こんにちは。ベンチャーリパブリック、LINEトラベルjp運営の柴田です。
今回は、アジア太平洋と北米におけるオンライントラベル分野の2大国際会議、WiT(2018年10月シンガポール)、The Phocuswright Conference(同11月アメリカカリフォルニア州)の様子をお届けします。
2017年の12月には本コラムで「世界のOTA市場の成熟化」を指摘しましたが、僕が2018年に一番強く感じたのは、オンライントラベルの次の潮流が、欧米ではなくアジアで生まれつつあること。過去10年にわたり、国際会議の登壇や参加を通じ、欧米に学び刺激を受けたことをアジアで実践してきた僕にとって、この感覚は新鮮かつ強烈なものでした。
WeChat、LINE、Kakaoが続々旅行業参入
大きな潮流とは何か。それは「Super Apps(スーパーアプリ)の時代到来」です。はっきりした定義はまだありませんが、簡単にいうと、「極めて大きなユーザー数を抱え、1つのアプリ内で何でもできてしまうモバイルアプリ」ということでしょう。
代表例が中国のモバイルメッセージングアプリWeChat。皆さんも耳にすることが多いと思います。約7億人ものユーザーを抱えています。ユーザーは日々メッセージをやり取りするだけでなく、WeChat Payを使った決済、Uberのような配車、自転車シェア、ネット通販、映画チケット購入など多岐にわたるサービスが1つのアプリ内でできる巨大アプリです。
実は、WeChatは旅行関連サービスもいち早く提供開始。サービス提供会社のTencent社の出資先でもあるOTA、LY.comなどのサービスを活用し、航空券やホテルなどの旅行予約サービスを中国国内で展開しています。中国で旅行業界専門メディアを運営する友人から聞いた話では、WeChat内でなんと航空券や宿泊の予約が数万を超えて生み出されているとのこと!
同様のモバイルメッセージングアプリは世界にほかにもあります。Facebookが運営するWhats AppおよびFacebook Messengerは、欧米中心に世界でそれぞれ10億人もの人が使っています。このほか、日本、タイ、台湾、インドネシアなどで大きなシェアを持つLINE、韓国で圧倒的なシェアを握るKakaoTalkがあります。ただ、非常に興味深いのは同じメッセージングアプリでありながら、欧米をメイン市場にしているWhatsAppおよびFacebook Messengerと、アジアがメイン市場のWeChat、LINE、KakaoTalkでは、サービスも考え方もまったくといっていいほど違うということです。
アジアと欧米で全く違う考え方とサービス
両者の違いは冒頭でご紹介した2018年10月開催のWiTでも浮き彫りになりました。僕は“Messagingが変える旅行の世界”というテーマに基づき、Facebookのトラベル担当Meghan Joseph氏とともに登壇。ベンチャーリパブリックがLINEとの提携によってLINEトラベルjpをLINEアプリ内にて開始したことを話した一方、Meghan氏は「Facebookは、少なくともWhatsAppにおいてはメッセージングアプリにて旅行関連も含めメッセージング機能以外のサービスを提供するつもりはない」との意向を明確に示しました。Facebookの考え方はLINEやWeChatなどのアジアのメッセージングアプリと極めて対照的です。
WiTでは、オープニングセッションでAgoda創始者Robert Rosenstein氏も、「アジアにスーパーアプリの時代がきた」と語り、多くの参加者の興味を惹きつけました。一方、アメリカで開催されたPhocuswright Conferenceでは、スーパーアプリについて触れられることはまったくといっていいほどありませんでした。僕自身、同カンファレンスで例年のように新鮮な話を聞ける機会がほとんどなかったのが率直な印象です。
欧米にはスーパーアプリの発想がない
これまで書いたように、アジアでは、WeChat、LINE、KakaoTalk、いずれもがメッセージングアプリ以外のサービスを次々と立ち上げ、いわばメッセージングアプリがポータルアプリへと急スピードで姿を変え、社会のインフラ全体を担うような一大デジタルプラットフォームになろうとしています。
メッセージングアプリ以外のスーパーアプリも出現し始めています。代表格が、東南アジアのライドシェア市場で圧倒的なシェアを持つモバイルアプリGrabやインドネシア発のモバイルアプリGO-JEKです。これらのアプリは配車サービスなど、交通分野で圧倒的なユーザー数を獲得し、最近はフードデリバリー、決済、レストラン予約などのサービスをやはり同じアプリの中で次々と立ち上げています。
配車アプリというとUberを思いつく方も多いと思います。確かに、UberはUberEatsというフードデリバリーも手がけていますが、配車とフードデリバリーはそれぞれ個別のアプリで提供されており、この例をみても欧米には「スーパーアプリ」の発想がないとみてとれます。
WeChatはデスティネーションマーケティングも
余談ですが、Agoda創始者のRobert Rosenstein氏と先日タイで食事しました。彼はAgodaをはじめ、Booking.com、Kayakなどを傘下にもつBooking HoldingsのCEO Glenn Fogel氏のアドバイザー職も兼務しており、食事の席でも彼のアジアにおけるスーパーアプリに対する今後の読みや感度が、Booking Holdingsを最近のGrabなどへの大型出資へと導いているのではないかと感じさせられました。
アジアでのスーパーアプリの台頭は、旅行観光分野における極めて重要な次の潮流となりつつあります。WeChat内における航空券や宿泊予約実績はその最たる例。さらに、WeChatのアプリ内で展開されているMini Programを活用し、観光局やDMOなどがWeChat内に公式ホームページを開設するといったデスティネーションマーケティングにもいち早く取り組んでいます。
弊社が日本国内でLINEと提携したLINEトラベルjpも、わずか5ヶ月でLINEアプリ内のフォロワー数が一気に900万人を超え、国内のトラベル関連企業が持つ公式アカウントにおける友達数で最大規模になりました。韓国のKakaoも航空券が予約できるサービスを開始しました。
こうした動きはどんな新しい潮流をもたらすのでしょうか?
旅行の予約をするユーザーが増えるというだけでなく、これらのアプリがプラットフォームとして持つ、これまでのWEB(ブラウザー)の世界にない、ユニークな機能や特性が活かされた新たなサービスが生み出される可能性があるという点が大きなポイントだとみています。WeChat PayやLINE Payに代表されるモバイル決済機能はタビナカ分野を中心にこれまでに存在しなかったようなユニークなサービスを生む可能性があります。メッセージングアプリが持つグループチャット機能やユーザーのロケーション情報も同様に今までできなかったような新しいサービスを生み出す可能性が高いでしょう。
スーパーアプリを通じて旅行・観光の世界でもいよいよアジア発のイノベーションが起きると考えるととてもワクワクします。2019年7月4・5日に開催が決定したWiT Japan & North Asia 2019では、スーパーアプリを活用したトラベル領域での新たなサービス内容や実績についても話題になるはず。今からとても楽しみにしています。