観光客の増え過ぎ問題(オーバーツーリズム)と住民の「いらだち指標」を考える ―解決のカギは観光への信頼と利益認識【コラム】

観光の場において住民の意識を調査すること、その重要性は頻繁に指摘されてきました。アメリカのハワイ州やオーストラリアのクイーンズランド州など、観光地で住民の意識を調査している地域は多くあります。学術分野でも住民意識に関する研究は非常に人気のあるトピックで、多くの先行研究が積み重ねられてきました。今回のコラムでは、観光産業や観光開発等に対する住民からの支持を獲得するには何が必要なのか、住民意識に関する先行研究の発展の流れから読み解いていきます。(執筆:公益財団法人日本交通公社 観光政策研究部 研究員 池知貴大)

場所のマーケティングが重要に

マス・ツーリズム時代は観光客と住民の行動範囲は比較的分離されていましたが、近年に入り、住民と観光の関係性は非常に密接したものになってきています。例えば、「本物らしい(Authentic)」経験を求め、よりローカルなものに興味をもつ観光客が増えています。検索エンジンの発展により、ガイドブックが中心であった時代に比べ、観光客はローカルな情報に簡単にアクセスできるようになりました。民泊のように一般住宅に混じった宿泊施設が増えたことも、住民と観光客の接触を増大させている一因でしょう。

国際的な競争が激しくなる中で、「場所」のマーケティングも重要になっています。多くの国・地域で、宿泊税収がそうしたマーケティングに使われてきましたが、たとえ宿泊税が観光客から徴収されているとしても、税収をそのような施策に使うことに住民が理解を示してくれるとは限りません。このような状況では、住民からの支持を得ることが、観光政策を進めていく中で今までにも増して重要になってきます。

住民意識に関する研究の始まりは、1970年代ごろまで遡ります [参考資料1]。背景には、観光開発が進むとともに弊害も明らかになっていくなか、住民の支持を得ることが持続可能な観光開発を可能にする条件であるという問題意識がありました。残念ながら、この頃の研究の多くは、観光地における住民意識を調べ、それをただ記述するものでした。Doxeyの「いらだち指標」(図1)はこの頃に発表されたものです。この指標は、観光客が多くなるにつれて、住民の観光客に対する反発がひどくなる様子をあらわしています。

筆者作成

上記のような記述的な研究のみでは、「どうしてそのような住民意識になったのか」や「どのようにしたら住民意識を改善できるのか」といった問いに答えられません。1990年代になると、「住民の意識がどうであるか」ということを様々な地域で調査するだけの記述的な研究への批判が高くなり、より分析的な研究・理論的枠組みを持った研究の必要性が唱えられてきます。

住民は利益と費用を天秤にかける?

一方、住民意識の研究において現在もっとも頻繁に利用されるようになった理論が、社会交換理論(Social Exchange Theory)です [参考資料2]。詳細な説明は省きますが、この理論を利用した先行研究では、観光産業による利益が高いと感じ、費用が低いと感じるほど、観光発展や観光開発への支持が高くなるということが示されています(図2)。経済的・社会的・環境的な影響というカテゴリーのなかでは、経済的な利益が最も強く影響するということも判明しています。つまり、観光による経済活性化などの利益が多いと感じるほど、住民からの観光発展への支持につながるということです。

筆者作成

かなり単純化されていますが、住民の観光への態度を理解するベースとしては納得のいく研究結果ではないでしょうか。近年、オーバーツーリズムが多くの地域で問題となっている報道も増えています。住民の視点からすれば、観光客の増加による利益をあまり感じず、費用ばかりが増えていると感じているのかもしれません。観光に直接携わっていない住民からすると、混雑など目に見える弊害(費用)に対して、経済効果などの利益は非常に分かりにくいものとなります。このような場合には、観光の地域に与える利益を可視化し、住民の観光理解を向上させるような取り組みが必要になるのではないでしょうか。

自治体への信頼と観光の支持に相関関係

近年の研究では、社会交換理論だけでは住民態度を十分に説明できない、そもそも観光による利益・費用認識は何に影響を受けて形成されるのか分からないといった指摘から、ほかの理論を組み合わせた研究が増えています。

例えば、自治体への信頼と観光による利益認識の間には、相関関係があることが発見されました [参考資料3]。自治体を信頼している住民ほど、その地域で観光が利益をもたらしていると感じているということです。自治体が観光による経済波及効果を示したとしても、住民が自治体を信頼していなければ、観光による利益認識は変わらないこともあり得ます。

また、メガイベントの開催など、特定の文脈に限定した研究も増えてきました [参考資料4]。これらの研究では、より深く住民の観光に対する態度を理解するために、さまざまな理論や概念を組み合わせて仮説が立てられています。これら新しい研究の多くは社会交換理論を否定するものではありません。むしろ、社会交換理論が住民意識を研究する上で重要であることを認めながら、より住民意識を深く理解するために他の理論を利用しているのです。

日本でも、観光が盛り上がりを見せる中で、住民からの観光への反発が、「オーバーツーリズム」や「観光公害」といったラベルのもと、メディアで取り上げられ、住民への配慮は今までにも増して重要になっていきます。住民意識を単に把握するだけではなく、合意形成等につなげていくには、このような先行研究を参考にした施策が必要となるのではないでしょうか。

参考:

  • 資料1. Sharpley, R. Host perceptions of tourism: A review of the research. Tour. Manag. 42, 37–49 (2014).
  • 資料2. Ward, C. & Berno, T. Beyond social exchange theory. Attitudes toward tourists. Ann. Tour. Res. 38, 1556–1569 (2011).
  • 資料3. Nunkoo, R. & So, K. K. F. Residents’ Support for Tourism: Testing Alternative Structural Models. J. Travel Res. 55, 847–861 (2016).
  • 資料4. Gursoy, D., Yolal, M., Ribeiro, M. A. & Panosso Netto, A. Impact of Trust on Local Residents’ Mega-Event Perceptions and Their Support. J. Travel Res. 56, 393–406 (2017).

※このコラム記事は、公益財団法人日本交通公社に初出掲載されたもので、同公社との提携のもと、トラベルボイス編集部が一部編集をして掲載しています。

オリジナル記事:住民からの観光への支持を獲得するために [コラムvol.387]

池知貴大(いけじ たかひろ)

池知貴大(いけじ たかひろ)

公益財団法人日本交通公社 観光政策研究部 研究員。2015年東京大学法学部卒業。専門領域は計量マーケティング、観光政策、観光関連法制度。観光産業という商業活動の世界で、行政などの公的機関が果たす役割に関心を持ち、現場の課題解決のための研究に努めている。

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