静岡県・熱海市の観光が勢いづいている。かつての団体旅行の温泉地というイメージを払拭し、学生や女子旅といった若者や子連れファミリーなど、新たな客層の獲得に成功。その成功はメディアで取り上げられることも多く、熱海の観光は新たな時代を迎えている。
大きく飛躍するきっかけとなったのは2013年、JTBと熱海市が推進した「意外と熱海」ブランド・プロモーション事業だ。「JTB地域パワーインデックス調査」で熱海の強みをしっかり認識したことが、その出発点にある。同調査を「地域の実力をはかるうえで、非常に重要な指標」と話す、熱海市観光建設部次長の立見修司氏に、「意外と熱海」が成功した理由とデータ活用の重要性、観光戦略の次の一手まで聞いた。
熱海市は、JTBと包括連携協定を結び、企業の会議・研修といった法人旅行や旅先テレワークの開拓、インバウンドの本格誘致など、さらなる観光推進を図ろうとしている。
オール熱海での取り組み
「意外と熱海」は、熱海市が2013年から9年にわたって実施した観光ブランド・プロモーション事業だ。JTBが受託し、オール熱海で熱海の観光全体を既存の固定観念から大きく変えることを目指した。「熱海市が観光政策で、宿泊事業者や観光協会などと一丸となって取り組んだ。『意外と熱海』の事業は大きな転機だった」と、立見氏は振り返る。
熱海は温泉地としての魅力や首都圏からの距離の利に加え、高度経済成長期には東海道新幹線の開通にも恵まれ、1960年代~1980年代には年間500万人もの宿泊客を受け入れていた。
しかし、バブル崩壊後、成長の原動力だった企業の職場旅行などの大型団体旅行が激減。宿泊客数も減少の一途を辿り、市内の宿泊施設数は往時の半数くらいにまで減少したといわれる。現在も不動産業を含め、市内の産業の約8割が観光に紐づいているという熱海市にとって、厳しい状況が続いていたことがうかがい知れる。
それでも、耐えて営業を続けた事業者は、個人旅行化や旅行販売のオンライン化など時代の変化にも対応し、それぞれ自力で踏ん張ってきた。しかし東日本大震災のあった2011年、宿泊客数がついに250万人を切り、ピーク期の半数を下回ると、大きな危機感が街を覆った。「どうにか回復させようと官民が一枚岩になって立ち上がった。それぐらい衝撃的だった」(立見氏)。
地域の魅力を正しくとらえることが好循環を生む土台に
まず、熱海がおこなったのは、JTB総合研究所が実施している「JTB地域パワーインデックス調査」で、熱海の観光の“実力”を把握することだった。
JTB地域パワーインデックス調査とは、全国の主要観光地・都市に対するイメージや満足度を消費者にアンケート調査をしたもの。行政区分だけでなく、観光地単位で日本全国を横断的に比較できること、そして、地域の訪問者と居住者の双方の意識とそのギャップを把握できることが大きな特徴で、自治体単位のデータだけではとらえきれない地域の魅力や課題をより深く探ることができる。最新の「JTB地域パワーインデックス2023」では、対象地域が全国240地域におよぶ。
当時、熱海は同調査の分析を見るまで、自らの観光地の特徴を「温泉=シニアが強いというイメージを持っていた」(立見氏)。しかし、調査結果を見てみると、意外にもシニアよりも若者層の満足度が高いことがわかった。そして、評価が高いのはスイーツなどの街の食やレトロな街並みだった。
熱海に住み、長く事業をしている自分たちですら認識していなかった、意外な熱海の魅力。その強みを正しく知り、熱海の立ち位置を他の事業者と共通のデータで認識することは、オール熱海で新たなブランディングとプロモーションに取り組むうえで、大切なことだった。地域一体で共通認識をもったうえで、「意外と熱海」のキャッチコピーのもと、特に若い女性に親和性の高いコンテンツ開発に着手。あえて温泉以外のコンテンツを前面に押し出して、特設サイトや冊子、ポスターなどで発信した。
その際は「JTB地域パワーインデックス調査のデータを見ながら、どの客層に何がマッチするか意識し、熱海が持っているコンテンツをどのような形で発信すればターゲットに刺さるか、意識しながらプロモーションをした」(立見氏)。
すると、それに惹かれて熱海を訪れた若者たちが、観光の様子をSNSに投稿。「市が積極的にプロモーションを打つよりも、SNS投稿でどんどん拡散していった」(立見氏)。若年層が訪れるようになったことで、スイーツ店を中心に、新しい飲食店の出店も相次ぎ、街が活性化。話題の店舗を目当てに、新しい観光客が訪れるという好循環も引き起こした。
さらに「意外と熱海」と並行して実施していたメディアプロモーション事業も功を奏した。新店舗や若い観光客で熱海がにぎわう様子がテレビをはじめとするメディアに取り上げられ、さらに誘客効果が高まったのだ。
結果、「意外と熱海」を始めてから3年目となる2015年度の宿泊客数は300万人台にまで回復。2013年度の目標人数275万人を大きく上回った。しかも「単に宿泊客が戻ったのではなく、客層が大きく入れ替わったのも大きい」と立見氏。宿泊客の年齢層を「意外と熱海」のプロジェクト前後で比較すると、以前は60代以上が最も多かったが、プロジェクト後は20代が最多となり、20代から40代までが全体の6割に、50代を含めた現役世代で8割を占めるようになった。
さらに、この状況が長年の主要客層だったシニアにも好影響を与えた。「昔から遊びに来ている熱海が、変わっていくのが目に見えてわかる。変わらない部分もあり、変化と懐かしさの両方を楽しめるのが『意外と新鮮で楽しいよ』といわれる」(立見氏)。熱海のイメージを変えたことで新旧の観光客に新たな熱海の楽しみを提供し、宿泊客の増加と新規事業者の参入で街の活性化を実現した。「『意外と熱海』は、非常に盛況な成果があった」と、立見氏は評価する。
「意外と熱海」から発展、調査データ活用へ
熱海に大きな変化と気づきをもたらし、宿泊客数を300万人台まで回復させた「意外と熱海」。しかし、その後のコロナ禍によって、熱海の宿泊客数は東日本大震災時を下回る約150万人(2020年度、2021年度)まで落ち込んだ。2022年度は250万人まで回復したが、立見氏はコロナ前の8割にとどまったこの結果に、危機感を覚えた。
「コロナの5類移行前とはいえ、全国旅行支援があり、熱海はコロナ前の水準を超えてもおかしくない状況にあった。今後、コロナ前に戻し、さらに飛躍していくためには、もう一度、熱海は変わらなければならない。リブランディングが必要だと思っている」(立見氏)。
回復が進まなかった要因について、立見氏は人手不足により、宿泊施設が適切な稼働率で運営できなかったことを指摘する。今後も続く人手不足のなかで、多くの観光客を受け入れ、消費額を高めていく一手として、曜日と季節の平準化をあげた。
そこで注力するのが、2023年10月に包括連携協定を結んだJTBと取り組む、会議・研修などのビジネス利用を目的とした法人旅行や旅先テレワークの掘り起こし。立見氏は「コロナ禍で新しい働き方が進んだ。ビジネス利用には『会議をするなら熱海』というようなブランドを作りたい」と考える。
一方、今後の観光振興では、ターゲットを絞ったプロモーションへの進化が必要とも考える。「意外と熱海」は若年層~現役世代のマスマーケットに対し、「熱海は若者が行く観光地」の認識を浸透させた。今後は、そのイメージを持つ現役世代のビジネスマンに「熱海は会議をする場所」というように、さらに細分化した客層ごとに違う熱海の顔を見せていく考えだ。
首都圏を商圏とする温泉リゾートには、箱根や日光、草津など、名だたる観光地がそろう。これらの特徴が際立つ地域に対し、「熱海はいろいろな魅力を持っているが、残念ながら圧倒的な特徴は、新幹線が直接停まるアクセスの良さしかない。だからこそ、セグメントごとの関心にあわせ、見せ方を変えていくことが必要。それが今後、熱海が取り組むリブランディングの方向性だと思っている」(立見氏)。
細分化したターゲットに適したアプローチをするため、今後も調査データの取得・分析が不可欠だ。立見氏は基礎調査データに加え、今後は熱海に新規出店するような民間企業の市場データの活用や、観光客の行動データの取得、域内調達率の調査などにも関心を寄せており、JTBに対して、活用するためのアドバイスや支援を期待している。
JTB地域パワーインデックスという基礎調査で、自分の地域を正しく理解することから始まった、オール熱海で挑む観光政策は今後、さらなる進化をしようとしている。
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記事:トラベルボイス企画部