インバウンド復活に向けた日本政府観光局の取組みとは? 水際対策緩和を見据えた動き、地域・DMOへの提言を新理事長代理に聞いた

インバウンド市場が徐々に回復に向けて動き始めた。今年6月10日には観光目的の訪日が部分的に再開され、9月7日には日本入国時の陰性証明が条件付きで不要となる。しかし、訪日客が本格的に回復するには、まだ時間がかかりそうだ。

3年近くにわたって前代未聞の状況が続くなか、日本政府観光局(JNTO/国際観光振興機構)も、情報発信やプロモーション展開で模索を続けている。本格的な回復期に備えて、JNTOはどのような取り組みを進めていくのか。

コロナ禍の真っ只中、2020年7月に国土交通省から国際観光振興機構に入り、2022年6月28日付で理事長代理に就任した蔵持京治氏に聞いた。

※編集部注:本記事の取材は2022年8月1日に実施。出入国規制に関する記載は、本記事公開日(8月25日)現在の情報となります。

将来のために制限下の訪日客を大切に

観光目的の訪日が制限付きながら再開された6月の訪日外国人数は12万400人。7月は14万5000人となり、4ヶ月連続で10万人を越えた。訪日受け入れ再開の効果について、蔵持氏は「6月10日はビザ取得開始のタイミングなので、実際に数字に表れるのは7月から8月だろう」との見方を示す。

ただ、その動きも限定的にならざるを得ないとの見立てだ。現在のところ、日本入国時には入国者上限数がある。コロナ前までは訪日市場全体の7割を占めていた東アジアでは、韓国は6月から帰国後の隔離は免除となったものの、台湾は引き続き隔離を継続し、中国に至っては依然として観光目的の海外旅行は認めていない。さらに、欧米については「個人旅行(FIT)の解禁を待っている様子」だという。

規制がかかる中でも、部分的解禁に合わせて訪日する観光客はいる。「その人たちは、コアな日本ファン。大事にしなければいけない。その人たちの声が、今後の訪日市場の回復に向けて大事になってくる」と蔵持氏。地方の人たちからも歓迎の声が聞こえていることから、「マスク着用の不満を、満足度が超えてもらえれば」と願う。

緩和の段階に合わせて、柔軟に戦略展開

コロナ禍中、JNTOは従来通り海外への情報発信を継続するとともに、国内の賛助団体や会員とのネットワーク強化に努めてきた。

海外向けには、オリパラの機会を捉えた情報発信やSNSおよび動画による訴求を強め、「旅先としての日本を忘れてもらわないような取り組みを進めてきた」。また、欧州では、日本をまだ旅先として認知していない層に向けたアプローチも強化しているほか、アジアでは一歩踏み込んだ各地方の魅力を紹介するキャンペーンを展開している。

一方、国内では、アドベンチャー、サステナブル、高付加価値旅行のテーマを中心として、自治体・DMO向けのセミナーを開催するほか、賛助団体や会員へのコンサルティングでは、特に「デジタルマーケテイングの重要性を伝えてきた」。

依然として先行きは不透明だが、JNTOは訪日プロモーションの戦略の見直しを進めているという。蔵持氏は「それぞれの市場の調査を強化し、ターゲティングの精度を高め、その情報を地域と共有していく体制を整えていく」とその一端を説明した。

また、「水際対策の緩和の段階に応じて、次の打ち手は考えている」と話す。

JNTOでは、次のステップとして、FIT解禁を見据えた取り組みを推進しているところ。BtoCでは、観光客受入再開を告知し、FIT受入再開時には紙面広告を展開。BtoBtoCでは、航空会社や旅行会社と連携した共同広告を仕掛け、早期の回復が見込まれる訪日経験者を対象に訴求を強化する。

また、航空会社との連携も進め、国内・海外航空会社とオンライン広告を展開し、航空路線の復便を支援。FIT解禁のタイミングで、販促の広告宣伝を仕掛ける計画だ。

蔵持氏は「この2年半で学んだことのひとつは、最初から変更を前提とした事業展開をしていくこと。(プロモーションを実施する)事業者との契約も柔軟性を持って対応していく。コロナ禍では柔軟な旅行が求められているが、JNTOの事業も同じこと」と話し、緩和の状況や市場動向の変化に応じた機動的な活動の必要性を強調した。

蔵持氏「最初から変更を前提とした事業展開をしていくこと」

地域課題を共有し、同じ方向を向いて活動を

蔵持氏は、観光庁で観光地域振興部観光資源課長をはじめ、地域とつながりが深い職務のつとめてきた経歴をもつ。観光振興の活動を支援するなかで、長年、地域が抱える課題にも向き合ってきた。

その課題について、まず挙げたのがゴールの設定だ。

「観光事業、インバウンド事業を進めてくのは何のためなのか。それをはっきりと定めていない地域が多いのではないか」と話す。地域の産業振興が厳しくなり、地域内での消費が減少するなかで、外貨によって地域を豊かにしていく。「その強力なツールのひとつが観光」だ。

蔵持氏は「自治体とDMOがゴールを共有し、観光が地域にどれだけ貢献しているのかを示していく必要がある。そのうえで、地域住民が気持ちよく観光事業を支援していく体制を構築することが大切なのだろう。みんなが同じ方向を向いている地域は強い」と話し、JNTOとしてもそのメッセージを伝えていく考えを示した。

また、ゴール設定の前段となるマーケティングの重要性にも触れ、「特にインバウンドでは、ターゲティングを固めて、そのターゲットに求められるものを出していくことが欠かせない」と指摘する。国内観光とインバウンド観光では市場メカニズムが異なる。国内では、旅行会社や交通機関に送客してもらうことで成り立ってきたが、インバウンドではその手法は通用しない。蔵持氏は「とにかく多くの旅行者に来てもらうという考え方ではなく、どういった旅行者に来て欲しいのかを設定することが求められる」と強調する。

一方で、インバウンド市場でのターゲティングは容易なことではない。欧米豪とアジアでは旅行の趣向は異なり、欧州でも国によってニーズは変わる。「大切なのは、地域に合う旅行者のイメージを具体的に描いたうえで、需要サイドからのアプローチを意識しながら動いていくこと」と蔵持氏。JNTOとしてもその方向性を一緒に考えていくとした。

地域の観光資源と市場ニーズが合致すれば、現地消費が拡大する機会も広がる。「滞在時間が伸び、地産地消の食事、ユニークな体験アクティビティなど付加コストを付加価値として提供することで、地域がさらに潤うようになる」。それは、JNTOも重点テーマとして掲げるサステナブルツーリズムにもつながり、さらにインバウンドでも関係人口が創出される可能性も出てくる。

個人旅行が解禁されれば米国などは急回復、9月の商談会に期待

今後のプロモーション戦略について、JNTOは短距離市場と長距離市場とに分けて取り組みを進めていく計画だ。日本の水際対策が緩和されるタイミングを見ながら、それぞれの状況に応じて、打ち手を出していき、政府目標である訪日客数6000万人、消費額15兆円を「ブレずに目指していく」。

市場回復の見通しについては、東アジアは現状の規制を考えれば、早期の回復は見込めないが、「解禁されれば、引き続き大きな市場であることは変わりない」との認識。また、東南アジア、米国、豪州などは「FITが解禁されれば、急回復する」と見ている。

一方、欧州については、ウクライナ問題による飛行時間の延長、航空運賃の高止まり、人手不足などによる空港の混乱などで、「すぐにコロナ前に回復するのは難しい」との見立てだ。

このほか、蔵持氏は、今年9月22日~24日に3年ぶりにリアルで開催される「VISIT JAPANトラベル&MICEマート2022 (VJTM&VJMM2022)」についても言及。「商談会で国内セラーと海外バイヤーを繋いで、インバウンド市場を活性化させていく機会になる」と期待感を示した。

8月上旬現在、約200社がオンラインで参加し、約60社がリアルで参加する予定。来日バイヤーは、中国、台湾、香港などを除き世界中から集まる見込みだ。

また、VJTM&VJMM2022では、世界で関心が高まる「サステナブルツーリズム」について国内向けのセミナーを開催し、ポストコロナ時代に求められるサステナブルツーリズムの資源開発や商品造成などを働きかける。「環境も含めて地域の持続可能を考えなければ、日本が旅行先として選ばれなくなるという危機感を持っている」と蔵持氏。国内参加者にもその考えを共有してほしいと呼びかけた。

欧米や東南アジアなどでは、国境が再開すると同時にレジャー旅行者が急回復している。蔵持氏は「今はまだ厳しい状況が続くが、水際対策が緩和されれば、日本でも同じことが起きるだろう。JNTOとしては、これからも地域が元気になるようなインバウンド事業を展開していく」と前を向く。

訪日外国人旅行消費額は、コロナ前の2019年には4.8兆円にまで拡大した。コロナ禍を経ても、インバウンドが日本の経済成長を支える輸出産業であることに変わりはない。

JNTO理事長代理に就任した蔵持京治氏

聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫

記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹

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