みなさん、こんにちは。日本修学旅行協会の竹内秀一です。
中学校・高校の秋の修学旅行シーズンもピークが過ぎた頃かと思います。
コロナ禍の時期を含め、中学校の修学旅行の旅行先として常にトップを占め、高校の修学旅行でもいつも上位に位置しているのが京都です。京都への修学旅行といえば、清水寺や鹿苑寺金閣、伏見稲荷大社などの神社仏閣をはじめ京都に遺された多くの文化財を巡る歴史学習が定番ですが、このような人気のスポットが外国人観光客の急増などによって大混雑。生徒が楽しみにしている班別自主行動も、計画した通りには実施できなくなっているという声が多くの学校から聞かれるようになり、旅行先の変更を考える学校も現れ始めています。
京都の定番スポットを訪れる価値はもちろんありますが、京都全体を見わたせば、それら以外にも「学び」の効果が期待できる数多くの資源があります。今回のコラムでは、混雑を避けて「学びの旅」が実現できる京都市内の新しいプログラムと、今、注目されている「海の京都」(京都府北部)、そのうちの舞鶴市のプログラムを紹介します。
探究学習の入り口「Q都スタディトリップ」
京都は、平安遷都から現在に至るまで、たびたびの戦乱や自然災害、疫病の流行、飢饉などを経験してきたにもかかわらず1200年もの間、都市として続いてきました。それは、伝統を守りながらも時代に応じて革新を繰り返し、様々に工夫することで「住み続けられるまちづくりを」(SDGsの目標11)を進めてきたからです。
京都市と京都観光推進協議会は、「探究的な学習」のためのコンテンツを「Q都スタディトリップ」としてプログラム化し提供しています。
生徒たちが京都のまちを歩いていて「なんでだろう?」と思ったこと、それらが「Q」として、ウェブ「Q都スタディトリップ」にリストアップされています。そこには、Qに紐づけられた施設や企業・旅館などが「Qスポット」として紹介されていて、そこに実際に訪れ、見て、聴いて、体験して気づいたことや発見したことを入り口に、それぞれの探究学習に向かっていくのです。まず、事例1、2ではQスポットとして京都市で体験できる伝統文化プログラムの事例を紹介します。
【事例1】堤浅吉漆店 ~京都だからこそ伝えられてきた技~
漆精製の伝統の技にふれる
地下鉄四条駅近く、住宅街の一角にある1909(明治42)年創業の堤浅吉(つつみせんきち)漆店は、漆樹液から生漆(きうるし)を精製し、それをさらに加工して塗漆(ぬりうるし)として販売する漆メーカーです。プログラムは、漆についての講話、精製作業の見学、そして拭き漆体験となります。
講話によれば、樹齢10~15年のウルシの木一本から採れる漆の樹液はたったの200グラム。産地から集めた樹液を濾して生漆をつくり、それを攪拌機に入れて練りながら水分調整をおこなう。色漆はこれに顔料を加えて練り合わせるのですが、練り方しだいで漆のツヤが変わり、また季節によっても違ってくるので、漆を塗る職人さん個々の要望に応じてつくらなければならないそうです。
自然から材をいただくモノづくり
作業現場には、漆を精製する機械が並び、塗漆を出荷先ごとに保存した樽がところ狭しと積まれていました。職人さんたちの作業は気を遣う細かなものが多く、熟練の技が必要なことがよくわかります。「工芸とは、自然から材をいただいてモノをつくること。そのことを通して自然に対する敬意が生まれる」という言葉は生徒たちにも響くはずです。
拭き漆は、お箸やお椀などの木地に漆を塗って拭き取ることを繰り返す作業。シンプルですが、木目を活かしたツヤのある漆器は、この作業によってつくられるのです。
見学の途中、生徒たちは、何気なく置かれている自転車やサーフボードに気づくことと思います。実は、これらにも漆が塗られているのです。漆は丈夫で硬く、塗った部分が傷つけば塗り直して補修できます。そのため、最近では循環可能な素材として注目されているそうです。伝統の技が、時流に対応しながら次の世代に受け継がれていく、まさにSDGsの好事例だといえるでしょう。
漆は、寺社建築や仏像の製作・補修などに欠かせない塗料・接着剤ですが、現在国内で利用されている漆の95%は中国産だといいます。寺社をはじめ多くの文化財が残る京都だからこそ伝えられてきた漆精製の技。ぜひ未来に残したいものです。
【事例2】松栄堂~「香」づくりの技と文化~
お寺の本堂に漂う香りを探る
京都をはじめ、日本各地のお寺を訪れてまず感じるのは、境内や本堂に漂う心地よい香りです。日本に「香(こう)」が伝えられたのは、仏教が日本に伝来した頃。仏教に関わる様々な儀礼に伴ってのことと考えられています。江戸時代、約300年前の創業時からその香づくりに携わってきた老舗が松栄堂です。
京都御所の南にある本店では、「香」として最もポピュラーな線香づくりの工程を見学することができます。香の香りに包まれながら2階にあがると、香木や乳香・桂皮といった香の原材料が展示されています。ほとんどは日本で産出されない貴重なものだそうですが、その種類の多さは驚くほど。これらを混ぜ合わせることで、今も新しい香りがつくられているとのことです。
線香の製造工程見学や香り体感
線香を製造している「香房」では、職人さんの作業を間近で見ることができます。原料を混ぜて練る混錬機。そこから蕎麦のように長く連なって出てくる油粘土状の線香のもとを一定の長さに切っていくのですが、この作業は熟練した技をもっていないとできないそうです。
それらの上下を切り揃え、3~5日間乾燥させた後、本数をそろえて包装します。細い線香を折らないよう丁寧に扱うには、昔ながらの手作業に頼るしかないとのこと。それぞれの作業に伝統の技が生きているのです。職人さんのすぐそばまで行って話を聴くこともできるので、キャリア教育としての効果も期待できるでしょう。
本店横の薫習館(くんじゅうかん)1階には「香りのさんぽ」という、いろいろな香りを体感できるスペースが設けられています。そこでまず目に入るのが、天井から吊り下げられた白い箱。これは「かおりBOX」といい、中に入るとこれまでに経験したことのない香りに出会えます。「香りの柱」では、ラッパ型の吹き出し口から匂ってくる香の原材料そのものの香りを体感することができるのですが、麝香(じゃこう)など嗅ぐには少し勇気がいるものもあります。
松栄堂では、伝統の技とともに自然の恵みを受けて育まれてきた香の文化にふれることができます。ここでの体験を通して、自然への敬意が生まれてくる背景に目を向けてもらえたらと思います。
【事例3】舞鶴引揚記念館 ~舞鶴で学ぶ戦争と平和~
シベリア抑留と引き揚げ
京都市のQスポット以外にも、京都府には混雑を避けながら、「学びの旅」を実現できるスポットが少なくありません。事例3では、もうひとつの京都として注目される「海の京都」エリアの中から、舞鶴市の平和学習とSDGs学習についてご紹介しましょう。
舞鶴は、日清戦争後に鎮守府が置かれ、日本海側唯一の軍港を擁する都市として発展しました。まちを歩くと、赤レンガ倉庫群をはじめ今もその面影が感じられる建物が残されています。第二次世界大戦終結後、舞鶴港はシベリアや旧満洲(中国東北部)、朝鮮などからの引揚者を迎え入れる引揚港に指定され、1945年からその役割を終える1958年までに66万人余りの人々がここに上陸しました。
引き揚げや抑留については、高校の歴史の授業でも多くは触れられません。2022年に公開された映画「ラーゲリより愛を込めて」で、シベリアに抑留された人々の過酷な労働と生活の一端は広く知られるようになりましたが、舞鶴引揚記念館には、そのことについて学び、考えるための貴重な資料が収蔵・展示されています。
ラーゲリでの想いを綴った「白樺日誌」
展示室には、抑留され、過酷な労働を強いられた軍人・軍属そして民間人の生活の一端を示す実物資料が多く展示されていますが、それらを代表するのが「白樺日誌」です。これは、抑留者が監視の目をかいくぐりながら、空き缶の切れ端を使い、煤を溶かしたインクで日々の想いを和歌にして白樺の木の皮に綴ったもので、ユネスコの「世界の記憶」に登録されています。
自由にものを手に入れることができなかったラーゲリ(収容所)で、抑留された人々は様々に工夫して日用品や将棋の駒、花札などの娯楽用品を手作りしていました。日々の辛さを束の間でも紛らわしながら、何とか生き延びようとする切実な思いが胸を打ちます。
抑留者のラーゲリでの生活の1コマも、実物大のマネキンで再現されています。防寒着を身に着けた男たちが輪になって座り込んでいますが、これは、一日分の食事として支給された小さな黒パンを切り分けている場面です。手製の天秤ばかりはパンを公平に分けるための大切な道具。仲間同士の争いを避ける工夫です。
「抑留生活体験室」には、ラーゲリにあった小屋が再現されています。中には狭い2段ベッドがあり、やはり防寒着を着こんだ何人ものマネキンが寝ています。ここでは、見学者がベッドに寝たり、衣類に触ったりする体験ができます。
このほか、抑留された人々への想いを綴った家族の手紙や舞鶴港で抑留地からの帰還を待つ人々の姿を捉えた写真などが展示されています。記念館のある公園の展望台から引揚桟橋(復元)を展望すると、歌謡曲「岸壁の母」で描かれた、帰らぬ息子を待ち続ける母親の気持ちがわかるような気がしてきます。
戦時の記憶を伝える「学生語り部」
記念館では、近隣の中学生・高校生が「学生語り部」として館内をガイドしてくれます(授業に支障がない日のみ)。生徒たちは、原稿を棒読みするのではなく、展示物について深く理解したうえでそれぞれが自分の言葉で語ってくれていました。
このような活動に取り組んでいる同世代の生徒たちと交流することは、修学旅行生にとって得難い経験となり、戦争と平和という大きな課題を自分事として捉えるうえでのよい契機となるはずです。
戦時を体験された方々から直接話を聴くことが難しくなっている今、修学旅行での平和学習の在り方にも工夫が必要になってきています。こうした事例は、その一つの方向性を示しているのではないかと思います。
舞鶴エリアでのSDGs学習プログラム
舞鶴引揚記念館からバスで20分ほど行った野原海水浴場には、「海の豊かさを守ろう」(SDGsの目標14)をテーマとする学習プログラムがあります。地元の漁師さんを講師とする海洋資源やマイクロプラスチックについてのレクチャー、民宿の女将さんたちの指導による干物づくり、浜辺でのマイクロプラスチックの収集、流れ着いたペットボトルの国・地域別仕分けといった体験活動を組み合わせたもので、これも京都修学旅行の新しいプログラムとしておすすめです。
舞鶴エリアへは、京都縦貫自動車道を利用すると100分ほどで京都市内から行くことができます。混雑する市内を通らず、高速道路も渋滞することはないので、計画通りの行程で実施したい修学旅行にとっては適地といえる訪問先ではないでしょうか。
オーバーツーリズムが話題の京都ですが、京都市内でも混雑とは無縁のしっかり学ぶことのできるスポットがあります。また、「海の京都」をはじめ「森の京都」や「お茶の京都」など「もうひとつの京都」として京都府が推しているエリアにも魅力的な「学び」の資源があります。
修学旅行は転機を迎えていると言われる今だからこそ、京都修学旅行も「前例踏襲」の在り方を考え直してみる必要があるのではないでしょうか。