サステナブル・ツーリズムとは何か? 欧州視察で見えたマーケティングとマネジメントの違い、最新事情を整理した【コラム】

こんにちは。観光政策研究者の山田雄一です。

2022年9月25日〜10月4日まで、欧州、デンマークとドイツにサステナブル・ツーリズムをテーマとした視察をおこなってきました。

今回のコラムでは、過去の欧州視察も含めて感じたことを整理しておきたいと思います。

基本的な背景(共通する環境変化)

まず、欧州におけるサステナブル・ツーリズムについて理解するために必要となるのは、欧州社会において何が起きているのかを理解することです。もともと、日本と欧州、または、米国などは、抱えている社会的背景が異なっています。国際化の進展によって様々な情報が流通するようになってきましたが、社会的背景が異なれば、その情報の解釈も変化し、別物となるからです。

私は、欧州のサステナブル・ツーリズムを理解するために、以下の3点の認識が重要だと思っています。

  1. 欧州の人々のライフスタイルが、環境配慮型に変わってきている
  2. 観光による地域振興実現において、中小企業の経営力強化が志向されている
  3. コロナ化を経て、コミュニティとの調整の重要性が一段あがった

1については、日本でも見られるようになってきていますが、欧州での意識はより一歩先にあります。これは地球温暖化を自分事として捉える人が多いためであり、特にレスカーボン、ゼロ・カーボンへの意識が高いと言えます。

さらに、デンマークでは学校教育の中で、食肉製造にかかる環境負荷について教育されることで、子どもたちが「肉食離れ」しているという話もあり、自身の生活と自然、地球環境とのつながり意識は、多くの日本人が考える水準を遥かに超える水準で社会が変化しつつあるのです。

2点目については、観光による地域振興において、地域の観光系中小企業(SMHE:Small Medium Hospitality Enterprise)が鍵になるという意識が「当然」となっているということでしょう。これは当然過ぎて、ヒアリングなどでも出てこないレベルです。もっとも、南仏などでは、また違った動きもあるようですが、基本的にSMHEを主たるプレイヤーとして、観光振興方策が検討されていることに違いはありません。

3点目は、1と2を含むものですが、観光振興とは地域での生活が豊かになる、幸福度の高いものになるためにおこなうものだという意識は、コロナ禍を経て、さらに強まっています。そのため、単純な観光客数×単価の世界ではなく、環境に対する配慮は当然だし、SMHEが生産額と生産性を高めることも重要となります。観光は経済行為ですが、その経済的効果を環境の維持保全や、生活の豊かさにつなげていこうという意識がしっかりしているのです。

これら3点は、あまりに「常識」なため、むしろヒアリングなどで先方から言及されることは乏しい状態ですが、こうした背景、環境変化が生じているということを意識して現地を見ると、起こっている事象を理解しやすくなります。

マーケティング/ブランディング領域における「サステナブル・ツーリズム」

こうした環境変化は、欧州全体に及んでいますが、それが直ちにマーケティングやブランディングにおいて、各地がサステナブル・ツーリズムを標榜することにはなりません。

その理由は、マーケティング/ブランディングというのは、競合先との相対的な差別化をおこなうために実施するものであり、実施していても、それが差別化要素とならないのであれば、「マーケティング/ブランディングを掲げる必然性」が乏しいからです。

さらに、サステナブル・ツーリズムというのは、ある程度、ストイックな意味合いも持つため、地域によっては、既存のメッセージ(構築されたイメージ)と衝突を起してしまう場合もあります。

その結果、ブランディングのメッセージとしてサステナブル・ツーリズムを取り上げる地域は、より先行的に環境対策に取り組み、市場での既存のブランドイメージも、そこに振れている北欧が主体となっています。

北欧では「サステナブル・ツーリズム」を、欧州内他地域との差別化要素として展開することによってロイヤルカスタマー(ハイ・リピーター)をつなぎとめ、ショルダーシーズンの集客(MICE連動)、単価の維持向上(北欧はもともと物価高)につなげていくためのメッセージとして利用しているのです。

もともと、北欧は独特の魅力によってリピーター率が高い(=ハマる人がどっぷりとハマる)地域ですが、そうしたハイ・リピーターがイメージする「北欧」は、まさしく環境に寄り添った地域であり、サステナブル・ツーリズムを掲げることは、彼らの「想い」に応えることでもあります。

一方、欧州の中部(ドイツ、スイス、オーストリアなど)も、十分に取り組みはおこなっていますが、北欧に対しては劣後している状況です。そのため、これらの国々がサステナブル・ツーリズムを掲げても、欧州内での差別化は困難な状況にあります。さらに、欧州中央部で、既にブランド確立されている都市やリゾートは、確固たる差別化要素を持っていて、その差別化要素を好意的に受け止めている既存顧客を持つ地域でもあります。ことさらにサステナブル・ツーリズムを持ち出し勝負する必要性は乏しいのです。

すなわち、北欧がサステナブル・ツーリズムを持ち出すのは、同地域のファンであるセグメント(ターゲット)の維持増大を目的としたニッチャー戦略の展開のためだと整理できることになります。

一方で、欧州というサイズでみると、また、違った側面も出てきます。

なぜなら欧州は、アジアや米国に比して、全体として相対優位にサステナブル・ツーリズムを展開できる立場にあるからです。そのため、欧州、EUという地域サイズで見ると、サステナブル・ツーリズムが全面に出てきやすくなります。

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このギャップが、視察時などにおいては混乱の原因にもなるのですが、これを理解するには「デスティネーション・サイズと旅行距離は比例する(ラケット理論)」ということを知識として持っておく必要があります。

こうした法則があるため、観光地マーケティング/ブランディングでは、より遠距離からの集客を図るには、より広域でまとまり全体をリードするメッセージを発信する必要があり、近傍からの集客を図る際にはより小さい地域単位で、周辺の地域と差別化し個性を際立たせる必要があることになります。

つまり、サステナブル・ツーリズムは、欧州内のショートホールでは北欧しか差別化メッセージとして利用できないものの、アジアや北米などからのロングホールでは欧州全体の差別化メッセージとして利用できるということになります。

サステナブル・ツーリズムがブランド・メッセージとして出てくるか否か(利用すべきか否か)は、絶対的な取り組み度ではなく、地域サイズに応じた相対性によるものだと言うことを理解する必要があります。

私たちが「欧州はサステナブル・ツーリズムが進んでいる」と思っても、実際の現地において、その取り組みがことさらに強調されていないことが多いのは、こうした観光地マーケティング/ブランディングの特性が作用するからなのです。

マネジメント領域におけるサステナブル・ツーリズム

一方で、「変化」は、欧州において確実に進行しています。特に、それはSMHEにとってのスイートスポットである高学歴・高収入なセグメントにおいて顕著です。そのため、サステナブル・ツーリズムをことさらにアピールするか否かに関わらず、事業の継続性強化のためには、環境/経済/コミュニティに立脚した事業経営の重要性が増大しています。

すなわち、マネジメント領域におけるサステナブル・ツーリズムは、多くのSMHEにとって必須課題となっているわけです。ただし、それは観光領域だけで生じているものではなく、社会全体で生じている変化でもあると言えます。

そのため、地場産品の調達などローカルな新しいバリューチェーン(エコシステム)も構築されてきており、「SMHEだけが特別な調達コストを負担するわけではない」という社会になってきています。例えば、脱炭素において求められている脱プラでは、再生プラスチックやガラス瓶リサイクルが社会全体で進んでいるため、独自に開発しなくても、それらを安価に調達することができることになります。

現在の日本で、ガラス瓶に入ったミネラルウォーターを確保することは、とても大変ですが、欧州では、ローカルのミネラルウォーター・メーカーが多く誕生してきており、それらと取引することで、輸送コストを削減しながら調達することが可能となっています。

結果的に、ホテルの室内には「ほぼプラスチックがない」状態となります。ペットボトルがある場合も、その多くは再生プラスチックとなっているし、ティーパックの包みですらプラではないのです(原材料不明)。


すなわち、宿泊事業を主体とするSMHEの取り組みは、社会全体の変化に合わせた対応であって、社会正義的な視点から、顧客の意識や行動、社会的な供給体制(バリューチェーン)を「変えよう」として先行的に取り組んでいるわけではないのです。

今回、わたしが視察した中では、環境対策を全面に出している施設もありましたが、そうした施設は、その先進性をブランド・メッセージに展開することで、差別化することを狙ったものでした。

例えば、ボーンホルム島のGSH(グリーン・ソリューション・ハウス)は、50年落ちの宿泊施設を大規模リノベーションして再生させた施設ですが、そのエントランスロビーの天窓には太陽光発電パネル、柱も木(集成材)、独自の(おそらく地中との温暖さを利用した)空調システムを備えていますが、これらの取り組みで達成できるカーボンの削減量は「たかが知れている」のが現実。それでも、視覚的なインパクトは絶大で、実際、ショルダーシーズンであっても、企業の会議、インセンティブが多く入り、視察日も全室稼働状態でした。


欧州においては、「サステナブル・ツーリズムを全面に出す=サステナブル・ツーリズムを差別化要素として利用する」という構図であり、「サステナブル・ツーリズムをアピールしない≠サステナブル・ツーリズムしていない」であることは、マーケティングとマネジメントの違いとして意識しておく必要があるでしょう。同時に、「サステナブル・ツーリズムに取り組む≠競争力が高まる」であることも認識する必要があります。

社会の変化に合わせたマネジメントとしてのサステナブル・ツーリズムは必須ですが、それとマーケティング的な意味合いとは別物なのです。

また、今回の視察で面白いと感じたのは、地域レベルのDMOが、MICEを利用したり、地域でのパートーナーシップ構築を誘導したりすることで、地域でのバリューチェーンの構築を支援していることでした。具体的には、地域のSMHEを活かすように、例えば、地域のクラフトショップにフォーカスしたキャンペーンを展開したり、宿泊施設などのバックヤードツアーを展開したりしていました。

これらは、集客の効果としては限定的だが、地域へのコミット度が高い人々が来訪することになるため、参加するSMHEにとって血肉となりやすいのです。それに伴い、地域の消化能力を超える需要を呼び込むのではなく、地域の身の丈にあった需要を呼び込み、地域全体の水準を上げていくという取り組みは、5~10年で大きな成果を上げていくことになると推測されます。

欧州において、サステナブル・ツーリズムにかかるエコシステムやバリューチェーンができている理由は、こうしたSMHEにフォーカスした経済政策の蓄積の成果だと言えるでしょう。

認証制度について

無視できないのは、欧州社会が脱炭素を主体とした方向に強烈に進んでいることです。地球温暖化は、欧州において「身近な自分事」ですが、それが社会においても強烈なベクトルを持ち得ているのは、温暖化対策としての脱炭素が、(社会主義的な要素を含有する)欧州(EU)にとっての矜持、正義であるからなのです。

実際、欧州(EU)においては環境系の認証制度がつくられており、欧州の影響を強く受けるUNWTOにおいても、観光面におけるサステナブル・ツーリズム指標が提示されるようになっています。

日本においても、こうした認証が重要だと主張する人は多くなっています。

しかしながら、(ヒアリングレベルでの印象ですが)先行する北欧では認証制度についての関心が高いのですが、他方、欧州中央部での関心は相対的に低いように思えます。

なぜなら、前述したように、サステナブル・ツーリズムに対応することが、どの程度、有効なマーケティング/ブランディングのメッセージ、差別化要素になるかは、地域、施設によって変化するから。

そのため、地域や施設が、それに参加するか否かの判断基準は、その認証獲得に必要となるコストと、ブランド・メッセージとしての効果とのバランスとなってきます。

一般に認証レベルが高い場合、その認証は希少となるため、その獲得はブランド・メッセージを強化することにつながる(いわゆるアワードと同様の効果を持つ)と考えられます。そのため、先行する北欧の地域・施設は、認証に対する意識が高くなります。

一方で、取り組みが劣後する地域・施設としては、そこに手を出すと「遅れている」ことが明示化されてしまい、これは自身のブランド価値を下げることにもなってしまいます。とはいえ、そこにキャッチアップするには多大なコストと時間が必要で、なおかつ、キャッチアップしたところで先行地域・施設を追い越せるわけではありません。

となれば、そもそも、その認証そのものに参加しないというのが最善の方策となるわけです。

既存観光地として有力な地域・施設が参加しなければ、その認証そのものが社会的に認知されにくくなり、認証の認知が広がらなければ、先行地域ですら、差別化要素にならないという事態となるということです。

認証レベルを事実上「最低ライン」にまで引き下げれば、多くの地域や施設が時を見て、キャッチアップすることになりますが、多くの地域・施設がクリアしているため、それをブランド・メッセージとして利用することはありません(消防法を満たしています、といったことをアピールしないのと同様)。

このように、認証という制度でサステナブル・ツーリズムを進展させるのには限界があります。これが、私が今回の視察で感じた点です。

まちづくり領域

もう一つ、今回の視察で、改めて感じたのは、サステナブル・ツーリズム云々以前の動きとして、欧州の「街」が人間起点で形成されているということでした。

欧州の「街」は、第二次世界大戦において多大な損害を受けたのですが、その後、モーターリゼーションや、米系商業サービスの攻勢といった荒波に揉まれながら、街そのものがサステナブル・ツーリズムを体現するような方向に「振れて」います。これは、人々の価値観、ライフスタイルを大切にし、それに寄り添い誘導してきた街づくりが構築したものと思われます。

端的に言えば、「歩ける街区」「屋外広告、電線地中化を含めた景観規制」「開発密度の抑制」は、都市でもリゾートでも必須となっています。

特に「歩ける街区」については、以前から、多くの都市・リゾートに存在していましたが、近年は脱炭素と、健康志向、新しいシェアライドなどを変数に、(LRTを含む)電動化や自転車活用、散策路の整備などがパッケージで展開されるようになっており、より人間的に街を楽しむことができる新しいステージに進んできているように感じます。

サステナブル・ツーリズムを対外的なメッセージとして発信しているか否かに関わらず、欧州の多くの都市やリゾートにおける「経験」が、環境やコミュニティとの調和度が高い心地よいものとなるのは、こうしたストックの為せる技なのでしょう。

このストックによる彼我の差は、かなり大きいと感じざるを得ません。

まとめ

このようにサステナブル・ツーリズムは、欧州において「当然のこと」として進行してきています。

これは、欧州の人々の日常レベルでの意識や行動が変化し、それに合わせて社会全体の製品やサービスの提供スタイルが変化し、街も作り変えられてきているためでもあります。

具体的には、プラスチックを使わない、過剰な使い捨て美品を備えない、ローカルな商材を使う、リノベーションしながら使う、自然要素を取り込む、旅行者経験として、地域での歴史文化を楽しませたり、歩いたり走らせたりして体を動かす、スパやサウナで心身をリフレッシュさせたりといったサステナブル・ツーリズムにつながる取り組みは、欧州で、広く普及しています。

一方で、そうした取り組みが必ずしもサステナブル・ツーリズムとしてブランド・メッセージに仕立てて展開されているわけではありません。

例えば、ローデンブルグであれば、ロマンチック街道の歴史文化あふれる城塞都市、バーデン・バーデンであれば温泉療養リゾート、サンアントンやレッヒであれば山岳に溶け込むゆったりとした山岳リゾート、サンモリッツであれば美しい湖畔に生まれた小都市、ツェルマットやシャモニーは山岳登山のベースタウンなどなど、既に、それぞれの優位性を活かした展開をしているからです。

ただし、こうしたブランドを持った地域も、程度の差はあれ、サステナブル・ツーリズムの実践地でもあるのです。これは、社会全体がそちらの方向に触れているためであって、顧客の意識もそちらに向かっているから。差別化要素とはならないために「サステナブル・ツーリズムやってます」というメッセージを、全面に出さないだけです。

サステナブル・ツーリズムには、それをブランド・メッセージとして差別化要素として活用するという側面と、社会変化に合わせてマネジメントを転換させていくという側面の両面があるということを理解することが必要なのです。

これをKANO-Modelに当てはめると、サステナブル・ツーリズムは、Basic needsと、Delightersの2つの要素が混在していると整理できます。欧州社会全体として、環境(特にカーボン)、経済、コミュニティへの配慮、調整といった対応は実施していかなければならない必須項目(Basic needs)です。同時に、さらにその取り組みを先端的におこなうことで、ある特定のセグメントの人々から熱烈な指示を受けることが可能となります。これはサステナブル・ツーリズムを、Delightersとして利用することになりますが、それを実践しているが欧州内での北欧であり、世界規模での欧州だということです。

Kano_model

日本へのインプリケーション

さて、こうした欧州の動きは、日本にどのように翻訳することができるのでしょうか。

まず、日本においても、旅行市場の主体はミレニアム、Z世代に移りつつあります。彼らの台頭による「変化」は、欧州と同様に、当然のように「サステナブル」な方向に社会を向かわせることになるでしょう。すなわち、マネジメントとして「サステナブル・ツーリズム」は、必須となっていくと考えるべきです。

サステナブル・ツーリズムには、環境、経済、コミュニティの3つの側面がありますが、それらは複雑に絡み合っており、一つの断面、取り組みだけで展開することは難しいと言えます。例えば、脱炭素は特に重要かつ象徴的な要素ですが、その範囲は広範であるため、これを一つの地域、事業者が解決することは、極めて難しい状況です。

「幸い」日本の人々が、欧州のような感覚、価値観を持つには、まだ時間がかかるでしょう。なので、この時間差を利用して、準備を進めていくことが重要となってきます。

サステナブル・ツーリズムをすすめるとなると、難しさを感じる部分もあるでしょうが、「歩けるまちづくり」「地域文化や自然への注目」といった方向感は、既に日本でも取り組まれているものであります。まずは、こうした方向性を強化していくことが重要とです。

その上で、日本で注力すべき点を3つ指摘しておきましょう。

1つは、サステナブル・ツーリズムは、観光だけで考えるのではなく地域政策として考えるべきだと言うこと。

旅行者、住民のライフスタイル、価値観が環境や経済、コミュニティと調和していこうという大きな流れの中にサステナブル・ツーリズムは存在します。ホテルだけが対応すれば出来るというものではなく、少なくても、その地域の住民のライフスタイルが、その方向に振れていないと実践は難しいのです。

例えば、今回対応してくれた通訳さんの話では、デンマークでは、食肉製造が、どれだけ環境負荷をかけているのかという授業がおこなわれており、それが、少なからず肉食離れにつながっているとのことでした。この因果関係は定かではありませんが、自身の健康や環境との関わりについて知識を持つことは、ライフスタイルを変えていくきっかけになるに違いありません。

2つ目は、地域の中小企業重視。

サステナブル・ツーリズムが対象とする環境/経済/コミュニティの中で、顧客の目に止まりやすい「環境」、特に脱プラのような取り組みは、チェーン展開しているようなホテルのほうが対応しやすいと言えます。なぜなら、彼らは国際的なレベルで、脱プラ製品を調達することが可能だからです。また、彼らはマーケティング的にも、そうした優位性を出してくることになります。ただ、地域外の資本と知財によって回される観光経済は、当然、地域への経済効果は限定的だし、コミュニティも自立的なものになり難い側面もあります。

サステナブル・ツーリズムを本来的な意味で展開するには、それを担うプレイヤーは、地域に立脚する事業者であることが望ましいでしょう。しかし、大手資本とは資金も知財も太刀打ちできない。その競争環境を変え、地域のSMHEが事業展開できるような産業政策が必要となってくるはずです。

これは、単純に外資を規制するという話ではなく、地域内にSMHEを主体としたバリューチェーン、エコシステムの構築を促していこうということを意味しています。

現時点で、国内において地域内のSMHEに対する産業政策をしっかりと持っている地域は、非常に乏しいのが実情です。観光客を呼び込むだけが観光政策ではないことを認識すべきです。

3つ目は、空間への押し出し。

ここまで述べてきたように、欧州でのサステナブル・ツーリズムは、器となる「街」が、人間起点で形成されていることが大きな意味を持っています。欧州の都市やリゾートに赴けば、自然と人々の行動は健康的で、文化的で、かつ、人々とのコミュニケーションを楽しみたいと思う方向に向かっていくことになります。

教育や産業政策といったソフト的な取り組みだけでなく、こうした空間、ハードでの設えをアレンジし、作り直していくことは我が国においても、とても重要な意味をもってくるでしょう。

こうした活力を持った都市空間には、若い需要が必要であるため、既に、高齢化が極度に進んでしまった日本の地方都市での実践は難しいかもしれません。しかし、外部から需要を呼び込むことの出来る観光地やリゾートにおいては、まだチャンスがあるのではないでしょうか。設えをつくることで、若くとんがった需要を呼び込み、それをSMHE振興へとつなげていくような取り組みを期待したいものです。

その上で、北欧のように、サステナブル・ツーリズムを日本でもマーケティングに展開できるか、ブランド・メッセージとしていく(Delightersにできるか)には、その地域が提供しようとする経験を、サステナブル・ツーリズムの方向に振ったもの、具体的には、環境や地域文化と協調し、かつ、高い付加価値を持ったものとしていく必要があるでしょう。

最後に

サステナブル・ツーリズムは、形容詞観として捉えるべきものではなく、デスティネーション・マネジメントの基本であるVICEモデルと同様の概念、フレームワークというのが、2022年秋段階のわたしの見解です。

VICEは、Visitor, Industry, Community, Environment & cultureですが、サステナブル・ツーリズムだと、Environment, Economy, Communityと整理できます。IndustryとVisitorを包含したものがEconomyだとすれば、両者は同じことを言っているわけです。

VICEと異なるのは、サステナブル・ツーリズムが顧客側にも価値が出る可能性(ブランド・メッセージとなる可能性)があること。そのため、形容詞観光として「も」使われることになります。

観光の現場は、常に変化していますから、VICEモデルによるデスティネーション・マネジメント同様に、サステナブル・ツーリズムの実現には、システム思考が必要となり、環境変化にあわせて継続的に取り組み続ける必要があるものとなっていくに違いありません。

それだけにバズワード的に使われるのは違うと思いますし、ホテルチェーンのようにゼロ・カーボンだけを取り上げるのも違うように思います。ある意味、観光地域づくりの本道ともなるからです。

ぜひこの辺も、整理しながら対応していきたいと考えています。

※編集部注 この解説コラム記事は、執筆者との提携のもと、当編集部で一部編集して掲載しました。本記事の初出は、下記ウェブサイトです。なお、本稿は筆者個人の意見として執筆したもので、所属組織としての発表ではありません。

出典:DISCUSSION OF DESTINATION BRANDING. 「サステイナブル・ツーリズムに関する考察」

原著掲載日: 2022年10月9日

山田 雄一(やまだ ゆういち)

山田 雄一(やまだ ゆういち)

公益財団法人日本交通公社 理事/観光研究部長/旅の図書館長 主席研究員/博士(社会工学)。建設業界勤務を経て、同財団研究員に就任。その後、観光庁や省庁などの公職・委員、複数大学における不動産・観光関連学部などでの職務を多数歴任。著者や論文、講演多数。現在は「地域ブランディング」を専門領域に調査研究に取り組んでいる。

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