旅行業界で「量から質への転換」が叫ばれて久しい。しかし、規模の大きい旅行会社ほど、大量販売のグループツアーが事業の柱というのが現実だ。テーマ旅行に強みを持つクラブツーリズムも、新聞広告などで大量集客・販売での成長が続いた。
しかし、新型コロナウイルスによって人々の生活と価値観は一変。今年6月に同社代表取締役社長に就任した酒井博氏は「今までの商品が全く通用しなくなった」と話す。コロナ禍のさなかに引き継いだ手綱の重みをかみしめながらも、「新しいことを始めるいい機会」と話す酒井氏に、現況とコロナ時代の経営方針、未来を見据えた取り組みを聞いてきた。
集客基盤のバスツアーの動きが鈍い
クラブツーリズムでは、緊急事態宣言が解除となり、県境移動の解禁を控えた6月18日、withコロナ時代の新基準ツアー「クラブツーリズム ニュースタイル」を発売した。大型バス1台につき19名・座席は窓側の席のみ使用(9月からはバス1台30名・バス片側のみ2席2人使用も開始)としたほか、観光地で滞在時間を従来の1.5~2倍として行程にゆとりを持たせるなど、3密回避と感染防止策を徹底するツアーだ。
現在、この新基準のツアーが全体の8割を占める。そして、同ツアーとGoToトラベルキャンペーン(GoTo)が牽引して、10月上旬段階でテーマ系ツアーはほぼ前年並み、JRや航空機利用のツアーも前年比40~50%ほどまで戻ってきた。酒井氏は、「GoTo効果はツアー中心の当社は期待ほどではなかったが、なければきつかった」と話す。
しかし、販売人数での屋台骨となっている日帰りバスツアーの戻りは遅い。その理由は、主に2つある。
1つ目はやはり、主要顧客であるシニア層の新型コロナへの感染を恐れる心理だ。同社では6月下旬、同社のメルマガ会員を対象に独自アンケート調査を実施。すると、特に海外旅行では「今は団体旅行に行きたくない」との回答が8割を超えた。ほぼ毎週参加するようなリピーターも少なくなかった顧客の心理変化に、酒井氏も「これがシニアの本音だろう」と、愕然としたという。
2つ目は、新基準ツアーの感染防止対策の影響だ。以前と同型のバスで定員数を絞るため、旅行代金の調整が必要になり、値上がりと捉える顧客もいる。価格訴求型のバスツアーの場合、コアなファンほど価格に敏感だ。「だから、以前と同じ商品では売れるわけがない」と、社内に発想の転換を促している。
過去の成功を吹っ切る
コロナ禍で勢いが弱まったバスツアー。しかし、酒井氏は「ずっと前から転換期が来ていた」と、コロナ前から減退傾向にあったことを明かす。競合他社の追い上げに加え、2016年の軽井沢バス事故を発端とする貸切バスの制度改定で、以前と同じスキームのツアー造成ができず、バスツアー業界全体が苦戦していた。
それにもかかわらず、ビジネスモデルが大きく変わらなかったのは、同社の成長を支えてきた社員の売上に対する強い思いがあるから。結果を出そうと苦心するほど、過去の成功体験が頭をよぎる。特に、近畿日本ツーリストの社内ベンチャーから独立した同社の場合、ゼロから作り上げ、ここまで成長させたという社員の自負は強い。
だから新基準ツアーにも、当初は「定員19名を、あと4名増やせないか」など、酒井氏に直訴があったほど。「意地とプライドとのせめぎあいですよ」と長年、同社で敏腕を振るってきた酒井氏は、社員の思いに理解を示す。
しかし、この10年、近畿日本ツーリストとKNT-CTホールディングスに籍を置き、外からの目で同社を見られた酒井氏には、自助努力で頑張ろうとする同社の姿勢が、鎖国的にも映った。俯瞰する力が弱く、「今までのビジネスモデルにすがっていては、我々のビジネスは終わる」と危機感を口にする。
「私自身は吹っ切れて、面白いことができると思っている。コロナで全てがリセットされ、これからの取り組みの数字が鮮明に示されるようになって、社員の理解も広がるだろう。新たな客層をどう獲得していくか。これは経営課題であり、これから私がやるべきこと」と力を込める。
今までは考えられなかったツアーが売れる
今、同社で売れているのは、高額商品やひとり旅、参加者を夫婦限定としたツアーなど。特に、友人を旅行に誘うのが憚られる中で、ひとり旅の伸びが著しい。同社は以前からひとり旅に強みがあったが、従来の女性40代、50代に、新たな客層が加わった。10月1日には専門部署「ひとり旅旅行センター」を立ち上げ、取り組みを加速させる方針だ。
また、人気の夫婦限定ツアーも細分化を図っていく。昨今は特に、「このツアーにはどんな年代の人が参加するのか」との問い合わせが増えた。日ごろから健康を気にかける人など、同じような趣向を持つ同年代とのツアーを好む傾向が強まっており、「テーマとセグメントの掛け合わせが非常に好評を得ている」(酒井氏)として、これに合致したツアー造成を指示しているという。
さらに、4~6泊など連泊型の国内ツアーが増えたのも、withコロナ時代の特徴。例えば、田沢湖に6連泊して、連日、行先を変えながら周辺の山や渓流を歩いて楽しむハイキングツアーなどだ。
「以前なら売れなかったし、作らなかったツアー」(酒井氏)だが、販売してみると当たった。酒井氏は「いまは、一般的なマーケットでもテーマが求められていることが分かった。これを入り口に、新規のお客様が増えている」と、新たなビジネスモデルとなる可能性に期待している。今後、こうした新たな商品開発を続けるが「新しいことをするときは出血も覚悟している。トライ&エラーで臨んでいきたい」と前向きだ。
新時代への対応と挑戦
組織体制や経営判断については、「前例にとらわれない形式やスピードで考えていく」(酒井氏)方針。例えば、同社の利益の6割を占める海外旅行は、観光性の渡航が完全に止まっている今、約400名の人員の9割を、国内旅行の各部門へシフトした。
全く違う旅行を扱ってきたスタッフが入り混じることで、「いい効果があるはず」と化学反応に期待する。例えば、同社は高級ツアー「ロイヤル・グランステージ四季の華」で、1泊2日・10万円のバスツアーなども販売しているが、この部署に海外旅行のスタッフが入ると、抵抗なく担当でき、海外旅行で得た知見も取り入れやすい。
同時に、コロナ後の商品造成も視野に入れる。従来は大量集客・大量販売が主流だったが、密を避ける新たな生活様式にあわせ、今後は少量集客・多品種販売へと変える必要がある。手間はかかるが、サイズダウンするからできることも多い。40名では入れない規模の高品質なレストランが、10名なら手配できることもある。
特に海外旅行に関しては、欧州の美術館などではコロナ収束後も、グループ鑑賞が許可されなくなるという見方が多い。「そうなると、海外ツアーのあり方が変わってくる」(酒井氏)。その際、国内の新しい部署での経験は役に立つと考える。
「会社を強くするには、ジョブローテーションが必要」。酒井氏は以前からのこの持論を、コロナを機に推進する考え。最初の5年程度はジェネラリスト、何か見えたらスペシャリストへ。一方で、ジョブ型雇用で、専門分野の人材も取り入れる。そういう人事体制を考えている。
「クラブツーリズム」の理念をデジタルで追及
同社はコロナ禍の7月、「新・クラブ1000構想」を発表した。1995年、旅の魅力を深めあう仲間づくりを目指す「クラブツーリズム宣言」をした同社では、2000年に「クラブ1000構想」を掲げ、趣味やテーマのクラブ創出に取り組んできた。当時は収益事業とすることはできなかったが、この理念を今一度、時代にあわせて取り組もうとしている。そのキーワードは、デジタル化。オンライン上での展開だ。
「当時はすべてアナログで、かなりの手間と労力がかかっていた。それがオンラインプラットフォーム上の展開だとしっくりくる」(酒井氏)。
各コミュニティをオンラインプラットフォーム上に載せ、参加者と繋がる。時間と空間を超えて広くリーチできることで、シニア以外の客層拡大も期待する。さらに、有料会員や自治体や外部企業とのコラボビジネスなど、マネタイズの可能性も広がりやすい。この専門部署も今年10月、営業企画部内に設置した。「これは旅行以外の収益になる。外部企業と作りこむことで発展できる」と力を入れる方針だ。
緊急事態宣言中は、人の移動が制限され、旅行会社のビジネスは完全に止まった。ツアーを中止し、申込済みの顧客にキャンセルの連絡をするのは、本当につらい業務だ。しかし、そのやり取りの中で、「早くツアーを再開してほしい」というコアなファンの声も多く、「コロナ禍では本当にお客様に励まされた。改めて我々が顧客に支えられていることを実感した」(酒井氏)。顧客を見つめ、「原点回帰」をしながら、新たなビジネスモデルを構築する決意を強めている。
聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫
記事:山田紀子