星野リゾートの「生き残り計画」が次のステージに、稼働率が前年越えになった施設も、星野代表に聞いてきた

コロナ禍の生き残りをかけて「18か月の経営計画」を策定し、未曽有の危機への対応を続ける星野リゾート。緊急事態宣言下の4~5月はグループ全体の売上げが8~9割減という厳しい状況に見舞われたが、その後の移動制限の解除とともに回復傾向が顕著に。夏休みシーズンには稼働率が前年を上回る施設もでできたという。

「全体の対策は一息つき、今は、戻りの遅い施設を個別に対応するステージに入った」と話す同社代表の星野佳路氏に、危機対応の現状と課題、観光産業への提言を聞いてきた。

危機下の需要の動きを捉える

今年4月、星野氏は、コロナによる経営への影響が新薬やワクチンが開発されるまでの18か月間続くと想定。その間の需要は、平時とは異なる特殊な動きになるとの独自予測をもとに経営計画を立案した。感染の拡大と収束の波が上下のカーブを描くのと同様に、宿泊需要も『さざ波』『小波』『中波』のように上下しながら、徐々に上がると考えた。「感染拡大期は自粛して、その後の緩和期に波を捉える。そのための広報や集客、現場の体制を整えようというのが、計画時の発想」(星野氏)だ。

計画開始から、直近に至る4か月の推移はどうだったのか。

緊急事態宣言前後の4月上旬は、グループ全体の宿泊予約でキャンセルが急増。同時に新規予約も低迷し、予約の純増数は一気にマイナスに転化した。先の予約が、どんどん失われている状況だった。

しかし、この状況は4月で底を打った。ゴールデンウィーク明けには新規予約がキャンセル数を逆転。これは緊急事態宣言の延長が発表されたタイミングで、星野氏は「2度目の延長はないと踏んだ人が予約を入れ始めた」と見る。

その後、7月に入って東京の新規感染者数が200人を超えるようになると、再びキャンセルが増加傾向に転じた。ただし、この第2波でのキャンセルは、第1波の時のような爆発的な増加ではなく、新規予約数の落ち込みも少なく推移した。

こうした予約の純増数と感染者数の動きは、経営計画で描いた需要と感染度合いの相関予想と大差はなかった。つまり、想定した需要の動きを捉えることができたのだ。星野氏は「ほぼ想定通りの流れになっている」と、手ごたえを示す。

赤の太線が獲得純増数、黒の太線が全国感染者数。左上の経営計画での予想推移とほぼ同じ動きとなった

地域事業者の支援やマイクロツーリズムで成果

では、この4か月、同社は何をしてきたのか。

まず、社内スタッフの不安解消と意欲喚起のために社内発信を強化。一方で、外への情報発信も頻度を増やし、星野氏自身も従来以上にメディアに登場した。そしてコロナ対策では3密回避をはじめ、「18か月間を最高水準で走り切る決意で取り組み、実施内容をどんどん発信してきた」(星野氏)。状況に応じたサービスの刷新や、新たな企画も順次投入し、予約激減期の4月と5月は、その準備をする機会になったという。

例えば、テクノロジーを活用して館内の混雑状況を見える化した。また、感染防止のために中止したビュッフェを、安全が感じられて感染拡大に繋がらない新しいスタイルに刷新して復活させた。想定以上に宿泊客がビュッフェを求めていることがわかったからだという。

また、コロナで困窮している施設の周辺施設や事業者との連携を強化。行き場のない生乳でミルクジャムを作って牧場の売上げに貢献したり、「益子焼市」が中止となった栃木県では、施設の公共スペースを展示場に提供して「リモート益子陶器市」を開催している。

インバウンドの喪失で苦心している貸切バス事業者には、賃料を支払い、「奥入瀬渓流ホテル」で観光用の2階建てオープントップバスを走らせた。「3密回避がしやすく、渓流や新緑を見やすい角度で鑑賞できると好評。バス会社にも喜ばれた」と星野氏。紅葉時期の10月には栃木県の施設でも運行を予定するほか、奥入瀬渓流ホテルではバスを2台に増やし、他の地域事業者に販売機会を提供することを検討している。

 コロナで苦しむ貸切バスの救済と感染防止対策、宿の魅力向上を兼ねて企画した「奥入瀬渓流ホテル」のバスツアーさらに成果が著しいのが、星野氏がコロナ禍で注力する「マイクロツーリズム」だ。

全体の47.9%がインバウンド客だった「星のや 京都」では、その穴をマイクロツーリズムがカバー。近郊客の需要が従来の3倍以上に拡大し、7月の稼働は75%となって黒字を達成した。インバウンド比率が低い「星野リゾート 界 遠州」でも、車で2時間以内の中部圏へのアプローチを強化したことで、その比率が6割近くに拡大。他の市場の減少分を埋めるどころか、稼働率は昨年を上回る9割越えとなった。

8月に第2波が広がっても、温泉旅館ブランド「界」を中心に好調な施設は増え、「星のや」でも90%の稼働を出す施設が増えてきた。「星のや 富士」では、過去2年間と比べてもコロナ禍の今年の方が好調だ。

夏の好調さには、GoToトラベルキャンペーンとの兼ね合いも考えられるが、キャンペーン開始前に多くの施設で8月の予約が埋まっていたという。GoToキャンペーンの効果は、9月以降の予約につながっている状況で、こうした成果に星野氏は自信を示す。

静岡や名古屋へのアプローチを強化した結果、コロナ禍でも前年を上回る結果に

根拠は「国内市場の強い需要」と政府のメッセージ

「ゴール(=平時の需要回復)に着くまで、どう生き延びるかが今回の勝負どころ」と話す星野氏。この経営計画に行き着いた理由について、「こうならなければ生き延びられない。計画通りの推移にするという覚悟で決めた」としながら、その強い意志には2つの根拠があるという。

1つが、巨大な国内需要の存在。コロナ禍でも緩和期に国内需要が動く自信があったといい、実際、第1波と第2波の間はそのようになった。この自信の背景にあるのは、2011年の東日本大震災での経験だ。

星野氏は、震災とコロナは同一視できる危機ではないとしながらも、当時も「旅行自粛の雰囲気が日本全体に漂い、観光需要は劇的に落ちた」と共通点を説明。原発事故を併発したことで東北への需要は壊滅的な状態となり、休館を余儀なくされた施設もある。しかし、同年のゴールデンウィーク直前に、政府が原発の安定化を発表すると、急速に予約が戻り始めた。「これが、私が国内市場の強さを実感した瞬間だ」と、国内需要で生き延びると決めた理由を話す。

 夏には稼働が前年を上回る施設が増加。「星のや富士」では過去2年の実績より良い推移に

もう1つが、政府のコロナ対策から読み込んだメッセージの内容だ。政府の緊急事態宣言では、観光産業に休業要請は出されなかった。47都道府県で、特措法に基づく休業要請が出されたのも、栃木県だけ。

この状況に星野氏は「消費者にはステイホームと言い、観光産業には休業要請を出さないということは、政府は観光事業者に『自分の力でどうにか生き残ってほしい』と言っていると受けとめた。その際は『雇用調整助成金は出すので解雇者を出さないように』とも。私は純粋にそう受け取った」と話す。

観光はこの数か月間、感染拡大防止と経済活動維持の間で矢面に立たされてきた。この逆風にも、「私の一番重要な使命は生き残ること。従業員とその家族の生活がかかっているので、それ以外は全く考えていなかった」と迷いはなかった。

一方で、従業員は観光への相次ぐ非難に、相当に動揺したという。だから星野氏は従業員に対し、「観光の大義」や「企業の責務」として、「休業指示がない中では、しっかり稼いで給料を確保し、全力で生き延びる。これこそが、我々が地方経済にできる最大の貢献であり、コロナ禍での役割だ」と強く言い続けてきた。これが「自信をもって方針を貫いてこられたポイントだろう」と力を込める。

次は北海道、沖縄と東京などの個別の立て直し

星野氏は、これまでの推移を振り返り、全45施設のうち、「約7割の施設が軌道に乗り始めた。全体的には一息ついた」と現状を評価。

3月下旬から8月下旬までの星野リゾートの予約の推移。予約は感染状況と行政のコロナ対策の影響を受けながらも回復

一方で、「個別の地域や施設で、問題点が明確になってきた」とし、「その個別対応がこれからの課題」と星野氏。コロナ期の経営では、全てを同じ方法では解決しきれず、地域ごと、課題ごとに取り組む必要があるとする。

その対象地域は北海道と沖縄、そして東京。特に沖縄では、第2波で独自の緊急事態宣言が発出され、最悪期に近い状況に戻ってしまった。また、東京はインバウンドの依存度が高く、苦戦している。

大阪や京都などの都市型ホテルも同様の課題があるが、東京はGoToトラベル除外と飲食店の夜間営業の自粛要請が9月15日まで続くため、「課題を解決できる状態にない」と危機感を持つ。このほか、グループの周遊旅行や宴会を受け入れてきた大型旅館も、戻りが遅く、てこ入れが必要だ。

「こうした地域や施設の個別策を考えることが、今のステージ」と星野氏。ただし、この先も、第3波の発生や、2回目の緊急事態宣言の発出、そこに冬のインフルエンザ流行が重なる可能性もあり、最悪のケースはいくらでも考えられる。「最悪期を脱して先が見えてきたとは言えず、まだまだコロナ禍中にあるのが現状」と、まだまだ気が緩められない状況であることも強調した。

コロナ禍を乗り越えるために

今後、さらに最悪の状況が来る可能性がある中、観光産業はどのような備えをし、取り組みをしていくべきか。星野氏は、3つのヒントを語った。

1つ目は、マイクロツーリズムに本気で取り組むこと。2つ目は、政府のメッセージをもう一度、見直すこと。マイクロツーリズムは「努力した分の成果が必ず出る」とし、政府のメッセージについては「雇用調整助成金は単なる休業手当ではなく、固定費を変動化して採算分岐点を下げられる意味がある」と発想の転換をアドバイスする。

そして3つ目は、行政による「平日の閑散日のサポート」だ。多くの宿泊施設では3密回避のため、レストランや食事処の収容人数を下げており、宿泊客全員が利用できる状況にない。現在、GoToトラベルや地域の独自クーポン券などの支援策が行なわれているが、それを「需要の高い週末ではなく、平日の閑散日に稼げるような運用をお願いしたい。そうすることで、生き延びる事業者が多くなる」と提言する。

コロナ禍で絶えず気を抜けない中でも、星野氏は新たな可能性にも目を向ける。観光の新しい概念として政府が推進する「ワーケーション」で、「観光需要は、ワクチンと治療薬が開発されれば元に戻るが、ワーケーションだけはコロナ後も残る可能性がある」と見る。

星野氏が注目するのは、週の中日にある祝日と週末の間の平日を観光地からのテレワークとすることで、従来なかった連休が生まれること。「閑散期対策、需要増に結びつく」として来年から挑戦する考えだ。コロナ禍を凌ぎながらも、可能性は見逃さない。コロナ禍の生き残りをかけた同社の戦いは、さらなる危機対応力とともに、新たな市場の獲得をもたらすのかもしれない。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:山田紀子

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