【レポート】事例に学ぶ、危機からの観光客回復 -JATA国際観光フォーラム(4)

世界のGDPの1割を占め、雇用人口の11人に1人にあたる2億6000万人の雇用を創出する観光は、いまや世界有数の主要産業である。JATA国際観光フォーラムのシンポジウム「災害・テロなどによる観光訪問客落ち込みからの回復」でモデレーターを務めたJTB総合研究所の高松正人氏は、観光危機管理について「経済・雇用はもちろん、地域の人々の生活を守ることにつながる」と、重要性を強調。観光地や地域事業者の対策について、過去の事例を交えながら意見を交した。

▼登壇者

コーディネーター

  • 高松正人氏:JTB総合研究所 常務取締役 観光危機管理研究室長

パネリスト

  • リック・ヴォーゲル氏 太平洋アジア観光協会(PATA)本部理事、インクルード 代表取締役社長
  • デービッド・リョン氏 香港政府観光局(HKTB) 日本局長(シンポジウム開催時)
  • 谷合一浩氏 エイチ・アイ・エス(HIS) いい旅研究室 室長

▼危機管理の基本は4つのR -「減災」、「備え」、「対応」、「回復」

観光に影響を及ぼす危機にはどのようなものがあるのか。高松氏は、地震や津波などの自然災害や伝染病、テロや犯罪といった人的原因によるもの、騒乱やハイジャックといった政治的危機など、観光に関わる危機の幅広さを指摘。さらに、「本当の災害よりも大きい影響を与える怖いもの」として「風評」をあげ、「これらすべてが観光危機になる」とする。

そして、これらの危機への対応の基本として「4つのR」を紹介。

  1. Reduction(減災):災害を止めることはできないが、被害が最小になるように手を打つ
  2. Readiness(備え):危機発生を前提にマニュアルを作り、トレーニングをする
  3. Response(対応):危機発生後はマニュアルを参考に効果的な対応をする
  4. Recovery(回復):元通り、観光客に訪れてもらう

高松氏によると、上記1~3は一般的な防災の世界では通常の対応だが、観光分野が特殊なのは4番目があることで、「これが非常に大切」。「この4つがあると観光地として強い。観光客に対しても、安心のイメージをアピールすることに繋がる」とも語った。


▼危機からの回復事例1:

太平洋アジア観光協会(PATA)

観光地を支える危機管理体制とマニュアルを構築

左:リック・ヴォーゲル氏(太平洋アジア観光協会(PATA)本部理事、インクルード 代表取締役社長)、右:デービッド・リョン氏(香港政府観光局 日本局長※シンポジウム開催時)

太平洋アジア観光協会(PATA)では2011年6月、危機管理の専門家と旅行業界関係者からなる危機管理チーム(PATA ラピッド・リカバリー・タスクフォース)を発足した。専門家が作成した危機管理のトレーニングとコミュニケーションを提供するのが目的で、危機対応のための「バウンスバックマニュアル」も作成。PATAには10年前に作成したマニュアルがあったが、「(東日本大震災後の)厳しい時期だったが、新しいタスクフォースが必要だと感じた」(ヴォーゲル氏)というのが、新体制を構築した理由だ。

バウンスバックでは「4つのR」を基本に、さらに詳細なサブカテゴリーに分けて説明。危機の重篤度を表す「デスコン(デスティネーション・コンディション)」も設定し、影響度合いによって危機のレベルを定義した。さらに、東日本大震災の際、電話回線等が不通になるなか、電源さえあればインターネットに繋げることができた状況を踏まえ、SNSの活用も盛り込んだ。ただし、「ネガティブな印象は風評に繋がるので、正しい情報をいち早く伝えることが大切。信頼がない情報は誰も信じない」と注意を促す。

PATAでは震災後、ホームページで最新情報を毎日更新。仙台空港再開後の復興の段階では、キャンペーンの実施や各地の空港と高速道路の位置を地図で示すなどの積極的な情報発信に努め、ポジティブな反応があったという。また、今年2月のグアムでの殺傷事件の際にはグアム政府観光局に連絡して早期に記者会見を開き、過大報道による風評を防ぐ対策を行なった。

ヴォーゲル氏は、「危機管理は継続的なもので、常に微調整が必要」と説明。最後に「危機管理は、準備をしながらも予想もしないことが起きることを予測しておくことが黄金ルール」とアドバイスした。


危機からの回復事例2:香港政府観光局

SARSからの回復、国際機関を巻き込んだ正確な情報発信

「SARS後の香港の観光復興は、システマティックだった印象がある。マニュアルがあったのか」との高松氏の問いに、リョン氏は「そもそもSARS時にどの程度の流行になるか、誰もわかっていなかった。PATAなどに相談しながら、迅速にやるべき内容を3段階で策定した」と当時の状況を説明する。

香港が策定したのは、「Response(対応)」「Reassurance(安心)」「Recovery(回復)」の「3つのR」。これを政府や財界、地元コミュニティと連携して各種施策を行なうのだが、その際に「すべてのコミュニティの安全を確保し、安心できる状態にすることを何よりも優先させ、その状況を発信するよう努めた」という。

そのため、「対応」段階では「冷静に」を伝えるテーマとし、地域における政府や医師、ボランティアの取組みなど進捗状況を紹介。次の「安心」段階では、信頼される情報提供のため、「外国からの医療団が訪れている」「国際的基準を満たしている」など、第3者の関わる情報を含めながら、地域が普通の状態に戻ってきていることを発信した。

そして、「回復」段階では「生活が普通に戻り、観光客が来るのにふさわしい場所としての香港」をテーマに、一貫したメッセージを強く発信。国際イベントや有名人を起用したキャンペーンを実施し、アベニューオブスターズなどの新アトラクションなどもオープンした。危機に対し、香港政府はSARS発生の1カ月後に118億香港ドルの予算を発表したが、さらに疾病管理措置のための15億香港ドル、香港経済回復に向けたキャンペーンとして10億香港ドルを用意していたという。

高松氏は「香港は危機に対する迅速な準備ができ、早く正確な情報を世界中に伝えることに力を入れ、国際機関を巻き込んだ情報発信ができた」と、成功のポイントを指摘。対して、東日本大震災の対応については「状況が違うが、日本の場合は原発の正しい情報が迅速に伝わらなかった。福島と東京の位置関係も伝わっておらず、日本全体に渡航禁止勧告や避難勧告が出る結果となった」と指摘した。


危機からの回復事例3:HIS

観光地復興への支援商品を投入、危機がチャンスにも

左:高松正人氏(JTB総合研究所 常務取締役 観光危機管理研究室長)、右:谷合一浩氏(エイチ・アイ・エス いい旅研究室 室長)

HISでは世界で発生した観光危機に対し、回復段階における観光地への支援商品やキャンペーンを数多く行なっている。2001年の米国同時多発テロではHISが旅行業界で最初の復興支援ツアーを造成。「日本人は(被害のあった場所に)行っていいのかという風潮があるが、“We Love NY”と謳い、売り上げの一部を義捐金で渡すことにした」ことで、結果として2万人が訪れた。

また、2002年に起こったバリのテロでは、その後、ツアーに参加する日本人がいなくなったという。そういう中でもHISは現地ガイドの50名に対して研修を実施。「1人も辞めさせることはなかったので、日本人客が戻った時に受け入れることができ、HISがバリでナンバー1になった」という。

谷合氏は「現地が元気にならないと旅行会社の仕事ができないとの認識で行動している」と説明。その際には安全確保が最も大切になるが、「そのためには多方面の協力が必要。『支援したい』ことを伝えると、現地も積極的に協力してくれる」という。

谷合氏の発表を受け、高松氏は「まさに旅の力を具現化している取組み」とコメント。「旅行客の安全を担保しつつも地域への貢献を考え、その結果、シェアナンバー1になっている」とし、「危機にきちんと対応することでチャンスに変える機会になる。デスティネーションに対する協力が最終的に大きな利益に反映した」との考えを示した。



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