。根本的には利用者の新しい傾向に他社よりも早くマッチしたという気持ちがある」と続けた。

一方、「とにかくやってみる」という姿勢は、新しいビジネスも生み出した。羽田空港に縁のある神社とコラボした「御朱印帳」は、予想を超えて売れた。古くなった座席シートカバーをアップサイクルしたルームシューズは、毎月抽選で販売するほどの大ヒット。イングランド1部ブライトンの三笘薫選手とのスポンサー契約は、ANA広報が「とにかくやってみよう」と主導的に動き、広告代理店を通さずに実現させた。

「とにかく先行きが見えない今の時代、何ができるか議論するよりも、行動することを繰り返していくことが大切」と井上氏。Peachを立ち上げた時の前向きな姿勢がANAにも反映されている。

井上氏は、まとまった休暇が取れたら、北極圏の先住民を訪れてみたいと明かす。「犬ぞりに一緒に乗って狩りに出て、人生観を語り合ってみたい。全く異なる世界観に触れられる気がする」。未曾有のコロナ禍を経て、旅行の形態がますます多様化しているなか、ANAのスタートアップ精神は、新たなムーブメントを創り出すかもしれない。

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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