星野リゾートは、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響で、国内外に運営する42施設のうち7施設を休館、3月から6月に開業を予定していた5施設の延期を決定した。緊急事態宣言下の4月と5月の売上は8~9割減、需要に合わせて社員の一時帰休も行っている。それでも、同社代表・星野佳路氏は「必要以上に悲観的になってはならない」と、危機対応にあたっている。
時代と旅行者の需要を的確にとらえて拡大を続けてきた星野リゾート。その成長を牽引してきた星野氏は、観光産業にとって未曽有の危機を迎えている今、何を考え、行動しているのか? 星野氏に、同社の生き残り戦略から旅行市場の需要予測まで聞いた。
緊急事態宣言からの18か月間で非常時対応を計画
星野氏は、COVID-19が観光に与える影響は、新薬やワクチン開発、または集団免疫の獲得による安心感の醸成がされるまで続くと予測。5月14日に緊急事態宣言は一部解除となったが、今後も感染の第2波、第3波の発生と今回のような自粛と緩和が繰り返され、この間の観光需要は平時とは異なる特殊な動きになると見ている。その期間を、今年4月以降の18か月間とし、この非常時の経営計画を立てている。
そうすることで、「4月5月の激減分は、計画の範囲内と捉えることができる。必要以上に不安になったり、問題視しないことが大切」と強調する。
コロナ終息後の旅行需要は「V字回復どころかジャンプする。ニーズも従来と変わらない」、というのが星野氏の見立てだ。「これだけのストレスのある生活からの解放を求め、今も旅行需要そのものは相当高まっていると思う」と話す。そして終息を待たずとも、この18か月間にも「元に戻らないまでも、ある程度の需要が戻ってくる。そのマーケットが日本には確実にある」と力を込める。
企業としては、その時まで生き残ることが重要。それまでの期間の特殊な需要を捉え、その需要を最大化することに注力する考えだ。
保養目的の“ご近所観光”から戻る
では、コロナ期の旅行需要をどう見ているのか?
星野氏は今、各種メディアでの露出を拡大し、「マイクロツーリズム」(地元での観光・旅行)について発信を強めている。このマーケットは近年、日帰り観光が主流になったが、県境を越える遠距離移動の自粛要請が続くなかでは、公共交通機関の利用を避けて自家用車で行ける近距離旅行の需要が増えると見込こんでいるからだ。
また星野氏は、マイクロツーリズムの需要が見込める根拠として、高度経済成長期に多くあった旅行形態であることも説明する。その旅行とは、保養目的で行く滞在型旅行。星野氏の原点である軽井沢の場合、当時、東京からの旅行者が訪れていたのは夏場がほとんどで、ほかの時期は農閑期の関係団体などが地元から来て保養滞在をしていた。上げ膳据え膳で、地元にない食材で作られた豪勢な料理を楽しみ、日ごろの疲労を癒す滞在。日本には、そういう旅行者の素地があり、対応可能な施設があるので、自粛に疲れた人々が最初に目指すのは、こうした旅とみる。
実際に、星野リゾートが運営する施設で、マイクロツーリズムは顕在化している。感染拡大の抑制に成功し、旅行が再開されている台湾の温泉地に昨年開業した「星のやグーグァン」だ。ここでは、計画をはるかに上回る予約推移がみられるという。
「台湾の人々は海外志向が強く、島内の観光地は過小評価されていた。しかし、僕からすれば湯量は素晴らしく、良い施設になると思って開業を決めた。(台湾から)海外旅行ができずに島内観光が活況となるなかで注目され、業績に直結している」と、星野氏は話す。
日本市場で戻りやすいとみているのは、小規模で、もともと三密回避に向いている施設。自家用車でアクセスでき、食事は個室、というような施設だ。都市観光型のホテルは戻りが遅く、特に宴会など3密そのものが商品である施設は、「本質を変えるための時間的な余裕はないので、すぐに対応できない」という。
いずれにしても、「3密が危険であることを学んだマーケットは、終息するまでの期間は平常時とは違う動きを見せる」と星野氏。これに対応するためには、「我々が変わらなくてはいけない」と強調する。
コロナ期の旅行者ニーズとは?
星野リゾートでは3月上旬から、ビュッフェ対策や客室への食事持ち帰り、1フロア貸切プランなど、施設ごとに感染防止策や新プランを打ち出してきた。感染リスクへの不安を持つ宿泊者のニーズにこたえたプランが奏功し、緊急事態宣言が発出される前の3月は、グループ内の施設の稼働は前年並みで推移したという。
緊急事態宣言下の4月下旬には、グループ全体の衛生管理と3密回避を徹底する感染予防策を発表。これを先ごろ、「最高水準の新型コロナウイルス対策宣言~星野リゾートが考える3密回避の旅~」に昇華させ、新しい運営スタイルを公式サイトのトップで案内した。
チェックインは客室での実施(星のや、界ブランド)や自動チェックイン機の利用(OMO、BEBブランド)、レストランでは混雑管理と入店時間の分散化や、一部施設のプールでは宿泊客のスマートフォンに混雑状況を表示するシステムも導入した(温泉にも導入予定)。3密回避の宿泊体験がどういうものかを、動画や画像で示している。星野氏は、「3密回避の旅=安心安全の旅。これをどのように説得力を持って説明できるか。これが終息するまでの期間の需要の大きさに関わってくる」とその大切さを説明する。
今後の計画としては、消費者調査を実施する予定だ。終息までの「特殊なニーズ」(星野氏)を捉えるのが目的で、緊急事態宣言が5月末で終了すれば、6月にもすぐに実施する考え。
これらを実現していくためには、社員の意識の醸成も重要だ。星野氏は、コロナの感染拡大が続く中、社内ブログなどで全社員に対する情報発信を強化している。需要予測やマイクロツーリズムから、率直に危機度を伝える「星野リゾートの倒産確率」まで、トップ自らの言葉で伝えるという。情報発信をすることで、「そのフィードバックから彼らの不安や課題を知ることができ、次回にその回答になる内容を発信する。対策の成果を出すには、全社員の協力は不可欠。取り組み内容の納得度を高めることが大切」と、社内の意識統一の重要性も強調する。
コロナの感染が拡大していた3月でも、温泉旅館ブランドの「界」のほとんどの施設では計画どおりの稼働で推移していた。この結果は、小規模の温泉旅館で、個室で食事ができ、客室でゆっくり滞在できる施設は、宿泊客に安心されるとの自信になった。同時に、宿泊者のアンケート調査からは、客室へのテイクアウトなど普段はないサービスに対する評価が高く、「コロナ期は安心安全を優先してほしいというニーズがあり、普段と異なるサービスをしても許容されることも分かった」と星野氏。「過去の常識をいったん忘れ、安心安全な旅に特化することが大切」と実感したという。
業界全体での3密回避の徹底、「安心安全の旅」が不可欠
では、今、観光産業にとって重要なことは何か?
星野氏は「この2か月で感染拡大を抑え込めれば、観光にとってはうまくいっている」と捉える。しかし、どこかの観光地でクラスターが発生してしまえば、たちまち「観光=悪」のイメージが広がる。
だから、今、一番重要なことは「観光が感染拡大にならないこと」と星野氏。それは、宿泊施設だけが努力をしても不十分で、移動・現地受け入れ施設・地域など、観光産業全体で取り組む必要がある。「(観光産業全体で)日本国内の旅行は感染拡大にならない安全なアクティビティというイメージを作っていくことが大切」と力を込める。
新型コロナは、これまでに経験のないほどの大きな影響を及ぼしている。しかし、過去にも観光産業には数々の危機が訪れ、それを乗り越えてきた。星野氏は、「この危機をしっかりと乗り越えられれば、5年、10年後に振り返った時に、(この経験が)星野リゾートの力となる」と、力強く語った。
聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫
記事:山田紀子