太平洋アジア観光協会(PATA)がタイ中部のペッチャブリー県で2024年11月に開催した「PATAデスティネーションマーケティングフォーラム」。ユネスコ創造都市の食文化分野に認定された同県の特色を生かした視察ツアーや、食とツーリズムをテーマにした講演もおこなわれ、豊かな食文化と観光資源が注目を集めた。その中から、持続可能なコミュニティベースの観光事例と、フォーラムでおこなわれた食に関する講演をレポートする。
地域の特色生かす「持続可能な観光」
ペッチャブリー県はバンコクから南西におよそ170キロ、車で3時間ほどの場所に位置する歴史ある地域。8世紀にさかのぼる歴史を有し、白砂のビーチリゾートと王室の離宮で知られている。タイの中央部と南部を結ぶ地政学的に重要な位置にあり、かつてはビルマ(現ミャンマー)との防衛の要所で、特に食糧の供給地として重要な役割を果たしていた。マナオ(ライムに似た柑橘類)、トディパーム(オウギヤシ)で作る砂糖、海水から生成される自然塩など、タイ料理に欠かせない原材料の産地としても名高い。豊かな食文化を誇るペッチャブリーは現在、「3つの味の街(City of the 3 Flavours)」と呼ばれている。
今回のフォーラムでは、コミュニティベースの観光(CBT)モデルの開発に取り組む、持続可能な観光のための指定地域管理局(DASTA)が、このペッチャブリーの「塩味」「甘味」「酸味」の3つの味に焦点を当て、コミュニティを訪ねる視察ツアーを企画。運営には民間団体のエコツーリズム・アドベンチャートラベル協会(TEATA)も関わり、宮殿や自然保護区の訪問のほかにも、伝統的なお菓子作り体験や、自然塩やマナオ、トディパームの生産地訪問など、コミュニティの生活を体験できるコンテンツも盛り込まれた。
視察ツアーでは、環境に配慮した取り組みも実施。大型バス使用による車両台数の削減、地元産食材の活用、ペットボトル配布の抑制などがおこなわれ、各ツアーの排出量を計算し、カーボンオフセットをおこなった。
伝統的な塩田と養殖場の取り組み
視察ツアーのひとつ、「伝統的な塩田の生物多様性:沿岸の生態」では、伝統的な塩田が広がるペッチャブリーの沿岸部を訪れた。バンコクから南西にかけての海沿いのエリアは、好天に恵まれ、漁業と塩生産が盛んなエリア。しかし、近年の天候不順で塩の品質が不安定になり、燃料費の高騰で漁業の利益も減少している。
これらのコミュニティの課題解決のために設立されたのが、王立海洋養殖・水産養殖実証プロジェクトの養殖場だ。シリキット王太后が主導する国民支援プロジェクトの非営利組織として作られた。環境に配慮した統合的な養殖システムを通じて、タイの沿岸漁業の代替として養殖の手法を学び、仕事として確立することで、コミュニティの人々に新しい職業を提供している。
循環型の水産養殖システムにより、淡水から海水まで、様々な塩分濃度の水を使い分けて、エビやシーバス、ミルクフィッシュ(サバヒー)はじめ、海ぶどう、餌用のアルテミアまで多様な水産物を育てている。環境保全の面からも、排水を再利用し、高塩分水を天然海水塩の生産に利用するなど、外部への排出をゼロにする取り組みをおこなっている。屋外の養殖場、魚の孵化場などの実証ユニットは見学可能で、塩田で生産される塩の花(一番塩)、食塩、にがり、エプソムソルト、海水を作るパウダーソルトなど生産過程ごとに産出される塩製品や加工品も展示、販売されている。
塩作りが盛んなバンレム地区には、コミュニティとの交流を促進するための施設、ユングルア・バンレム・レストランがある。25.6ヘクタールの塩田にある古い塩倉庫を改装して作られたレストランで、地元の人々と観光客が集まる場所となっている。若いCEOのアラダ・ロジャナベンジャクル氏は、先祖から受け継いだ塩田に新しい手法を取り入れつつも、完全な機械化はせず、「ここのコミュニティの仕事を守るために伝統的な作り方を守っている」と語った。
ここでは、塩田の歴史や塩の作り方などの説明や、ハーブを混ぜてシーズニングソルトを作るといった各種ワークショップなどもおこなわれ、団体客も受け入れている。美しい塩田の景色を眺めながら食事ができ、SNS映えスポットとしても評判だ。これらのコミュニティの日常を観光素材として利用する動きが広がっている。
ペッチャブリーの食文化と観光の魅力
「PATAデスティネーションマーケティングフォーラム」会議では、ペッチャブリーの食文化と観光についての講演も実施された。シラパコーン大学経営科学部のアルノン・ウォンチアン氏は、ペッチャブリーの地域資源としての塩、甘味、酸味の3つの味覚の重要性とその多様な活用方法を紹介した。
ペッチャブリーでは、塩は調理だけでなく、飲食を提供する塩田施設やフットスパでのマッサージなど観光や健康分野でも利用されている。特産品のトディパームは料理やデザートに使われる重要な食材であり、カレーやケーキ(米粉の蒸しパン)などの名物料理にもなっている。さらに、タイ料理に欠かせない柑橘類のマナオは、ペッチャブリーの気候と土壌が栽培に適しており、特にターヤーンとバンラットで高品質のものが栽培されている。マナオは一般的なライムに比べ果実が大きく、果汁が豊富で、独特のアロマを持つ。
これらの特産物はお土産として加工されるだけでなく、観光素材としても活用されている。たとえば、地元農家が新鮮な食材を持ち込むターヤーン生鮮市場やノーンブゥアイ市場では地元の食を体験できる。タイデザートのアフタヌーンティを含むフーディツアー、伝統的な菓子の製造過程を見学できる「ルン・アナケ・タイデザートファクトリー」など、食に関連する観光素材も増えている。ウォンチアン氏はこれらの体験を通じ、ペッチャブリーの豊かな食文化を実感できると強調した。
フードツアー成功の秘訣は本物のローカル体験
ホアヒンでフードツアーを実施するフィーストタイランド社代表、リー・ヒギンズ氏は、ガストロノミーツーリズム(美食観光)が、今後3桁の成長を見込む分野であると述べた。この成長を実現するためには、グルメ志向の「食べるために生きる人」でなく、冒険心の少ない「生きるために食べる人」にアプローチすることが重要だという。
同社が目指すのは、食に特化したツアーを通じて地域の文化体験に人々を引き込むこと。具体的には、観光客向けのメニューがある場所を避け、裏通りを探索し、地元の人々が手作りする様子を見たり、屋台で地元の食べ物を楽しむ。また、通常の観光ツアーにも食の要素を盛り込み、米農家での稲作などユニークな食体験を提供することで参加者はその土地の文化や生活の深い理解につながるとした。
ヒギンス氏は、フードツアー成功の鍵は、熟練したツアーガイドと地元のベンダーとの良好な関係にあると強調する。同社のガイドは参加者の反応を見ながら、その場でツアー内容を柔軟に変更できる権限を持ち、参加者のフィードバックを重視して常に改善を図っている。地元の文化や生活を深く理解できる体験を提供することが、観光地としての魅力を高めると指摘した。
ストリートフードの安全性と衛生管理
ローカルの魅力に触れられるストリートフードは、手頃な価格と便利さからタイでは毎日250万人が利用している人気の観光素材だ。タイの産業省国家食品研究所の所長スパワン・ティーララット氏は、このストリートフードの伝統を維持しながら、安全な食事を提供するための国の取り組みを説明した。
タイでは、公衆衛生法に基づき、複数の省庁が協力して「Clean Food Good Taste」プロジェクトを推進している。このプロジェクトにより、屋台の売り手は地方政府の監督のもとで認証を取得し、衛生管理や食品安全に関する研修を受けることが求められている。基準を満たした店舗には認証が与えられ、現在約5万の飲食店がプロジェクトのロゴを掲示している。これにより、消費者が安全な食事を選ぶ際の指標となっているという。
本フォーラムではペッチャブリー県の豊かな食文化と観光資源があらためて注目を集め、地域の特色を生かした持続可能な観光開発の重要性を再認識する機会となった。伝統的な食文化と現代の観光ニーズを融合させた事例は、地域活性化の取り組みに多くの示唆を与えている。
取材・記事 平山喜代江