観光目的の訪日外国人の受け入れが2022年6月10日から解禁された。1日のあたりの入国者数の上限2万人は維持されているが、およそ2年にわたる「鎖国」から本格的な訪日旅行市場復活に向けた第一歩となる。しかし、受け入れを進める現場は混乱している。
東京の第3種旅行業「AndBeyondTokyo」も米国人グループの受け入れ手配を手探りで進めており、同社代表取締役の黒岩千賀氏は「まるで障害物競走に参加している感じ」と困惑を隠さない。
7月の来日に向け、旅行会社も旅行者も右往左往
現在進行形で、AndBeyondTokyoが旅行手配を進めるのは、米サンフランシスコ在住の米国人旅行者7人のグループ。知人からの紹介でAndBeyondTokyoが旅行手配をすることになり、1年以上前から日本旅行を計画していた。当初は昨年夏の訪日を希望していたが、コロナ禍が収まらず断念。日本の水際対策が緩和されたことから、今夏の訪日に期待をかけている。
実現すれば、今回が3回目の訪日。全員リタイア組で、元気なうちにまた日本に行きたいと計画を立ててきたという。今回は、東北の夏祭りを巡る予定だ。
黒岩氏によると、7月27日に予定している来日に向けて、当初は2ヶ月前の5月27日に最終結論を出す予定にしていた。しかし、日本の状況が動きそうだったため、さらに1ヶ月待つことに。すると、6月10日から観光目的の訪日外国人の受け入れが解禁されると発表された。
黒岩氏は早速、要件となっているビザ取得の支援に動き出す。6月10日には入国者健康確認システム(ERFS)へのツアー参加者の登録・申請。週明けの13日に、その情報をサンフランシスコに送り、参加者にビザ取得を働きかけた。
観光目的の外国人のERFS申請は、訪日ガイドラインで定められた受入れ責任者の旅行業者が行う必要がある。ERFSとは、日本政府が外国人の新規入国を認めるにあたり、受け入れ責任者が入国者の情報をオンライン申請する仕組み。日本のビザ取得の要件となる。
しかし、新規のビザは、そう簡単に取得できなかった。対面によるビザ申請には予約が必要で、基本的には郵送のみの受付。参加者は、とりあえず領事館まで出向いてみたが、インバウンド受入れ解禁直後は門前払いとなったという。
サンフランシスコ領事館のホームページによると、取得までには必要書類到着後、最低5営業日が必要とある。コロナ前は米国国籍の旅行者はビザ不要だったため、ここに大きなハードルがある。それでも、このグループは「日本に行きたいと熱望している」という。
最終的に郵送で申請。なんとか6月中には取得ができ、7月27日の来日に間に合う見込みがたった。6月10日が「訪日解禁」との発表だが、実際は登録ができるだけで、実際の来日はさらに時間がかかるのが実態だ。
黒岩氏は「訪日再開に向けた全体のタイムラインがないため、非常にやりづらい。緩和のステップを明らかにすれば、旅行者も事業者も動きやすい。政府にスケジュール感がなく、とりあえず発表したという感じ」と苦言を呈する。また、ガイドラインが公表されたのは6月7日。10日の解禁日の直前だ。黒岩氏は「対応のために、少なくとも1週間前には知りたかった」と話す。
現場の混乱は旅行者や事業者だけでなく、ビザ発給などを行う事務方も同じことだろう。関係者がそろって右往左往する状況となった。
曖昧な受け入れガイドライン
黒岩氏は、訪日再開に向けて観光庁が出したガイドラインにも苦言を呈する。
ガイドラインでは、『マスク着用や手指消毒など日本での感染防止対策に応じること』が求められている。英語版で屋外・屋外のマスク着用ルールが用意されているが「果たして訪日客に求めることができるのか。せっかく苦労して来てくれるのに、(マスク着用を求めると)歓迎されていないと感じてしまうのでは」と危惧する。
また、当面は『添乗員付きのパッケージツアー』が条件となっているが、「パッケージツアーの定義が曖昧。誤解が生まれている」という。
観光庁によると、ガイドラインで1ツアーの参加人数は定めていない。いわゆるパッケージツアー(募集型企画旅行)だけでなく手配旅行であらかじめ行程が定められ、添乗員(有資格者の必要はなく、行程管理や行動把握できる帯同者)がつくフルエスコートであれば、個人でも訪日は認められる。添乗員が行動を把握できる範囲なら、自由に街歩きやショッピングを楽しむことも可能だ。このあたりが、海外まで伝わっていない可能性が高い。
黒岩氏は、「1人でも2人でもフルエスコートで訪日を希望する富裕層はいる。ガイドラインの曖昧さのために稼ぐチャンスを逃している」と指摘する。
また、ガイドラインでは『添乗員は、陽性者発生時における濃厚接触者の範囲の特定等を適切に行うため、旅行中のツアー参加者の行動履歴(利用した施設や交通機関等の座席位置等の情報を含む)を保存すること』とある。しかし、「万が一、参加者が旅行中に感染した場合、添乗員は感染者をどこまで管理する必要があるのか明確でない」という疑問も残る。
制限下の訪日客はロイヤルカスタマー
「まるで障害物競走を走っているよう」。黒岩氏は、受け入れ手配の準備をそう例える。いずれはすべての制限がなくなるだろう。しかし、この制限下でたくさんのハードルの存在があっても訪日を考えてくれる旅行者は、本物の日本ファンでロイヤルカスタマーだ。
日本は、成長戦略のひとつとして観光立国に向けた政策を進めてきたが、アフターコロナに向けた日本のインバウンド政策でロードマップが見えない。コロナ禍で鎖国している間、日本を訪れたいと考える外国人が旅行の予定を立てられない状況が続いていた。黒岩氏は「こうした間に、熱心なファンが他の国に流れてしまうのではないか」と心配する。
それでも、2年以上のコロナ禍を経て再開されるインバウンド市場を「仕切り直しのチャンス」と前向きに捉えている。「コロナ前の薄利多売で疲弊したインバウンド市場には戻るべきではない。質の良いものを、それ相応の価格で販売し、業界みんなが利益を得れるようになれば、ディーセント(適切な)旅行者が訪れてくれるのでないか」。
「障害物競走」を完走できれば、黒岩氏は7月27日にアメリカ人グループを迎えることになる。「その時には涙が出るかもしれない・・・」。ディーセントな旅行者をどれだけ歓迎することができるのか。完全開放に向けた過渡期の今は、今後のインバウンド市場を占う意味でも重要な時期かもしれない。
聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫
記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹