いま、地域観光には「サステナブルツーリズム(持続可能な観光)」や、「リジェネラティブ・ツーリズム(再生型観光)」への転換が求められている。しかし、これら新しい観光のカタチは一朝一夕に実現するものではなく、中長期的な視点での取り組みとなる。地域としては現状の課題への対応と足元の需要獲得も必要で、コロナ禍からの回復と並行した活動が不可欠となっている。
2023年9月15日開催のトラベルボイスLIVEでは、ハワイ州観光局日本支局のミツエ ヴァーレイ局長が出演。2019年に再生型観光を目指す5年計画の観光戦略を立てたハワイは、どのような課題に対峙しながら足元の需要獲得と再生型観光に向けた活動をしているのか。講演内容をまとめた。
日本マーケットの回復が急務
ハワイは米国本土からの旺盛なリベンジ旅行の需要を受け、2023年7月末現在で旅行者数はほぼコロナ前水準に、消費高はコロナ前を超えた。ただし、日本人旅行者数は、2019年同期比で30%程度。海外旅行に対する日本人のマインドや燃油価格の高騰など、様々な要因があげられるが、特に日本/ハワイ間の航空座席供給量は2023年7月末現在、2019年の約半分に留まっている。2023年9月~11月にかけて予定されている増便によって、同60%まで戻る見通しだ。
ヴァーレイ氏は、ハワイ観光と日本マーケットの現状を説明しながら「今はとにかく、日本マーケットをリカバリーし、ハワイでの日本のポジショニングを高めることが大切」と、直面している課題と日本市場を早期回復させる重要性を強調した。
そこでハワイ州観光局が第一に注力しているのは、ハワイ直行便就航都市での販促プロモーションと、運航再開に向けた航空会社や旅行会社へのサポートだ。あわせて、客層別のターゲットマーケティングも展開する。キャパシティが限られるなか、ヴァーレイ氏は、最初に動くリピーターから6月と秋に需要の高いウェディングや新婚旅行などのロマンスマーケット、そして、プチ富裕層や3世代の家族、エシカル志向の若年層へと「順番に、ターゲットに向けてメッセージを出している」と説明する。
また、31もある日本の姉妹都市との相互交流も重視する。今年7月にはハワイで初の「姉妹都市サミット」も開催しており、今後、ビジネスや教育、観光などでの相互交流につなげていく考え。そして、旅行業界や消費者に向けたメッセージングでは、BtoBのトレーニング、BtoCのイベントなどで丁寧な情報提供をするとともに、ハワイ特有の魅力の発信を強化していく。
ヴァーレイ氏は「日本市場は、ハワイが求めるレスポンシブルな旅行者が多いこと、ハワイとの関係性の強さを重視していく。そのためにも、サービスやプログラムを(旅行業界と)一緒に構築していきたい。この商品開発が重要であり、今後の再生型観光に関係していく」と話した。
コミュニティの声を反映し、還元へ
次にヴァーレイ氏は、ハワイの再生型観光の取り組みを説明した。ハワイでは2016年ごろからレスポンシブルツーリズムへの意識が高まり、2019年には再生型観光の推進に向け、「自然保全」「文化継承」「コミュニティリレーション」「ブランドマーケティング」の4本柱からなる5年計画の観光戦略を策定した。
そしてコロナ禍に全世界の旅行がストップすると、ハワイ州内に向けたコミュニケーションやプロモーションを強化。特にヴァーレイ氏が「革新的だった」という取り組みが、ハワイ州観光局をはじめ、州や群、市の観光担当者が州内すべてのコミュニティに出向き、話しあいをしたことだ。地元の住民やビジネスリーダーなどと現状の問題点や今後の懸念、要望などを聴き、議論した。あわせて、ハワイにおける観光の重要性やコミュニティが観光に参画する重要性を説明した。
その結果を踏まえ、ハワイの島ごとに再生型観光に向けたデスティネーション・マネジメント・アクション・プラン(DMAP)を設定。こうした取り組みを通して、ヴァーレイ氏は「地元の方々の観光への参画が促進されている」と話す。
特徴的な取り組みの1つが、地元団体やコミュニティへの還元だ。コミュニティが企画するイベント、自然保護や文化継承につながるサステナブルな体験といったプログラムに、宿泊税を原資に補助金を出す。すでに100以上の団体が利用しており、活性化しているという。
また、住民の声が大きくなりがちな場所、オーバーツーリズム対応では、その程度に応じて対応し、ダイヤモンドヘッド州立記念碑やハナウマ湾自然保護区など6つのエリアでオンライン予約と入場料徴収を開始。条例や規制が設けられている場所や懸念の声が上がり始めたスポットなどはマッピングし、「センシティブ・デスティネーション&アクティビティ」として、観光関係者やメディアに公開している。
こうしたスポットは、観光関係者やメディアに提供しているプロモーション用のナレッジバンクから写真や動画を削除するとともに、対象エリアの情報発信の仕方について注意を促す取り組みも始めた。観光関係者やメディアに対しては、地理や文化的背景から伝統・習慣の詳細などを知ってもらうためのツールも作成し、提供している。
顕在化しはじめたムーブメント
ハワイの観光事業者にも変化が起きている。例えば、ホテルやアトラクションではアメニティをはじめ、サステナブルツーリズムのプログラムや体験が増加。ヴァーレイ氏は「新しいプロダクト開発をする動きが盛んになっている」と、ビジネスでの機運が上がっていることを説明する。
さらに、ハワイでは以前から、ハワイ産の農産物、伝統工芸品など「メイドインハワイ」の商品プロモーションをしてきたが、コロナ禍後にはさらに強化。ヴァーレイ氏は先ごろ東京で開催された「ギフトショー」でのハワイブースの情報交換が活況だったことに触れ、「新しいデザインやプロダクトも生まれている。このムーブメントも観光サービスにしていきたい」と、観光とのコラボレーションに期待を寄せる。
ヴァーレイ氏によると、こうした変化をもたらす原動力となったのも、コミュニティとの対話。州にデスティネーションマネジメントの部署を創設し、その責任者も一緒に対話に参加した。最初は不満や憤りなどが寄せられたが、その後「どうすれば変革できるか」という議論に変わっていった。「本局の担当者からは、根気よく対話をすること、そして直接会って話すことも大切なことだったと聞いている」と話す。
そして、ハワイの観光推進の意識も変化。「コミュニティをはじめ、旅行者を含むステークホルダーとともに持続可能な観光を推進するには、マーケティングではなく『マネジメント』、プロモーションではなく『エデュケーション』という言葉を使おうという意識が生まれた」という。
司会進行のトラベルボイス代表の鶴本は「時代にあった、世界でも先駆的な考え方だと思う。これまでDMOの『M』はマーケティング/マネジメントといわれてきたが、今回の話からはマネジメントがあってこそのマーケティングであると強く感じた」とコメント。
さらに鶴本は、ハワイでは住民を対象とした観光業への満足度調査と観光客数から測定した数値を重視して観光を推進していることや、DMAPでは3カ月ごとに結果を公開していることにも言及。「よくエビデンスベースといわれるが、きちんと数字を出し、具体的な結果を示すことは重要なポイント」と話した。
マウイ島山火事での観光危機管理
ヴァーレイ氏は2023年8月8日に発生したマウイ島山火事での初期のリスクマネジメントについて説明した。
山火事発生後、ハワイ州はオアフ島のハワイコンベンションセンターに24時間体制の緊急対策本部を立ち上げた。まずは旅行者と地元住民の避難を最優先に、ハワイコンベンションセンターが2000人の収容が可能な避難センターを即日開放。赤十字や病院、ボランティアなどが備えた。
避難した旅行者は最初の3日間で約4万6000人に及び、彼らをハワイ島やオアフ島、米国本土(帰途)に移送。空いたホテルの客室に地元住民のほか、消防隊員、警察官など救護・救援に関わるファーストレスポンダーを集約した。
ヴァーレイ氏は今回の危機管理を体験し、特にホテルや航空業界など観光関係者の連絡網に感心したという。観光客や住民を迅速に避難させるには連絡網が不可欠で、それをもとに緊急対策本部でのミーティングがおこなわれた。ハワイ州観光局日本支局は日本語での情報伝達を担っていたが、各所の状況をしっかり伝えることができたのも、連絡網が有効に機能していたからこそ。ヴァーレイ氏は「危機の発生時にも、観光客と住民の安全を守れるデスティネーションであることを、自信をもって伝えることができる」と実感したという。
なお、ハワイ州知事は2023年10月8日からラハイナを続くマウイ島西部の完全再開を宣言し、渡航制限を解除した。最新情報は、ハワイ州観光局のホームページで発信している。
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記事:トラベルボイス企画部