シンガポール政府観光局の新局長に観光戦略を聞いてきた、サステナブルへの取組みからテクノロジー改革まで

シンガポールでは2022年8月29日、国境を完全にオープンし、海外市場に向けた旅客誘致が本格化している。このほどシンガポール政府観光局(STB)北アジア局長に就任したセリーン・タン氏は「パンデミック下であった規制はほぼ撤廃された」と話す。

国境オープンに先立ち、シンガポールでは4月からワクチン接種済み旅行者レーン(VTL)を設置。VTL利用者は、4~6月は250人ほどだったが、6~8月は300万人に増加。「ずっと旅行を控えていた人たちの需要が、これから一気に回復すると期待している。大型イベントもシンガポールに続々、戻ってきており、実際にそうなるだろう」とタン氏は自信を示した。

需要回復が急加速、観光の供給維持で競争力保つ

9月末には久しぶりにF1レースがシンガポールで開催されたほか、大晦日には、JCBやサンリオが協賛する未来型花火エンターテインメント「スター・アイランド」のシンガポール公演が2019年以来、3年ぶりの開催へ。2022年の海外訪問客数は400万~600万を目標としている。1~8月までの累計外客数(暫定値)は前年同期比で約20倍の290万人。2019年実績の1910万人にはまだ及ばないものの、「ここ数か月、需要回復ペースは急加速している。STB統計数字だけでなく、シンガポールの旅行事業者からも同様の声を聞いている」(タン氏)。

コロナ禍の中、STBでは「まず観光産業のマンパワーや供給レベルを出来る限り維持し、中核となる業種の競争力を保つこと」(タン氏)にフォーカスしてきた。同時に、海外からの旅客が消滅するなか、国内の旅行市場に照準を合わせ、ローカル需要を取り込むための観光プロダクト開発をサポート。こうした取り組みが奏功し、「結果的に、シンガポールの旅行・観光プロダクトの内容が、従来よりディープなものへと磨かれ、地元を知り尽くしたローカルも驚くような新しい商品開発が進んだ」(タン氏)。

STBが現在、進めているリカバリーキャンペーンのキーワードは「リイマジン(Reimagine)」。コロナ禍で国境を超える旅行が難しかった間にも、各地で新しい魅力や楽しみ方が続々登場していることを、日本など海外マーケット向けにアピールすることが狙いだ。例えば、セントーサ島の新アトラクション「ハイドロ・ダッシュ」や米国発のアイスクリーム博物館、旧タイガーバーム・ガーデンが生まれ変わった「地獄博物館」、ボタニックガーデンの新しい蘭の温室など。

今年末から2023年にかけては、ホテルの新規開業やリブランドも相次ぐ。ラッフルズホテルは、シンガポール国内2軒目となる「ラッフルズ・セントーサ・リゾート&スパ」を今秋に開業。「シンガポール初の廃棄物ゼロのホテル」を掲げるパンパシフック・オーチャードは2023年にオープンする計画だ。


日本市場向けに都市型ウェルネスを訴求

日本マーケットについては、どう見ているのか。タン氏は「歴史的に長く、多方面に渡る様々なつながりがあり、食を始め、色々な嗜好において両国の間には共通点も多い」と話し、こうした強い絆が、シンガポールの観光プロモーションにおいて大きな武器になると見ている。ただし、パンデミックによる空白期間が空いてしまった今は、「シンガポールのことなら、よく知っているという方にも、ぜひ新しいシンガポールを見に来てもらいたい」と力を込める。

なかでもSTBが力を入れている分野の一つがウェルネスだ。もともと長期的な戦略に「サステナブルな都市型デスティネーション」を掲げていたが、パンデミックを経て、心身の健康への関心が加速するなか、「シンガポールには様々なウェルネス関連施設やプロダクトがあることを、もっとアピールする必要がある」(タン氏)。

シンガポール政府観光局のセリーン・タン北アジア局長

その一環として、今年6月には2週間に渡るウェルネス・フェスティバルを開催。巨大な人工ツリーでお馴染みの植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」や「ジュエル・チャンギ・エアポート」の滝の前など、同国を代表するアイコニックな景観の中で、でヨガや太極拳クラスからシンポジウムまで、計120のプログラムを行った。同イベントは来年も開催が決定している。

タン氏は日本マーケット向けにも、シンガポールを「都市型ウェルネス」と位置付けて訴求していく考えで、「日本の旅行事業者向けにも、ウェルネス関連の観光素材について最新情報を提供し、旅行商品の造成に役立ててもらいたい」と話した。

サステナブル、テクノロジー改革でコロナ後に対応

また、STBとシンガポール・ホテル協会は今春、「ホテル・グリーン・ロードマップ」を策定。2030年までに、加盟ホテルの60%がサステナビリティに関する国際認証を取得すること、2050年までの100%カーボンニュートラル(排出量の実質ゼロ)達成を盛り込んだ。「非常に野心的な目標で、やることは多いが、ごみ、水、電気の効率的な管理などに産業を挙げて取り組む覚悟を示した」とタン氏。シンガポールでは、この他にも、ショッピングモールやオフィスビルを手掛ける不動産開発会社、キャピタルランドによるグリーンなビル運営など、脱炭素に向けた様々な取り組みが様々な領域で進んでいるという。

コロナ禍の前から動き出していたが、パンデミックを経て加速しているもう一つのトレンドが、ツーリズム分野でのテクノロジー改革だ。STBでは、2019年から、民間事業者のデジタル改革を支援するため、様々なデータ分析ツールを集めたオンライン・プラットフォーム構築に着手していたが、これをスピードアップ。自社のテクノロジー変革の進捗状況を知るための分析ツールや、各社が抱える課題と、それに合致したソリューションとのマッチングサービスなどを提供している。

また、観光との親和性が高いAR/VR技術については、STBが開発に必要な各種アセットを100以上用意し、観光関連事業者向けに無償で提供している。「これもパンデミックを機に注目度が高まったテクノロジー。ただ、STBが調査した結果、非常に高額であることが導入しづらい要因だと分かり、支援が必要だと判断した」。

官民挙げて協力体制を整えながら、シンガポール観光が海外マーケット攻略に再び動き出している。

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