2024年年5月に開催されたBtoB向け観光商談展示会「iTT国際ツーリズムトレードショー」の基調講演では、福岡県の原鶴温泉にある「ほどあいの宿六峰舘」の社長で、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)の会長を務める井上善博氏が、旅館を中心とした日本特有の「宿文化」について、その維持・発展・継承の重要性について講演した。
宿泊施設が直面する課題から、その打ち手まで、講演内容をレポートする。
宿泊施設が直面する4つの課題
井上氏は、日本の「宿文化」について、「地域に根ざした宿は日本の各地に存在し、まさに、その地域の関わりの深さが宿文化の根底にある」と強調したうえで、その維持や発展に向けて、宿が抱える課題として4点を挙げた。
一つ目が宿泊産業の地位の低さ。井上氏は「全産業のなかでも賃金が相対的に低い。いわゆる3K職場であるといった理由から、若い人たちが就職を考えるとき敬遠されがち」と嘆く。また、コロナ禍で離職者が相次いだことも反省点として挙げた。
そのうえで、「宿泊産業が日本の基幹産業となるべく、今後は、全旅連としても宿泊業を憧れの産業にしていかなければならない」と力を込めた。
2つ目が働き手不足。あらゆる産業で見られる課題だが、宿泊業ではその傾向が顕著になっている。井上氏によると、特に客室清掃などの裏方の仕事や仲居や料理人などで問題が顕在化しているという。「コロナが5類に移行してから、インバウンドも戻ってきたが、働き手不足から十分な部屋を提供できていない」との現状認識を示した。
3つ目がデジタル化の遅れだ。特に旅館は、小規模の事業者が多く、家族経営的な事業者も多いことから、デジタル化が遅れている。井上氏は「働き手不足の解消するためにも、また、災害時の情報収集での連携でも、デジタルの力を借りる必要がある」と主張した。
4つ目の課題として挙げたのが自然災害に対する脆弱性。今年1月1日に発災した能登半島地震でも、その課題を実感したという。井上氏は、「自然災害によって宿の経営は大きく左右される。(自然の恩恵を受ける)『温泉』が重要な要素で、どうにか自然と共生しなければならない」と述べた。
課題解決に向けた全旅連の取り組みとは
井上氏は、そうした課題に対する全旅連の取り組みも紹介した。
まず、全国でエスカレーター事故が多発していることから、宿泊施設として利用マナーの啓発活動を推進していることを挙げた。井上氏は、その目的を「観光客に優しい、誰でも安心して旅行ができる環境をつくること」と説明した。
また、全旅連青年部の主導のもと、1992年に毎年8月10日を「宿の日」と制定。宿泊施設の地位向上を目指し、全国47都道府県で旅館・ホテルが同日に花火を打ち上げていることも紹介した。
加えて、今年2月には、インバウンド市場の活性化を目的に、「未だ見ぬJapan」を発掘する「宿フェス2024Ryokan Festival un Tokyo」を開催。2日間で3万人以上が来場したという。
さらに、温泉は日本固有の文化であることから、「温泉文化のUNESCO無形文化遺産登録に向けた活動」も説明。井上氏は「温泉文化の価値を国内外に広め、『ONSEN』を世界共通語にしていきたい」と意欲を示した。
このほか、全旅連では、お祭り、伝統芸能、歴史的建造物など地域固有の価値が失われていることに対する危機感を共有。宿泊施設は「地域のショーケース」(井上氏)であることから、観光庁の支援を受けながら、宿の高付加価値化を進め、古い温泉街のイメージを払拭していく方針を示した。
働き手不足への対応では、2018年に宿泊業技能試験センターを設立。特定技能在留資格取得のための評価試験を国内外で実施している。また、多国籍人材の登用に向けて、海外でジョブフェアなども開催しているという。
デジタル化の遅れについては、全旅連としては、まず災害時の対応を進める。具体的には、宿泊業界向け災害時連携システムの整備を急ぐ。
井上氏は最後に、「新たな旅館やホテルを建てることはできるが、地域の伝統、文化、価値に根ざした旅館が一度なくなると、同じ価値を持つ旅館は二度と再生できない」と強調。先人から受け継いだ「宿文化」を維持・発展させ、後世に引き継いでいく決意を示した。