世界の識者が語った観光の新潮流、出張旅行やサステナブル観光などの注目ポイント ー世界旅行ツーリズム協議会レポート

世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)がこのほど開催した年次総会、グローバルサミットでは、パンデミックで加速する旅行の新トレンドや業務渡航市場の未来について、世界の官民キーパーソンらが議論。日本からは観光庁国際観光部長の金子知裕氏、JTB取締役会長の高橋広行氏がパネル・ディスカッションに参加した。

急回復見せる米国の旅行市場

「旅行・ホスピタリティ産業の回復は、コロナ禍で受けた打撃の激しさと同じぐらい急速に進んでいる」と米国市場の現状を評したのは、同産業に特化した投資会社、セルタレスの創業者兼マネジングパートナー、グレッグ・オハラ氏。TSA(米国運輸安全局)の航空需要に関する数値やホテルの稼働客室当たり売上などの数字は、すでに2019年レベルを超えていることを例に挙げた。

レジャー需要における注目トレンドは、「アウトドア体験、グランピング、アドベンチャートラベル、ヘルス&ウェルネス。当社が投資する宿泊ブランド『ゲッタウェイ』では、郊外の自然の中で展開するキャビンが、業界トップレベルの稼働率となっている」とオハラ氏。業務渡航については、リモートワークや業務拠点の分散化が進んだことで、「(同氏が会長を兼任する)アメリカンエキスプレスGBTでは、ミーティングやイベント需要が出張を上回るペースで急回復している」と紹介した。

一方、中国マーケットの旅行トレンドについて、トリップドットコム・グループ最高経営責任者(CEO)、ジェーン・スン氏は「安全への関心が高くなり、団体旅行は小型化。ブッキング・ウィンドウ(予約確定から出発までの期間)と旅行期間がいずれも短期化している」と説明。中国発アウトバウンド市場については、「渡航規制が解かれたデスティネーションへの旅行需要は急回復している」(同CEO)と話す。例えば2021年第3四半期、欧州への入域規制が緩和されると、同社の欧州方面への航空券取扱いは前年同期比170%増に急増したという。

パンデミックは持続可能な旅行のきっかけに

WTTCによる2021年の調査結果から浮かび上がったトレンドの一つは、「あまり知られていないデスティネーションを旅行先として検討することが多くなった」(回答者の69%)。

こうしたポストコロナ期の旅行者意識に応じたイベント事例として、「New Trends on the Block」のパネルでは、日本政府観光局(JNTO)が先ごろ、米国ニューヨークで開いたプレス向けイベントで、北海道や先住民族アイヌ文化を取り上げたことが話題に上った。

観光庁国際観光部長の金子知裕氏は「パンデミック以前、外国人旅行者の訪問先は、全体の6割が東京、大阪、京都に集中しており、これ以外の地域への誘客が課題となっていた。特に北海道は、2023年アドベンチャーツーリズム・ワールドサミットの開催都市でもあり、北海道の食、文化、自然景観のプロモーションに力を入れていく」と話した。

海外の旅行関係者からは、日本政府がいつ、外客受け入れを完全再開するのかに注目が集まっているが、「まだ時期について具体的には答えるのは難しい。国内外の感染状況、さらに空港の隔離などの対応力にも左右される」と金子氏は答えた。

観光庁国際観光部長の金子知裕氏

またWTTCの同調査では、「カーボン・ネガティブ(CO2排出量よりも吸収CO2の量が多い状態)旅行に関心がある」回答者は全体の55%と控えめな数字にとどまった。この点について、英国のデータ分析会社YouGovの旅行・観光担当グローバルセクター・ヘッド、エヴァ・スチュアート氏は、「消費者は、(一歩進んだ)カーボン・ネガティブという言葉に馴染みが薄いのではないか。サステナブル、あるいはレスポンシブルな旅、と聞けば関心は高い」と指摘。

YouGovがモニタリングしているデータからは「パンデミックを経て、水やエネルギー問題への関心は高まっており、肉を食べる回数を減らす、ローカルプロダクトを選ぶなど、具体的な行動にまで変化は及んでいる」と同氏。その結果、「自然な流れとして、これからは旅行先や宿泊施設などを選ぶ際も、同じように考え、行動するだろう。加えて、旅行者自身もコロナで大変な経験をしているので、地域社会に対する共感力が高くなり、訪問先の地域に貢献できることへの関心も高い」と指摘。消費者に選択肢を提供し、考えを実践できるようサポートすることが、旅行業界の役割と訴えた。

同社推計によると、レスポンシブル旅行を求めている人は世界で約3億人。レスポンシブルな商品に払う価格についての許容範囲は10%増まで。スチュアート氏は「日常生活ではサステナビリティが定着している北欧でも、休暇になると、リラックスすることが優先される傾向はある。サステナブルかつリラックス、これを両立できれば勝者になれる」との見方を示した。

パンデミックは、「未来は変えられる」という希望も示してくれた、と話したのは、インドの旅行会社、TBOホリデイズのマネジングディレクター兼TBOグループ共同創業者、グロブ・バトナガ氏。「気候変動は、人間の力で逆回転させることもできるのだと考えるきっかけになった。空気汚染がひどいデリーだが、2週間のロックダウン後、空がクリアになり、町がきれになっていた。我々はサステナビリティについて議論するとき、本当に可能なのかと懐疑的にもなるが、自分の目で、実際にデリーの変化を見たことは大きな経験になった」(同氏)。

パネルディスカッションの様子ビジネス、観光に続く第三の領域

旅行産業の回復には、収益性の高い業務渡航マーケットの動きも重要になるが、zoomやTeamsなどの会議プラットフォームが普及した今、業務渡航マーケットはもう元には戻らないのだろうか?ビジネストラベルの未来を取り上げたパネル「The Business of Travel」では、登壇者から「マーケットの縮小ではなく変化」、「唯一、代替できないのがヒューマンタッチの重要性」などの意見が相次いだ。

マスターカードのデジタルIDサイバー&インテリジェンス・ソリューション担当副社長、ダン・ジョンソン氏は「100%リモートではビジネスが完結しない。特に新しい取引関係作りは難しい。一方、バーチャル・プラットフォームのおかげで、以前よりスピーディにビジネスが進むようになったのは間違いない。大勢が一度に同じ内容を視聴することもできる」と指摘。

「会議の合間のコーヒーブレイクに弾む会話など、リアルの場にしかないコミュニケーションは恋しい」が、目的地に確実に予定通りに到着し、商談を成功させることが求められる業務渡航において、「今の状況では不確定要素が多く、オンライン会議に頼りがち。検査や書類手配のコストも、企業にとっては、出張抑制に働いている」(ジョンソン氏)と話した。

スペイン政府観光局ディレクタージェネラル、ミゲル・サンズ氏は「ビジネストラベルの未来は明るいが、その姿はパンデミック前に考えていたものとは違うだろう。会議プラットフォームの進化により、コロナ以前にあった需要の一部は戻らない。だが同時に、新しい需要も生まれている」とし、デスティネーションや政府が、ワーケーションなど、新しい形の“業務”渡航に向けた対策を考えること、産業界によるプロダクト開発が今後を左右するとの考えを示した。

空港での隔離や旅行キャンセルなど、コロナ禍による不測の事態に対応した旅行保険を扱うニブ・トラベルCEO、アナ・グラッドマン氏は「働き方が変わったことで、旅行者の出張に対する期待値も変わった。例えば、滞在期間を伸ばしてリモートワークしつつ現地を楽しみたい」。だが、こうした需要に本気で取り組むのであれば、「整理すべき複雑な問題も山積みだ」と指摘。滞在先の国の税制、就労ビザ、安全対策など、消費者の期待に応えるために考えることは色々あるという。

JTB取締役会長の高橋氏は「我々は、ビジネストラベルだけでなく、ビジネスソリューションを提供する、という考え方に転換している。当社の顧客は民間企業から政府機関、自治体、学校など様々だが、クライアントそれぞれの課題解決を支援する」との考え方を示し、日本で自治体のワクチン接種会場オペレーションを受託した事例を紹介。JTBが旅行業で培ってきたノウハウを生かすことで、ソリューション事業の可能性は限りなく広がっていくと話した。

ビジネストラベル市場では、業務渡航でも観光でもなく、ブレジャー(ビジネス+レジャー)とも違う、新たなカテゴリーが出現しつつある、という見方で、パネリストの意見は一致した。

プエルトリコ観光公社エグゼクティブディレクター、カルロスM.サンチャゴ氏は「新しい時代のなかで、(観光、ビジネスに続く)第3の領域が広がりつつあると捉えている。受け入れるデスティネーション側も、この層に向けた取り組みやインフラ整備が必要だ。これからどう発展し、進化していくのか楽しみでもある」と期待を込めた。

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